1. 歴代名画記
日本大百科全書
当時の長安・洛陽らくようの寺院・道観の壁画を記録する。第四巻から第十巻までは画家評伝で、古代から唐の841年(会昌1)までの370名余の画家について記している。
2. 歴代名画記
世界大百科事典
中国,唐代の張彦遠(ちようげんえん)撰の画史。10巻。847年(大中1)に成る。伝説の軒轅(けんえん)時代から841年(会昌1)までの絵画について記した最初の本
3. 歴代名画記 1
東洋文庫
。訳者の正確な読み下し,平易な口語訳,周到精緻な論説は,読者の中国絵画理解をふかめてくれる。第1巻は,総論というべき巻一から巻三,歴代画家評伝のうち巻四,巻五の
4.
うっちいつそう【尉遅乙僧】(
Yùchí Yǐsēng)
世界人名大辞典
〈凹凸花〉と呼ばれ,初唐期の異国風絵画を代表する.〖文献〗 歴代名画記9.唐朝名画録.〖参考〗 長廣敏雄:画家尉遅乙僧について, 1954(《京都大学人文科学研
5. えんりっぽん【閻立本】(Yán Lìběn)
世界人名大辞典
北故宮博物院)などがある.〖文献〗 旧唐書77.新唐書100.歴代名画記9.唐朝名画録.〖参考〗 長廣敏雄:初唐の名匠閻立徳と閻立本, 1984(《長廣敏雄中国
6. かくじゃっきょ【郭若虚】(Guō Ruòxū)
世界人名大辞典
.若虚は文思副使となり[1075:熙寧8],宗室東平郡王趙允弼(†1070)の娘の永安県主を娶っている.その著《図画見聞誌》は,画史の原形となった張彦遠の《歴代
7. かんかん【韓幹】(Hán Gàn)
世界人名大辞典
〈牧馬図〉(台北故宮博物院)がある.〖文献〗 歴代名画記9.唐朝名画録.寺塔記(上)(《酉陽雑俎》続5所収).〖参考〗 長島健:唐の画家韓幹, 1960(《史観
8. がくか【岳珂】(Yuè Kē)
世界人名大辞典
中国南宋の官僚,文人.相州湯陰(現,河南湯陰)の人.岳飛の第3子霖の子.寧宗朝[1194-1224]に権発遣嘉興軍府となり,官は戸部侍郎淮東総領にいたった.かつ
世界人名大辞典
術に言及した中国最初の絵画技法論として重要である.〖文献〗 世説新語(巧芸篇).晋書92.歴代名画記5.
10. ごどうげん【呉道玄】(Wú Dàoxuán)
世界人名大辞典
水画の変革である〈山水の変〉をもたらした.〖文献〗 歴代名画記1,2,3,9.唐朝名画録.〖参考〗 長廣敏雄訳注:歴代名画記, 2巻, 1977.
11. しゅうぼう【周昉】(Zhōu Fǎng)
世界人名大辞典
品に〈揮扇仕女図巻〉(北京故宮博物院),〈簪花仕女図巻〉(遼寧省博物館)がある.〖文献〗 歴代名画記10.唐朝名画録.
12. しょうしょうゆう【蒋少游】(Jiǎng Shàoyóu)
世界人名大辞典
増改築,金墉城の城門楼を改築し,その美麗を称えられた.文集十余巻があった.〖文献〗 北史90.魏書91.歴代名画記8.
13. せきとう【石濤】(Shítāo)
世界人名大辞典
嫌い,〈病起後作山水図, 1671〉(パリ,ギメ美術館)等の山水画や道釈画を描いた.中期には安徽派や金陵派の影響を受けて独自の画風を示し,〈細雨虬松(さいうきゅ
14. せつしょく【薛稷】(Xuē Jì)
世界人名大辞典
旦(りたん)①)朝に,黄門侍郎を拝し,晋国公に封ぜられ,太子小保,工部尚書,礼部尚書になるが,太平公主の乱に加わった竇懐貞(とうかいてい)(†713)に連座して
15. ちょうかいかん【張懐瓘】(Zhāng Huáiguàn)
世界人名大辞典
中国唐の官僚,文人.海陵(現,江蘇泰州)の人.玄宗朝[712-56]から代宗朝[762-79]にかけて生存した.官は右率府兵曹参軍,鄂州司馬となり,開元年間[7
16. ちょうげんえん【張彦遠】(Zhāng Yànyuǎn)
世界人名大辞典
た史料は多く,その価値は極めて高い.《歴代名画記》と合わせて,「書画のことはこの二書に尽くされている」との序文はあながち誇張ではない.対して《歴代名画記》は,同
17. ちょうそう【張璪】(Zhāng Zǎo)
世界人名大辞典
激しい自己表出により,「樹石の状は(中略),張通(張璪)に窮まる」(《歴代名画記》1)と評された.〖文献〗 歴代名画記10.唐朝名画録.〖参考〗 竹浪遠:唐代の
18. てんしけん【展子虔】(Zhǎn Zǐqián)
世界人名大辞典
品に〈遊春図巻〉(北京故宮博物院)がある.〖文献〗 歴代名画記8.〖参考〗 傅熹年:関于展子虔〈遊春図〉年代的探討(《文物》1978-11).
