『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために 『日本国語大辞典 第二版』をめぐる往復書簡 来るべき辞書のために

写真:五十嵐美弥
50万項目、100万用例、全13巻の『日本国語大辞典 第二版』を、2年かけて読んだという清泉女子大学の今野真二教授。初版企画以来40年ぶりに改訂に挑んだ第二版編集長、佐藤宏氏。来たるべき続編に向けて、最強の読者と最強の編集者による『日国 第二版』をめぐるクロストーク。今回は今野真二さんがお送りする特別篇です。

特別篇 目次

  1. 1. 今野真二:明治は遠くなったか? 2019年08月21日
  2. 2. 今野真二:日本語アーカイブ 2020年01月15日
  3. 3. 今野真二:補注で用いられる「唐話纂要」とは 2020年06月03日
  4. 4. 今野真二:江戸川乱歩の日本語 2020年08月19日
  5. 5. 今野真二:『名物六帖』について 2022年01月05日
  6. 6. 今野真二:幕末~明治初期の漢語の洗い出しを望む 2022年03月16日
  7. 7. 今野真二:『十善法語』とは 2023年02月15日
  8. 8. 今野真二:『東京新繁昌記』の左振仮名 2023年05月10日
  9. 9. 今野真二:中村正直と『西国立志編』 2023年11月15日

特別篇

幕末~明治初期の漢語の洗い出しを望む

今野真二より

 『日本国語大辞典』第2版の「別冊」となっている「主要出典一覧」に萩原乙彦の「音訓新聞字引」が載せられている。ジャパンナレッジ版を使って「音訓新聞字引」を「用例(出典情報)」を「範囲」として検索すると747件のヒットがある。そのように、『音訓新聞字引』は使われている。

 ジャパンナレッジ「日本人名大辞典」では萩原乙彦(はぎわらおとひこ)について「1826-1886 幕末-明治時代の俳人,戯作(げさく)者。文政9年生まれ。萩原秋巌の養子。月本つきのもと為山いざんの門下。明治2年俳句雑誌「俳諧新聞誌」を創刊した。13年静岡新聞社長。明治19年2月28日死去。61歳。江戸出身。本名は森語一郎。戯作号は梅暮里うめぼり谷峨こくが(2代),歌沢うたざわ能六斎のろくさいなど。著作に「春色連理の梅」「東京開化繁昌誌」など」と説明している。

 『音訓新聞字引』は明治9(1876)年に出版されている。

 その「凡例」の冒頭には「維新ノ際底事カ新シカラズト謂物ナシ。就中各社甲乙ノ新聞誌ハ奇中ノ奇、新中ノ新ヲ出シテ競行盛大日倍ス」とあり、明治維新以来各社が競うように新聞を発行していることがまず述べられている。そしてその新聞には「上ハ今日ノ御布令ヨリ下俗間ノ事件猥雑」が「出版自由ノ権」に基づいて公然として「撮載」されているという。

 ところがその記事が「難字漢語ニ礙ラレテ全文通知スルコト能ハズ。適玉篇画引ヲ以テ単字ノ音訓ハ索知スレドモ熟語ノ訓義ヲ得ルニ有ネバ隔靴掻痒ノ心地セラレテ佳境ニ入ラヌモ有トナン」という状況であると述べている。ここでは基本的に単漢字を見出しとしている『玉篇』の名前が出されている。

 江戸時代から明治時代にかけて、大部なものからハンディなものまで、いろいろなかたちで『玉篇』的な辞書が出版されている。それらは単漢字を見出しとしているので、「熟語」を単漢字に分解し、その分解したそれぞれの漢字の和訓から「熟語」全体の語義を探ることはできなくはないけれども、方法としては(本格的なだけに)いささか迂遠であり、当座の要求にはこたえにくいともいえよう。「凡例」の終わりちかくにおいては「本編ハ新聞誌ノ助教師ニテ輙チ私立学講」であるので、本書の「精粗巧拙益不益」は「看官(ミルヒト)」すなわち使う人が「試験」してくれ、と述べている。自信の書といってもよいであろう。部首別画数順に漢字を排列し、5352語を見出しとしている。少し見出しをあげてみよう。

介僻 ワルガタキ 7丁表4行目
夥計 ナカマ 22丁裏10行目
艨艟 大フネ 99丁裏11行目
解褐 ハイメイ ○メシダサル 111丁裏10行目
解頤 ヲトガヒヲトク ○ヒトヲワラハス 111丁裏11行目

 ○は転義をあらわしていると思われる。上に掲げた5語はいずれも『日本国語大辞典』において見出しとなっている。見出し「もうどう」には次のようにある。

もうどう【艨艟】
〔名〕
「もうしょう(蒙衝)」に同じ。
*音訓新聞字引〔1876〕〈萩原乙彦〉「艨艟 モウドウ 大フネ」
*東京朝日新聞‐明治三八年〔1905〕一〇月一二日「今亦此多数の艨艟来着し、横浜港内稀有の壮観を呈したり」
*此一戦〔1911〕〈水野広徳〉三「大小三十八隻の艨艟(モウドウ)は、愈決戦を期しつつ、威風凜々海を圧して」

