JKボイス お客様の声知識の泉へ
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2008年11月

JKボイス-セミナーレポート:ジャパンナレッジ 学習の基本教材としての事典・辞書
-情報リテラシー教育の再構築事例から-

米澤 誠さん
(よねざわまこと)
NPO法人大学図書館支援機構(IAAL)理事
「フレンドシップセミナー2008」アフタレポート第6弾は、NPO法人大学図書館支援機構 理事・米澤誠さんによる事例紹介です。米澤さんは、学生たちに情報探索の必要性を理解させるために、あえて到達点である「よいレポートの書き方」講座を先に行うという逆転の発想を展開します。その中では、現在問題になっている「コピペ」に関する防止策も打ち出されています。

※2008年11月26日の「第10回 図書館総合展」では、米澤さんも参加されるフォーラム「コピペ問題を考える ~大学などで今起こっているレポート作成の問題と対応策~」も行われます。
JapanKnowledgeフレンドシップセミナー2008 in 東京
2008年7月4日(金)
会場:(株)小学館 5F 講堂

事典・辞書を活用するブログの理由

 私は、日本でもっとも事典・辞書を利用するブロガーではないかと思っています。ブログで事典・辞書を活用するようになったのは、通信教育のコミュニケーションツールとして使いはじめたからなのです。
 山形市在住の私は、ウェブを使った八洲学園大学の通信教育システムにより、全国の履修生に図書館経営論の指導をしています。通信教育で遠隔指導を行っていると、学生とのコミュニケーションがなかなか取れません。何かよい手はないかと思案したところ、ブログという便利なツールを思いついたのです。自分の考えていることがらや、身辺の出来事をブログにすることで、学生との距離感を縮めるとともに、何らかの教育的効果もねらうこととしました。
 例えば、『アヒルと鴨のコインロッカー』という作品について書く時に、「アヒルと鴨の違いは何か」と考えますよね。まず自分なりに理解しないと、正確なブログは書けません。そこで百科事典を使って、「アヒル」と「鴨」について調べ、それを材料にしてブログを書くのです。そうすると、内容的にしっかりした記事が書けますし、信頼性のある文献を使って学習するというプロセスを、学生たちにも実感してもらうことができます。このような理由で、私のブログでは事典・辞書を多用することとなったのです。
米澤誠の公式ブログ

逆問題的手法による情報リテラシー教育の改善

 それでは、私が実践してきた情報リテラシー教育の改善例をもとに、話をすすめていきましょう。この「情報リテラシー」という用語は、北米大学図書館協会(ACRL)の定義では、「情報の必要性を判断し、アクセスし、評価し、効率的に利用できる能力のこと」となっています。
 これらのプロセスを実際の学生たちの利用行動に当てはめると、情報源の選択、情報探索、情報の評価、そしてレポート作成となります資料1
 従来の図書館の利用者教育の主な範囲は、情報源の「探索」という部分だったと思います。OPAC(図書館所蔵資料の目録データベース)に代表される検索ツールの使い方を教えるのが主体で、なかなかその域を脱っせないのではないでしょうか。
 私も、情報検索の講習会に関わりましたが、なかなか学生が集まりません。その理由を突きつめて考えたところ、学生たちにとっては情報探索だけでは不十分なのだと気づきました。レポートを作成するという最後のプロセスに関連づけられないために、情報探索の必要性を理解できないのです。
 そこで新たに考えた講習会では、「逆問題的手法による改善」を行いました。
 まず、学生がもっとも必要とする、レポート作成という到達点を先に示します資料2。レポートを作るというのはどのようなことなのか、どのように作れば高い評価がえられるのかということを、最初に説明するのです。
 レポート作成の講習会には、学生たちはよく集まります。よいレポートを書くためには、よい情報を探索して、それを素材としてレポートを書くということについては、すんなりと理解してくれます。このことを理解すると、学生たちは情報探索の重要性を一層認識しますから、その後は情報探索の講習会を熱心に聞くことになります。目的であるよいレポートの書き方を先に示し、それを実現するためには何が必要かという説明手順をとるのが、逆問題的手法による改善なのです。
 これからの情報リテラシー教育では、情報探索の部分だけではなく、探索した情報をどのように評価し活かすのかという部分まで含めて、企画・実施するべきだと思います。

