曾根勇二 著
若くして豊臣秀吉に仕え、賤ヶ岳の七本槍の一人として知られる。後年、秀吉の子秀頼の家老と徳川方の「国奉行」を兼ね、大坂の陣を前に二大勢力の板挟みとなった。苦悩する悲劇の老臣という印象があるが、歴史上の真相は果してどうか。従来の忠・不忠論にとらわれず史実を検討し、武将としてよりむしろ事務官僚的にさえ見える実像を浮彫りにする。
[安土桃山|江戸][武将・将軍]
栗田直樹 著
朝日新聞社主筆から転身し、戦後の55年体制の礎を築いた政党政治家。その前年、吉田茂に代わって自由党総裁となると、翌年に民主党の鳩山一郎との対立を超えて自由民主党を成立させた。自らの経験と人脈を生かす、「情報組織の主宰者」とも呼ぶべき政治手法によって首相の座を目前にしながら急逝。いま埋もれつつあるその足跡を明らかにする。
[大正|昭和][文化人|政治家]
川添昭二 著
蒙古襲来の時代を生きた第8代鎌倉幕府執権。外圧を背景に、自らの権力確立のため、北条一門の名越氏と異母兄時輔を反得宗(とくそう)とみなして誅殺。34歳の若さで没した生涯を、今まであまり利用されなかった『建治(けんじ)三年記』や無学祖元(むがくそげん)の語録などを通して詳細に描写。蒙古問題の宗教的代弁者、日蓮にも説き及び、歴史の真相を浮き彫りにする。
[鎌倉][武将・将軍]
中嶌邦 著
近代女子教育の発展に尽力した日本女子大学の創立者。長州藩士の家に生まれ、幕末の動乱期から明治・大正にかけて生き抜いた生涯を追う。キリスト教と出会って女性観を変え伝道に力を尽くし、米国留学を経て女子高等教育に向かった。なぜ、男子の教育でなかったのか。あるべき社会を問い続けた教育実践と、世界平和を願った実像を浮き彫りにする。
[明治|大正][教育家]
梅溪昇 著
幕末の長州藩士。吉田松陰に師事。松陰の死後、上海に渡り、欧米列強の植民地と化した清国に、兵備の充実を痛感して帰国。四国艦隊下関砲撃事件に際し、身分にとらわれない士庶混成の奇兵隊を創設、尊攘・討幕運動を推進するが、維新の夜明け前に病没する。短い波乱の生涯を、数々の英雄的エピソードを検証しつつ克明に再現し、その実像に迫る。
[江戸][武人・軍人]
小川國治 著
江戸時代中期の萩藩主。兄の死後11歳で長府(ちようふ)藩主の座に就き、さらに萩藩主として藩政改革を断行。検地で得た増収分を別途会計として保管・運営する「撫育方(ぶいくかた)」を設け、干拓・製糖などの事業を推進。後世、維新動乱期の長州藩軍資金ともなる資銀を、豊富に蓄える基礎を築いた名君と謳われた。萩藩「中興の祖」の事績と実像を描く、初の本格的伝記。
[江戸][大名]
五野井隆史 著
江戸時代初期、慶長遣欧使節の大使を務めた仙台藩士。伊達政宗に若くして見出だされ、メキシコとの通商を求めて欧州へ渡った。スペインで洗礼を受けてキリスト教に改宗し、ローマで教皇パウロ五世に謁見したが、使命を果せず禁教令施行の中帰国した。約250年封印され、明治の欧化政策の中で蘇った常長の足跡を再評価し、実像とその時代に迫る。
[江戸][武人・軍人|文化人|宗教者]
永井晋 著
鎌倉時代末期の政治家。霜月(しもつき)騒動に連座して不遇の幼少期をおくるが、得宗(とくそう)家の信頼を得て六波羅探題(ろくはらたんだい)・連署(れんしよ)となり、病弱な執権北条高時を支えた。15代執権に就任するが、政争の激化により辞任、幕府の滅亡に殉じた。膨大な貞顕(さだあき)書状から、高時政権を再評価し、称名寺造営や金沢文庫本の充実から、鎌倉の武家文化に足跡を残した権力者の実像に迫る。
[鎌倉][武将・将軍|文化人]
倉本一宏 著
平安時代中期の天皇。外戚(がいせき)である藤原氏の摂政・関白、とくに道長と協調して政務や儀式を統括し、王権と摂関家の安定を築く。漢詩や和歌、笛に優(すぐ)れ、王朝文化を開花させる一方、定子(ていし)や彰子(しようし)などの后(きさき)を寵愛(ちようあい)し、理想的天皇像の原型となった。古記録や文学作品を丹念に読み解いて、31年の短い生涯を辿り、「英主」一条天皇の新たな実像に鋭く迫る。
[平安][天皇・皇族]
田中宏巳 著
明治海軍の戦術家。四国松山の文武の風土に育まれ、海軍軍人として早くから嘱望され、米国留学で世界の戦術を学ぶ。日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を破った独自の戦術思想は、海軍兵学として絶対的地位を得るが、戦勝により神聖視される思想の将来を危惧し、晩年は大本(おおもと)教への信仰に捧げた。日本海軍の明暗を分けた、栄光と苦悩の全生涯を描く。
[明治|大正][武人・軍人]
上杉和彦 著