補注 「名物六帖‐器財箋」に「艨艟 イクサフネ」とある。

 見出し「もうどう」においてはここに掲げたように、『音訓新聞字引』とともに『東京朝日新聞』の明治38(1905)年の記事が示されており、新聞記事に使われている語を『音訓新聞字引』が見出しとしている。しかし、厳密にいえば、当該記事においては、前後関係が逆になっている。すなわち、新聞に使われるような漢語を見出しにするということからすれば、新聞記事が先にあって、『音訓新聞字引』が後になければならない。

 しかしまた、『音訓新聞字引』が明治9年に出版されていることからすれば、それより前に刊行されていた新聞としては1868年に創刊された『中外新聞』『江湖新聞』、1871年に創刊された『横浜毎日新聞』、1872年に創刊された『東京日日新聞』(現在の毎日新聞)『郵便報知新聞』などが該当することになる。「御布令」という表現もみられることからすれば、あるいは『太政官日誌』などからも見出しが採用されているかもしれない。

 『日本国語大辞典』は『郵便報知新聞』や『新聞雑誌』も使用例として掲げているので、たまたまということかもしれないが、上に示した5例のうちで新聞を使用例に掲げているのは、「もうどう」のみである。例えば『郵便報知新聞』を創刊号から毎号すべてチェックし、漢語を初めとして特定の語を抽出していく作業が大変な作業であることはいうまでもない。

 しかし、辞書を編集するにあたって大変ではない作業などない、といってもいいかもしれない。「国家百年の計」という。それにならって、「辞書百年の計」ということを思った時には、どこかのタイミングで、そういうこと、それにちかいことも必要になるともいえよう。松井栄一は『出逢った日本語・50万語』(2002年、小学館)において『日本国語大辞典』第2版で「新たに用例を添えることのできたものを数えてみると、二万五千九百余りにのぼる」(129頁)と述べている。大変な数だ。

 筆者は、使用例が添えられていない見出しに使用例を入れること、使用例が1例しか添えられていない見出しに2例目を入れることによって、『日本国語大辞典』のもつ「情報」が飛躍的に増加すると考える。さらにいえば、幕末から明治初期、欲をいえば明治20年頃までの語、特に漢語を洗い直すことによって、『日本国語大辞典』は構造的に強化されると考える。

 山田忠雄は『近代国語辞書の歩み』(1981年、三省堂)において「余説」第2章すべてを『日本国語大辞典』にあてている。1133頁の柱には「頭の居ない特殊部会と、女子大生のアルバイトと」とある。それは「『大日本国語辞典』を中心に、先行する国語辞典類の項目ごとの一覧を作成する」ために「共立女子大・実践女子大生延ベ千名ヲ動員ノ由」と述べていることと呼応するのであろう。

 筆者が女子大学に勤務しているからいうわけではないが、「女子大生のアルバイト」いいではないか、と思う。いろいろな大学で積極的に資料調査を行ない、それを「来たるべき辞書」に生かす。きちんと旗を振ることができる人がいて正しく旗を振り、マンパワーを結集する。そのプロジェクトに参加することが参加した人の糧になる。そういうプロジェクトを背後に「来たるべき辞書」が編集されるのならば楽しそうだ。

▶清泉女子大学今野ゼミのみなさんが作ったジャパンナレッジ「日本国語大辞典」の使い方動画「【清泉女子大学】デジタルコンテンツを使った大学での学び」が清泉女子大学の公式youtubeチャンネルで配信中。ぜひご覧ください。

(今野教授から一言)ジャパンナレッジのオンラインコンテンツである『日本国語大辞典』。『大漢和辞典』『日本古典文学全集』などとあわせさまざまな検索をかけながら、この「来たるべき辞書のために」の原稿を書いています。その「スキル」はそのまま大学の授業へとつながっています。学生たちがどのようにオンラインコテンツを使っているかを簡単な動画にしてみました。

▶「来たるべき辞書のために」は月2回(第1、3水曜日)の更新です。次回は4月6日(水)、シリーズ18がスタートします。

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日本国語大辞典

“国語辞典の最高峰”といわれる、国語辞典のうちでも収録語数および用例数が最も多く、ことばの意味・用法等の解説も詳細な総合辞典。1972年~76年に刊行した初版は45万項目、75万用例で、日本語研究には欠かせないものに。そして初版の企画以来40年を経た2000年~02年には第二版が刊行。50万項目、100万用例を収録した大改訂版となった

筆者プロフィール

今野真二こんの・しんじ

1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院博士課程後期退学。清泉女子大学教授。専攻は日本語学。『仮名表記論攷』(清文堂出版)で第30回金田一京助博士記念賞受賞。著書は『辞書をよむ』(平凡社新書)、『百年前の日本語』(岩波新書)、『図説 日本語の歴史』(河出書房新社)、『かなづかいの歴史』(中公新書)、『振仮名の歴史』(集英社新書)、『「言海」を読む』(角川選書)など多数。

佐藤 宏さとう・ひろし

1953年、宮城県生まれ。東北大学文学部卒業。小学館に入社後、尚学図書の国語教科書編集部を経て辞書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日本国語大辞典の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。元小学館取締役。

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今野真二著
三省堂書店
2800円(税別)