大学教育に合わせた情報リテラシー教育デザイン

 一方、現在の大学教育プログラムは、新入生に対する初歩的な教育である「導入教育」、その後の「基礎教育」、「専門教育」の三段階に大別できます。情報リテラシー教育も、同じような階層分け(セグメンテーション)でデザインしなければならないと考えています。つまり図書館で行う情報リテラシー教育は、次のようなデザインになるのです資料3
 まず導入教育に相当するのが「ガイダンス」です。これは、図書館の使い方といったような入門的な内容です。その次が、基礎教育に相当する「レポート作成法」になると思っています。
 この段階がなかなか問題で、高校を卒業してすぐの学生たちは、きちんとしたレポートの書き方を教わっていません。大学に入ってからも教わらない場合が多いのではないでしょうか。そのような学生に、いきなり三段階目の「情報探索法」を提示しても、なかなか意識がそちらに向かないと思います。
 情報探索法をきちんと教えるのは、基礎教育を終わった段階でもよいくらいだと思います。ですから、基礎教育に相当する段階では、レポート作成法を丹念にやることこそ重要だと考えています。その後、専門教育に到達してから、それぞれの分野での探索法を学べばよいのではないでしょうか。
 大学でこれから強化しなくてはならないのは、「レポート作成法」の部分です資料4。これを効果的に行うことによって、学生たちの学習成果は一層高まります。学生たちは年次が進むにつれて、レポートを書いたり論文を書いたりすることが多くなっていきます。近年は、学生がプレゼンテーションを行う授業もありますが、学習と研究の基本的な成果表現方法としては、レポート作成、つまり文章を書くことがもっとも重要だと思います。レポート作成を通じて、情報の探し方や使い方も効果的に習得することができるのですから。

出所・出典明示が「コピペ」を防ぐ

 私がNPO法人大学図書館支援機構(以下「IAAL」)で作っている教材の1つが、『大学生のレポート作成法』です。では、この教材の主要な部分に沿って、大学生のレポート作成法を紹介しましょう。
 学生たちがいちばん苦手とするのは、自分の意見と他人の意見を区別して記述することです。はっきり区別ができないと、他人の意見を自分の意見のように書いてしまいます。これは非常に問題視すべきことがらです。本来、文献に書かれた他人の意見や事実は、他人の意見として客観的文章で書く、あるいは引用として記述する必要があるのです資料5
 そして、出所・出典を明示する必要もあります。これは、他人の著作権を侵害しないためのルールでもあります。この明示ができていないと、往々にして、何かの本に書いてあったことを全部丸ごと写してきて、あたかも自分の意見のように書いたレポートになってしまいます。他人の意見は意見として、きちんと出所・出典を明示して書き、引用であれば中身の文章を一字一句正確に写すということが、著作権を侵害しない学問的態度なのです。
 レポートを書く時は、必ず出所・出典を明示して書くという指導をすれば、「コピペ」問題はありえないはずです。さらに採点する側も、出所・出典を記述してないレポートの評価は低くするという指導を徹底すれば、コピペは徐々に減っていくものと考えます。

テーマを探すための入門書読解

 レポートの体裁や文章といった、形式を整えることは大事ですが、肝心のレポートの中身をどう構築するかも重要です。レポートの内容を充実させるためには、どのような情報を集めてくればよいのでしょうか。
 まず、レポートのテーマを探すためには、新書や入門書など比較的読みやすい本を通読するよう勧めています。テーマを探す時は、あまり深読みしないで、全体を概観するような読み方をするよう助言します。
 例としてあげたのは、岩波ジュニア新書『アインシュタイン16歳の夢』における読解です。新書のような入門書は、その分野における一流の研究者が、読者に分かりやすいように書いているわけですから、全体を理解するには非常に役立ちます。このような入門書を読んで、面白かったこと、共感したこと、興味深いこと、疑問に思ったことなどをメモしておきます。さらに、引用したいと思った文章も予め記録しておくのです。こういったものがテーマを決めていく際のタネとなるのです。

