医療機関等で保険診療に用いられる医療用医薬品の評価基準。保険診療で使用できる医薬品の品目表としての機能と、それらの医薬品を使用したときに医療保険から医療機関や薬局に支払われる価格表としての機能をもっている。医薬品の品目ごとに規格、単位と価格を示したもので、厚生労働大臣が告示する。2020年(令和2)8月の時点で、約1万4000品目を収載。薬価基準制度は1950年(昭和25)に当時の物価庁の所管でスタートし、1953年から厚生省(現、厚生労働省)に移管された。
医薬品は、安全性、有効性、品質について医薬品医療機器等法(旧、薬事法)の審査を受け承認されれば使用できるが、医療保険の適用を受けるためには、中央社会保険医療協議会(中医協)の専門組織である「薬価算定組織」(医学、歯学、薬学、医療経済学の専門家で構成)が価格算定し、それを中医協総会で報告し承認を得て、薬価基準に収載されなければならない。薬事承認から薬価収載までの期間は原則60日以内、遅くとも90日以内とされ、薬価収載は年に4回(後発医薬品の薬価収載は年に2回)行われている。なお、特例承認として、健康被害が甚大で蔓延 (まんえん)の可能性があるなど緊急の対応が必要であること、当該医薬品以外に適切な方法がなく、日本と同水準の承認制度を設けている国で販売・使用が認められていることを要件に、新薬を通常よりも簡略化された手続きで承認し、使用を認めることができる。
薬価基準における薬価算定方式は、大きく新規収載医薬品と既収載医薬品に分けられる。新規収載医薬品の価格算定方式は、新しい効能や効果を有し、臨床試験(いわゆる治験)により、その有効性や安全性が確認され、承認された「先発医薬品」と、先発品の特許が切れた後に先発医薬品と成分や規格が同一で、治療学的に同等であると承認された「後発医薬品」によって方式が異なる。
先発医薬品(新薬)については「類似薬効比較方式」が用いられる。これは市場での公正な価格競争を確保する観点から、類似の薬効をもつ既存の医薬品の1日薬価にあわせる方式である。その内容に高い新規性がある場合には、画期性加算、有用性加算、市場性加算、小児加算、先駆け審査指定制度加算による補正加算(5~120%)や、新薬創出・適応外薬解消等促進加算(真に必要な医薬品についての価格の下支えをするもの)が行われ、新規性が乏しい場合には類似薬のうちもっとも低い価格とされる。類似薬がない場合には「原価計算方式」(製品製造原価に管理・販売費、研究費、営業利益、流通経費、消費税等を加えたもの)により算定される。そのうえで、いずれの方式も外国平均価格と比較した価格調整(米英独仏の価格の平均額と比較し、1.25倍を上回る場合は引下げ調整、0.75倍を下回る場合は引上げ調整を行う)と規格間調整が行われ、薬価が定められる。
後発医薬品(ジェネリック医薬品)については、初めて薬価基準に収載される場合は先発医薬品の価格の50%、後発品の銘柄数が10を超える場合は40%とされる。ただし、バイオ後発品の場合は先発品価格の70%とされる。すでに類似の後発医薬品が薬価収載されている場合の後発品は、最低価格の後発品と同価格とされる。
既収載医薬品の薬価算定は、中医協の診療報酬改定における「薬価改定」として行われるものである。保険者から医療機関・薬局に支払われる薬価は公定価格であるが、医薬品の市場では一般の消費財と同じように自由競争が行われており、製薬企業から卸売業者、卸売業者から医療機関・薬局の間では自由に価格設定され、医療機関や薬局に販売される価格は医療保険者から受け取る薬価基準よりも安くなり、その差額が医療機関・薬局の利益となる(これを薬価差益という)。薬価改定は、医療機関・薬局に販売された価格(市場実勢価格)にあわせて薬価を引き下げる目的で行われる。その算定式が「市場実勢価格加重平均値調整幅方式」である。これは2年ごとに行う「薬価調査」(医薬品の品目ごとに販売側と購入側の価格と数量を調査するもの)で把握した市場実勢価格の加重平均値に消費税分を加え、それに調整幅(改定前価格の2%。薬剤の流通安定に必要な費用とされている)を乗じるという方式である。
薬価基準制度の沿革を少し振り返ってみると、薬価基準制度が導入された当初は、医薬品の安定確保という観点から「バルクライン方式」が採用された。これは総購入量のうち価格の低いほうから並べて一定割合(90%バルクであれば総購入量の90%に相当する量)に対応する価格を薬価とする方式である。しかし、基準薬価と実勢価格との乖離 (かいり)による薬価差が大きく、それを医療機関等の薬価差益とすることへの批判や、医療費に占める薬剤費比率が30%近くを占めることへの批判が強まり、1991年(平成3)の中医協建議に基づき、1992年にバルクライン方式にかわって、実勢価格の加重平均値に現行薬価の一定割合(調整幅)を加算するという方式に改められた。調整幅は当初15%とされたが、しだいに縮小され、1998年には5%となった。そのころ、医療保険制度の抜本改革が政治課題となり、新たな薬価算定方式として「参照価格制」(薬効等が同一の医薬品グループについて最低価格に近い参照価格を設定し、それを保険償還価格とする方式。薬価が参照価格を上回る場合、上回る費用は患者負担となるため忌避され、薬価は参照価格に収斂 (しゅうれん)していく。ドイツで実施されている)を導入し、薬価基準を廃止するという案が取り上げられたが、日本医師会などの反対で実現には至らなかった。それにかわって2000年度(平成12)の薬価改定では、薬価算定の透明化を図る観点から、薬価算定組織が設置され、薬価算定ルールが文書化され、調整幅は2%に縮小された。これらの対策により薬価差をめぐる問題は大幅に改善された。
