私たちの学部は、商学部という性質上、授業やゼミの中で有価証券報告書(脚注)を使うことが多いです。この資料は、以前は紙で公開されていました。先生方も、学生さんから提出されるレポートには、必ず、正式な報告書のコピーを添付するように求めていました。
報告書は、以前からオンラインで利用もできたのですが、そこから新たな問題が発生しました。それらのプリントアウトは、信憑性も低く、正式なものではないのではないか、という意見が出てきたのです。
ところが、2004年6月から提出される報告書は、原則として電子提出が義務付けられるようになり、逆に、これまでの紙面による提出ができなくなってしまったのです。今まで、オフィシャルだった紙が副次的なものになり、電子的なデータが原文となる、という逆転現象が起こってしまったわけです。
それ以前から、先生方にも、職員にも認識はありましたが、これはひとつの大きな転機でした。
有価証券報告書自体、非常に大きなウエートを占めるものでしたから、当然、授業もデジタル対応へとシフトしていかざるを得なくなります。
ただ、年配の先生方は、データベースなど存在する以前から教職に就いていらっしゃるわけで、ご自身が作り上げたスタイルがあり、そのやり方で授業を進めようとされるわけです。ご自身の研究が認められて、大学の先生になられたわけですから当然だと思います。「昔のままでいいじゃないか」というご意見も伺います。でも、あえて厳しい言い方をさせていただければ、それは、新しい変化に、どのように対処して良いか分からなくなっているだけなのかもしれません。教える媒体が変化してしまった以上、教え方も変化するしかないと思います。
ただし、データベースは本と違って、使い方が分からなければ使えません。これは多くの図書館が抱えているジレンマだと思います。
本の場合だったら、「あそこにあります」で大体の場合は済ませられます。
データベースの場合、図書館のホームページ上にリンク集があるのですが、そこを紹介しただけでは実際には使えないわけです。それぞれのインターフェースも違うし、得られる情報も異なっています。それらを包括的にガイダンスしていかなければならないのです。
商学部は特にゼミに力を入れています。図書館の利用指導という面でも、入学時のガイダンスとは別にゼミ向けのガイダンスを行っています。ゼミではそれぞれ個別の勉強をしているわけですし、それぞれの必要に応じて、書籍や資料の検索の仕方を説明していかなければなりません。そうしなくては、何よりも学生さんたちが理解しにくいでしょうし、満足したものが出てこないと思います。
その中で、学生さんたちに対して、特に強調するのは典拠の信頼性ですね。
話をまた有価証券報告書に戻しますが、同様のデータは、各企業のホームページにも存在するわけです。たしかに「公開されているものだし、それなりの信憑性がありそうだ、わざわざ報告書を見なくたって、こっちを使えばいいじゃないか」と学生さんたちは思いがちです。
そこで、「でも諸君、世間を騒がした経営者の方々が、なんで捕まったか、よく考えてほしい。あれは、有価証券に虚偽を書こうとしたから捕まったんだよ。逆に言えば、それだけ信頼性の高い報告書というわけなんですよ」と、説くわけです。
他の資料に関しても、同様の事例がいろいろあるわけです。学生さんたちの多くは極端な言い方をすれば、今まで、小論文の提出を求められたことはあるかもしれませんが、何かを調べたり、閲覧したりしないで、それを書いてきたわけです。
だから、これから必要になってくるのは、論文を書く時に何を参考にしたのか、先生や友達など他の人に分かる形で書く技術であり、より信頼性の高い資料を吟味できる能力なのです。
たしかに、インターネットを検索していれば、それなりの情報は出てくるかもしれません。けれども、典拠として信頼のおけるものは、ごくわずかなのだ、という事実は理解してほしいわけなのです。
商学部でも、情報リテラシーを教えている講座は存在します。ですが、コピーライトの問題などに言及し、情報自体も守られており、勝手に使うわけにはいかない、価値ある情報にはお金がかかるんだ、ということに関してまで理解させることは、なかなか難しいようです。それまでのゼミが、それを必要としなかったわけですから。
現在大学図書館は、信頼のおける情報源を選りすぐっているわけですし、それ相応の対価も支払ってるわけです。
「あなたたちが、将来貰うかもしれない初任給よりも高いコンテンツもあるんですよ」と言うと、「へえ~」と、何となく納得していただいているようです。
リテラシーの重要性を説いていく中で、経済関連の情報だけでなく、一般情報も補完していかなければなりません。そこで「ジャパンナレッジ」を選ばせていただきました。2006年4月のことです。
先生方が授業で使う資料を作成するにしても、当然、典拠を示さなければなりません。その中には、当然、専門以外の副次的な情報も出てきます。それを、いちいち書架に行って、百科事典の何巻かを探して、そのページを広げてコピーする。「ジャパンナレッジ」の場合、情報がフルテキストなので、この手間を、コピー アンド ペーストで済ますことができる。しかも、それは典拠を示す上でも確実な方法でもあるわけです。特に年配の先生方には、重い事典を何冊も抱えないで済むので、物理的に評判が良いようです。全く別の方向からオンライン化の啓蒙を進めています。
使い勝手が良いのはいいのですが、授業で使うとなると話は変わってきます。現在、多くのゼミが、「ジャパンナレッジ」を含むデータベースを利用しています。人数の多い授業になれば、20から50件の同時アクセスが必要になってきます。でも、授業自体は、わずか90分。年間を通しても50時間を越えることはないでしょう。その瞬間最大風速のためだけに大量アカウントを確保するというのは、正直現実的ではないわけです。
だからと言って、少ないアクセスでは、浸透率が悪いと言うこともよく理解しています。ガイダンスでも、スクリーンで解説するだけでなく、実際に触ってもらいながらの方が理解も早いです。
年間のアクセス時間に対しての新しい料金体系など模索していただきたいところですね。
基本的にデータベースの選択基準は、知的な「面白さ」だと思っています。それは、単なる「楽しみ」ということではなくて、将来にわたっての刺激や財産にもなるということです。
紙にあったものを、ただデータ化することは、誰でもできることでしょうし、それだけで、著作権の上に胡坐をかいていたら、いずれユーザーは離れていってしまうでしょう。
より良い使い方をユーザーに伝えて、そのニーズの方向性を摘み取って、逆にデータベース自体の開発の指針になる。ユーザーと提供業者との間に立っていくのが、これからの図書館員のあり方ではないでしょうか。
だから、「ジャパンナレッジ」さんに無理難題を言うのも仕事のひとつだと思っています。