基本情報をえるための事典・辞書

 テーマのタネが見つかった段階で、次は基本的な情報を収集します。学生に質問すると、多くは「図書館のOPACで調べます」といいます。そこでふさわしい本を探し当てられるかというと、多くの学生たちが難儀しているのが実情です。それは、図書館にはどのような資料があって、それらをどのように使えばよいのかという知識と経験が不足しているからなのです。
 講習会で「百科事典を使ったことがありますか?」と聞いてみると、まず手を上げる学生はいません。そこで私は、「事典・辞書の情報は簡潔で信頼性が高い」ことを強調します。実例として、アインシュタインの業績についての百科事典の記述を提示します。
 1番目の例は『平凡社世界大百科事典』です。「アインシュタイン」という項目を調べると、簡潔にして充実した記述となっています資料6。青字の箇所がもっとも重要なところで、このような要をえた情報が入っているということを説明します。百科事典の記述も、一流の研究者が執筆しているわけですから、基本的な内容を網羅したうえで、簡潔な説明となっているのです。
 2番目の例は『日本大百科全書』です。こちらには写真や年譜等もあり、また違った色々な情報をえることができます資料7。さらにこの事典では、アインシュタインが来日した時の経緯まで記述しています。これらもレポートの素材として利用できることになります。
 最後は『岩波理化学事典』です資料8。この専門的な事典では、科学史的な意義も明記されているので、その部分をレポートに活用できることになります。
 これらの情報源に対して、インターネットの検索エンジンで調べるという方法は、その容易さから、今や多くの学生たちが飛びついてしまう行為です。これらウェブ情報については、書籍などの情報源で内容を確認してから活用するよう指導する必要があります。
 これは、Wikipediaの「アインシュタイン」に関する記述です資料9。恐らく、個別の情報は間違っていないとは思うのですが、読んでみても全体として非常に分かりにくい内容となっています。不特定多数の人が寄せ集めで書いた情報は、記述のバランスが悪く、容易に理解できないものが多くなっています。特に学術分野などの専門性の高い情報に関しては、ウェブ情報を使うのは非常に危険ですし、扱いにくいと思います。Wikipediaの関係者自身が、レポートには使わないように勧告していることも指摘しておきます。
 こうして調べた基本情報を、テーマのネタに沿って再構成したり、引用しつつ論述することでレポートを作成することができます。もちろん、出所・出典を明記することも忘れてはなりません。一流の基本情報を使ったレポートは、確実に評価が高くなるはずです。

さいごに:学習を支援する試み

 以上、IAALで作成した教材『大学生のレポート作成法』の内容に沿って、レポート作成法の内容と、学習の基本教材としての事典・辞書の活用事例を紹介しました。
 現在の大学生は百科事典というものを忘れてしまっています。非常に重要な情報源であるのに、それを活用せずに学習しているのです。私たち大学図書館員は、教員とも相談しながら、基礎的な教育で事典・辞書を活用する機会を、もう一度作り上げる必要があるのではないでしょうか。

 講演のさいごに、けさ新幹線の車中で読んだ、面白い文章を紹介させていただきます。
 「百聞は一見にしかず」といいますよね。それに続けて、「百見は一考にしかず」。百見るよりも、自分で考えることが大事だというわけです。
 さらに、「百考は一行にしかず」。百回考えるよりも、自分で一回やってみる。これには私も、なるほどそのとおりだなと思いました。
 学生たちに対して、自分の図書館ではどのような対処ができるのかというのを考える。さらに考えるだけではなくて、とにかく何かやってみる。トライアル&エラーを繰り返すことによって、次の活動へのステップになるのではないかと思います。皆さんもぜひこれを機会に、学生の学習支援の試みに取りかかってみてください。