最近の薬価基準の改定では、世界的な新薬開発競争を背景に、外国で承認・上市されているのに日本では承認されていない薬剤が多く適応範囲が狭いものが多いこと(国内未承認薬問題)や、外国で承認・上市されてから日本で承認・保険収載されるまでの時間が長いこと(ドラッグ・ラグ問題)に対して、承認審査の迅速化が図られており、薬価基準に収載される件数も増加している。2005年には新薬収載件数が30品目程度であったが、近年は100品目を上回っている。また、保険外併用療養制度の活用等を通じて新薬の使用拡大が図られてきた。その一方では、医療費抑制の観点から後発医薬品の使用促進が図られている。
さらに近年、画期的な効能を有する新薬が開発され、非常に高額な医薬品が保険収載されてきているが、その販売額が薬価申請時における予想販売額を大幅に超え、医療保険や患者負担に与える影響が懸念される状況が現れてきた。予想販売額を大きく超える状況については、2000年に設けられた「市場拡大再算定」を適用することとしてきたが、近年の新薬のなかにはその算定方式では対応できないケースが現れてきたため、2016年度の診療報酬改定で、以下のような「市場拡大再算定の特例」が導入された。
すなわち、「市場拡大再算定」は、原価計算方式による新薬の場合、「年間販売額が予想販売額の2倍以上かつ年間販売額が150億円超」または「予想販売額の10倍以上かつ年間販売額が100億円超」の場合、市場拡大再算定の対象となり、販売価格を最大25%引き下げるというものである。これに対して「市場拡大再算定の特例」は、「年間販売額が1000億円超1500億円以下かつ販売予想額の1.5倍以上の場合は薬価を最大25%引下げ」または「年間販売額が1500億円超かつ販売予想額の1.3倍以上の場合は薬価を最大50%引下げ」とした。これにより、2016年度改定で、C型肝炎治療薬のソホスブビル(商品名「ソバルディ」)とレジパスビル(商品名「ハーボニー」)およびその類似薬の価格が大幅に引き下げられた。その後、この特例は、医薬品の効能追加や用法用量の変化に伴う一定規模以上の市場拡大がなされた場合などにも適用された。
中医協では、医療費に占める薬剤費比率が徐々に上昇する傾向にあり、さらに外国薬剤との価格調整をめぐる問題、特許薬剤の価格設定と保護期間をめぐる問題、画期的新薬の開発促進への対応など多くの課題に対して、さまざまな対応策が検討されている。薬価改定についても、費用対効果評価に基づく価格調整ルールを導入し、2021年度から「毎年度薬価改定の実施」を行うこととした。しかし、2020年(令和2)2月からの新型コロナウイルス感染症(COVID (コビッド)-19)への対応が緊急の課題となるのに伴い、2020年7月の中医協総会で、2020年に薬価調査は実施するが、2021年度の薬価改定については新型コロナウイルス感染症の影響も踏まえて改めて検討することとした。
2020年10月16日
医療保険制度に基づく診療行為において使用できる医薬品の範囲と使用した医薬品の医療保険での支払い価格を定めたもの。薬価基準は,厚生大臣が定め,医薬品の品目表にそれぞれの品目ごとに規格・単位と薬価を示した価格表である。薬価基準に医薬品名を収載するには,化学的組成等を示す一般名が同じであっても,販売名(銘柄別)を収載する方式によっていて,例外として日本薬局方収載医薬品,ワクチンのような生物学的製剤基準収載医薬品および生薬は,一般名で収載されている。厚生大臣により新たに承認された医薬品は,承認後60日以内,遅くも90日以内に収載することになっている。価格は,厚生大臣が2年に1回医薬品の市場実勢価格を調査し,この結果に基づいて改定している。
医療機関が保険診療に要した費用を保険者に請求するために作成する診療報酬明細書は,薬剤を購入した価格ではなく薬価基準を用いて算定する。このため,購入価格と請求価格である薬価基準との差により薬価差が生じ,この差益(薬価差益)が医療機関の経営に大きく貢献しているとして,社会的に批判されている。厚生省は薬価算定方式の改定により,その縮小に努めている。医療保険抜本改革のために97年8月に厚生省が示した案では,薬価基準制度について薬剤の使用量が増えてきていること,処方される医薬品が高価な新薬へ移行する傾向があることも指摘して,薬価基準のような公定価格を定めずに,償還基準額による新たな方法を提案している。この方法は,〈治療効果が類似し治療上の代替可能な成分〉についてグループごとに分類し,同一グループ内では一定の償還基準額を設定するとし,償還基準額の設定,新薬の取扱い等の審議を透明化するとしている。この結果,市場競争が促され,安価な薬剤の使用を促すことがねらいとされている。この方式は,案の段階で,実際には一物二価をもたらす,市場価格を拘束する等の反対論が出されている。
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