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2007年01月

JKボイス-私はこう使っています:ジャパンナレッジ これからの学術研究はオンライン百科から始まる!

米澤 誠さん
(よねざわまこと)
東北大学附属図書館工学分館管理係長
フリー百科事典の代表的存在である「Wikipedia」。誰でも自由に使え、また自由に書き込み/編集できることで注目を集めているが、アカデミックな世界ではどのようにとらえられているのだろうか? 東北大学附属図書館に勤務する傍ら、図書館利用に関する調査・研究を精力的に行い、一方で通信制の大学で図書館学の講師も務める米澤誠さんに、学術の現場でのフリー百科事典について聞いた。

69%の人が「検索エンジンと図書館の情報は同等」と回答する時代

 今やWikipediaなどのウェブサイトは、アクセス性が高く手軽な情報源として、もっとも多くの人々が利用する情報源となっています。ある欧米の調査では、情報を入手しようとするときに、80%の人がまず最初に検索エンジンを選択するという結果がでています。

 また、ウェブ情報の信頼性・正確性について疑念がいだかれている一方、図書館と検索エンジンの情報の信頼度について、同調査では9%の人々が「検索エンジンによる情報が信頼できる」と回答、69%の人々が「検索エンジンと図書館の情報は同等」と回答するという驚くべき結果がでています。そこで私は、本当にウェブ情報が信頼できるのか、実際のデータ内容で確認することとしました。

Wikipediaをどこまで信頼していいのか?

 近年私が興味をもっている「和算」について、フリー百科事典Wikipediaの記事を確認したところ、すぐさま記述に誤りがあることに気づきました(以下、2006.12.22時点の記述を引用)。

 まず冒頭に「和算とは日本独自に発達した数学である。江戸時代には大いに発展し、西洋とは独自に微分、積分の発見などがなされた」とあります。しかし和算では、積分法については西洋とは異なる独自の研究成果を残していますが、微分法については発達しませんでした。よってこの記述は、事実誤認となっています。

 また、「江戸時代に和算は大いに発展した。このきっかけとなったのが1641年、吉田光由によって書かれた塵劫記である」という部分では、出版年が明らかに間違っています。『塵劫記』が成立したのは1627年であり、1641年は内容の異なる『新篇塵劫記』の出版年なのです。この部分の記述も誤認か、間違った情報を出典としたためのものでしょう。

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Wikipediaの「和算」項目(※下線は編集部による)

 ほかにも、和算全体像の記述としてバランスがとれてなく、参考とした出典の情報に偏りがあることが明らかです。参考文献が明示されている点において、この項目はWikipediaの記述としては良心的なほうといえますが、その文献は和算の全体像を記述するために最適のものではないことが分かります。

 これに対して、JapanKnowledgeの『日本大百科全書』の記述では、「微分法を発見した」ことには言及しておらず、「塵劫記は1627年出版」と正しく記述しています。参考文献にも適切な資料を示し、全体としてバランスのとれた記述となっています。何よりも、この項目の執筆者が当時の和算研究の第1人者であることからも、この百科事典の信頼性はWikipediaのそれとは比べものにならないことは明らかです。

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『日本大百科全書』の「和算」項目

「匿名的・無典拠的」vs「非匿名的・典拠的」

 フリー百科事典の問題点を分析すると、次のように整理できます。通常、ウェブ情報源は「匿名的」で「可変的」であることが問題であるといわれています。私はこれに「無典拠的」を加えたいと考えています。フリー百科事典は、それらからの帰結として無批判的・非アカデミック的な性格とならざるをえないのです。

 これに対して、従来型の百科事典は、「非匿名的(記名的)」で「固定的」、「典拠的」となっており、総体として学術的な情報内容をもつことができているのです。

 ウェブ主流時代の現在、学習・研究において使うべき第1の情報源はオンライン百科事典であると考えています。大学の初年時においては、ウェブ情報を学習の中で安易に使うのではなく、質が高く信頼性の高い情報を使う習慣を身に付ける必要があります。

 学術研究においては、信頼性の高い情報をもとにした調査・研究が必要です。そして論文執筆時には、論述や引用で利用した情報の典拠を明記することが求められます。典拠となった図書や雑誌論文の文献名を記載するのが、学術論文の決まりごとなのです。

 もちろん学術研究においても、ウェブで公開されている論文やウェブサイトの情報を利用する場合があります。その場合は、論文執筆者や公開サイト機関の名称が確認できるものであることが必須で、それを利用した場合は典拠として明記する必要があります。ウェブ情報を安易に利用しがちな現代だからこそ、このような情報利用の教育指導が求められています。

 学生が学習を進める上でもっとも信頼性の高い基本情報であり、ウェブ情報に匹敵するアクセス性をそなえたオンライン百科事典の価値を、今、再認識するべきだと考えています。学習のスタートポイントにオンライン百科事典をおくことで、その後の文献調査や選択、文献読解がより一層円滑になることは間違いないのですから。