19. とうしりん【竇師綸】(Dòu Shīlún)
世界人名大辞典
央アジア・西アジアの文様を複合し新しい綾錦文様を創出し,〈陵陽公様〉と称された.〖文献〗 歴代名画記10.
20. とうちん【鄧椿】(Dèng Chūn)
世界人名大辞典
年間[1111-18]の知枢密院事鄧洵武(とうじゅんぶ)の孫.その著《画継》は,《歴代名画記》《図画見聞誌》と続いた画史を継ぐものとして,北宋熙寧7年[1074
世界人名大辞典
〖文献〗 李邕撰書:李思訓碑.旧唐書60.新唐書78.歴代名画記9.〖参考〗 米澤嘉圃:唐代における「山水の変」, 1992(《国華》1160).
22. アラビアン・ナイト 2 16ページ
東洋文庫
他 酷』寅擬棚洋楽事始〈音楽取調成績申報書〉㎜畝 酪巾柿16 林屋辰三郎2020日本の茶書12全二巻 横 井 清蠣
23. い‐ち[ヰ‥]【位置・位地】
日本国語大辞典
〔名〕(1)ある人、物、事柄などが、全体または他との関係で占める場所。置かれるべき場所。*寛斎先生遺稿〔1821〕二・買石「位置安排猶未
24. 院体画
世界大百科事典
徽宗の崇寧3年(1104),算学書画学が建てられ,米芾(べいふつ)が書画学博士となった。1106年書画算医学が廃止され,書画学のみ国子監に付して博士1人がおかれ
25. 尉遅乙僧
世界大百科事典
中国,唐代の画家。生没年不詳。680年ころから710年ころにかけて活躍し,当時中国に流行した西域風を画壇において代表する。《歴代名画記》や《唐朝名画録》にいう唐
26. おもな四字熟語
日本大百科全書
梁の画家が寺の壁に竜の絵をえがき、最後に睛ひとみを書き入れたら、たちまち竜が天に飛び去ったという「歴代名画記」の故事から)物事の眼目、中心となる大切なところ。最
27. 画龍(がりょう)点睛(てんせい)
故事俗信ことわざ大辞典
書き入れると、たちまち本物の龍となって昇天したという「歴代名画記‐七」の故事による。 諺語大辞典(1910)「画龍点睛(グヮリュウテンセイ)」手紙(1911)〈
28. 画論
世界大百科事典
狩野一渓(1599-1662)の《後素集》(1623)は,中国画論や画題の簡略な紹介であり,同じく一渓の《丹青若木集》は,慶安~承応(1648-55)の間の成立
29. 顔氏家訓 2 180ページ
東洋文庫
武烈太子 茜二段の注宍を見よ。なお、元帝はδ三段注天を見よ。 二 瀟責・劉孝先・劉霊 蒲責は『歴代名画記』に、「詞学多く書画の工みで、梁代河東太守となった」
30. 義経記 1 16ページ
東洋文庫
2020日本の茶書12全二巻脳増訂工芸志料㎜詰むや詰まざるや 〈将棋無双・将棋図巧〉㎜花壇地錦抄・草花絵前集㎜中国の茶書㎜麗脚㎜獅本朝食鑑-~5 全
31. けい‐たい【形態】
日本国語大辞典
〔名〕(1)ある組織立った物事の、外から見たかたち。組み立てられている個々の物事のありさま。*花柳春話〔1878~79〕〈織田純一郎訳〉四三「嬋娟(せんけん)た
32. 華厳経美術
世界大百科事典
先寺に総高17.14mにおよぶ大盧舎那像(現存)が刻され,洛陽白司馬坂には盧舎那仏とみなされる大銅仏も造られた。 華厳変相図 唐代寺院の壁画に華厳変相図が描かれ
33. 顧愷之 【こ・がいし/グー・カイヂー】
世界文学大事典
有り」と評された。人物画を得意とし,〈遷想妙得〉という,対象の神気を写すことを重んじた。『歴代名画記』では上品の上に評価されて3編の画論が録され,『女史箴図巻』
34. こだい【古代】画像
国史大辞典
られている。その二は生産の場である水田耕地で、班給田と国家(官)の所管耕営田とに分けられる。(1)班給田の中核をなす口分田は、六歳以上(一歳以上説あり)―終身用