鎌倉時代前期の政治家。もとは朝廷の実務官人であったが、源頼朝(よりとも)に招かれ草創期の幕府の中心的存在となる。政所別当(まんどころべつとう)として守護(しゆご)・地頭(じとう)制の整備に関わり、朝廷・幕府間の交渉で卓越した政治手腕をふるった。頼朝没後、将軍頼家(よりいえ)・実朝(さねとも)を支えつつ、北条氏とも協調を図り武家政権の確立に貢献した文人政治家の実像を、新史料を駆使して浮き彫りにする。
[鎌倉][官吏・官僚|政治家]
峰岸純夫 著
鎌倉幕府を滅ぼした武将。後醍醐(ごだいご)天皇の計画に呼応して倒幕を果たし、建武(けんむ)政府の一翼を担う。足利尊氏(あしかがたかうじ)との対立を深め、南北朝動乱の中で、転戦の末、越前国藤島で不慮の戦死を遂げる。信頼し得る古文書を博捜し、義貞(よしさだ)を支えた人的基盤を探るとともに、『太平記』によって創り出された凡将・愚将観を見直す。その実像を活写する義貞伝の決定版。
[鎌倉|南北朝][武将・将軍]
瀬野精一郎 著
南北朝時代の武将。足利尊氏(たかうじ)の子に生まれながら認知されず、長門探題(ながとたんだい)に任じられて下向途中で父尊氏の命を受けた軍勢に襲撃され、九州に逃亡。尊氏が誅伐命令を出すなか、九州・中国地方を転戦。一度は尊氏を京都から追い出したが、敗れて再び中国地方を流浪し、石見(いわみ)での長い隠棲(いんせい)生活の果て没した。その波瀾の生涯と激動の時代を描き出す本格的実伝。
[南北朝|室町][武将・将軍]
宇野俊一 著
明治時代の軍人政治家。長州藩士を率い、戊辰(ぼしん)戦争で転戦。維新後、ドイツで軍事学を修め、陸軍の草創に貢献する。元老山県有朋(やまがたありとも)の後継者として三度にわたり内閣を組織し、桂園(けいえん)時代を築く。日露戦争や条約改正など対外問題を処理する一方、大逆(たいぎやく)事件の対応などに苦慮した。やがて閥族(ばつぞく)政治の限界を悟り、その脱却を試みつつも挫折した波瀾の生涯に迫る。
[明治|大正][武人・軍人|政治家]
後藤昭雄 著
平安中期の文人官僚。学問の家に生まれ、大学寮に学んだ後、歌人・赤染衛門(あかぞめえもん)と結婚する。詩文の才に秀で、優れた漢詩文を制作、詩集『江吏部集(ごうりほうしゆう)』が伝わる。文章(もんじよう)博士、一条天皇の侍読(じどく)などを歴任して、藤原道長とも緊密な関係を築き、晩年は尾張(おわり)・丹波(たんば)の国守を務める。平安朝における正統な文学〝漢詩文〞の世界に、大きな足跡を残した生涯を描く。
[平安][学者|文化人|官人]
井上宗雄 著
鎌倉時代後期の歌人。藤原定家の流れを汲む和歌の一門に育ち、伝統的な歌風を刷新する「京極派(きようごくは)」を確立。宗家の二条派と争った末、勅撰集『玉葉(ぎよくよう)和歌集』を撰進(せんしん)するが、「和歌の師範」の立場を超えた政治への介入を疎(うと)まれ、二度の配流(はいる)に遭う。清新な美意識と印象鮮明な歌風に彩られた豊富な作品を織り交ぜながら、反骨を貫いた波瀾の生涯を描く実伝。
[鎌倉][文化人|官人]
鈴木暎一 著
「水戸黄門(みとこうもん)」で知られる2代水戸藩主。少年期には非行で家臣にまで不安を与えたが、18歳のとき『史記』伯夷(はくい)伝を読み発奮、学問を志す。『大日本史』編纂をはじめ多くの文化事業を主宰する一方、徹底した寺社改革や蝦夷地(えぞち)探検も断行。文武兼備の武将たらんとの強固な意志を貫き通した起伏に富む生涯を活写。従来の光圀(みつくに)像を捉え直した本格的伝記。
[江戸][大名]
大石学 著
「大岡越前」として名高い江戸中期の幕臣・大名。将軍吉宗の信頼の下、若くして江戸の町奉行に抜擢され、防火対策や物価政策など、首都江戸の機能を強化。また、地方(じかた)御用・寺社奉行を歴任し、幕府最高の司法・立法機関である評定所一座に加わり、各地の紛争を裁定する。全国各地の史料を博捜(はくそう)し、享保(きようほう)改革を支えたその実像に鋭く迫る、本格的伝記。
[江戸][大名|政治家]
有山輝雄 著
明治時代のジャーナリスト。不遇な家庭環境や司法省法学校退学事件など、青年期に雌伏(しふく)を余儀なくされるが、政界との人脈を得て中央進出し、新聞記者の道を選ぶ。徳富蘇峰(とくとみそほう)らと対峙し、時代の直面した事件に独自の論説を展開する一方、『日本』主宰者として新聞社経営に腐心する。時流に迎合しない「独立新聞」をめざした弧高の人生51年に迫る。
[明治][文化人]
古川隆久 著
激動の明治・昭和の狭間で大正時代を治めた「守成」の君主。明治天皇唯一の皇子として手厚く育てられ、国民と身近な人間像を演出した。しかし、生まれながらの虚弱体質により、天皇としては政治的重圧に耐えることができず、在位は短期間に終わった。宮中関係者の日記など、近年公開された史料も活用し、悲運の生涯を浮き彫りにする本格的伝記。
[明治|大正][天皇・皇族]