35. 今昔物語集 2 本朝部 16ページ
東洋文庫
林屋川㎜日本の茶書12全二巻川増訂工芸志料ル詰むや詰まざるや 〈将棋無双・将棋図巧〉㎜花壇地錦抄・草花絵前集㎜中国の茶書螂躍脚珊獅本朝食鑑-~5 全
36. 五雑組 4 71ページ
東洋文庫
はもはや精工を求めず」と自らいうようになってしまった。これもまた絵画の道の上昇下降の会である。(1) 李思訓 唐の宗室。六五一-七一六。開元の初、武衛大将軍とな
37. 五雑組 4 74ページ
東洋文庫
概括して今の作品にあてはめようとするならば、ぴったり合うはずなどあろうか。(1) 気韻生動 以下の六項は張彦遠の『歴代名画記』に、南斉の謝赫の『古画品録』の序に
38. 五雑組 4 85ページ
東洋文庫
り研究するようになって来た。今後百年画壇を支配するのは、当然この人であろう。(1) 陸探微唐の張彦遠の『歴代名画記』巻六によると、南朝、宋の呉郡の人で、明帝のと
39. 五雑組 4 92ページ
東洋文庫
得たものの、玄妙を失ったものであろうか。(1) 張僧縣南朝梁、呉の人。第六八五話「絵画の故事」の項、注(1)参照。天監中、官は右将 軍に至った。唐の張彦遠の『
40. 五雑組 4 107ページ
東洋文庫
これは心に感じて手が応じ、画意が働いてできあがったのである、と 述べている。但し、張彦遠のことばは、『歴代名画記』にはみえない。(2) 飛ぶ雁が足を展して 蘇
41. 呉道玄
世界大百科事典
》と張彦遠(ちようげんえん)《歴代名画記》とでかなり異同がみられる。いま後者に従うと,初め兗(えん)州瑕丘県(山東滋陽)の県尉となり,次いで韋嗣立(654-71
42. しゅ‐い[‥ヰ]【主位】
日本国語大辞典
主人・主客のすわるべき席。*正法眼蔵〔1231~53〕安居「大衆、礼拝をはりて、知事まづ庫堂にかへりて、主位に立す」*正徹物語〔1448~50頃〕上「読師の向座
43. シーボルト先生 2 その生涯及び功業 16ページ
東洋文庫
2020日本の茶書12全二巻瓢増訂工芸志料㎜詰むや詰まざるや 〈将棋無双・将棋図巧〉㎜花壇地錦抄・草花絵前集㎜中国の茶書㎜"鋼㎜獅本朝食鑑-~5 全
44. 浄土教美術画像
日本大百科全書
『阿弥陀経』(小経)、『観無量寿経』(観経)の浄土三部経が重要視されていたが、唐代に至り、善導ぜんどう(613―681)によって『観無量寿経疏しょ』が著され、阿
45. 浄土教美術
世界大百科事典
観無量寿経》の教説を描き加えたいわゆる〈観無量寿経変〉(観経変)が完成する(321洞,172洞,148洞,217洞)。これらの中には善導の《観無量寿経疏》に依拠
46. すい‐うん【吹雲】
日本国語大辞典
〔名〕(1)鼓(つづみ)の異名。*布令字弁〔1868~72〕〈知足蹄原子〉三「吹雲 スイウン ツヅミノコト」*南部煙花記‐楽器名「鼓、一名吹雲」(2)雲を描く手
47. 水墨画
日本大百科全書
ながら唐時代(618~907)に発生をみ、墨の濃淡やぼかしによって面的表現を目ざしたところに特色がある。水墨画ということばは、唐代末期すでに張彦遠ちょうげんえん
48. 水墨画
世界大百科事典
9)の進士で画家でもあった劉商が,松石図について詠んだ詩の中にみられるのが最も古い。唐末五代(
10世紀)初めの画家
浩が《
49. 菅江真澄遊覧記 3 16ページ
東洋文庫
臥覗動燃訳潴伽㎝歴代名画記12全二巻 賑廣彦敏髄訳齪 かんずふ 過百船原著㎜㎜㎝㎝官子譜-~4全四巻 陶 式 玉編注 〈囲碁手筋の源流〉
50. せん‐じゃく【繊弱】
日本国語大辞典
ひよわ。柔弱。孱弱(せんじゃく)。*欧米印象記〔1910〕〈中村春雨〉プリンストン雑記「体が少し繊弱(センジャク)なのが欠点で」*枯野抄〔1918〕〈芥川龍之介