『新カトリック大事典』全 4 巻は各方面からの多大のご助力とご協力を得て 2009 年春に完結した. 読者の方々のご要望に応え, 完結後一年を経た今, ここに 300 頁を超える別巻作成の作業を完了して世に問うことになった.
この別巻は二つの部分からなっている. 第一は項目補遺部分である. 本編は第 1 巻刊行より完結まで当初の予想よりはかなり長い年月を費やさざるを得なかったため, 一定程度, 補充を必要とした. 今回別巻には事項項目も含まれているが, 人名や地域名項目が大半である. 各巻出版のたびごとに, 入れておくべきだったと考えた人名・地域名が必ず出てくるものである. あるいは新たに対処しなければならないものもあり, さらに項目として立てられていても, 補足が必要なものも出てくるものである. 特に人名項目で補われたのは, 近代ヨーロッパ・キリスト教史上の人物, 世界各地に派遣されカトリック宣教師たち, 第 2 ヴァティカン公会議およびその後のカトリック教会における指導的人物で, 時間の中での世界の変貌とそれに対するキリスト教思想とカトリック教会の対応を反映するものである. その意味では補遺は原則として中・小項目から成り立っているが, それらよりも多少長くなったものも含まれている.
第二は資料編である. 種々の一覧表・年表・項目案内その他の付表を作成・収録した. 本事典を読むうえで別冊便覧として活用いただければ幸いである.
今日, 人類は新しい知の時代に入ろうとしている. そのような状況の中でも真理は情報ではなく真の意味での知識の上に成り立つものである. 情報は利用のためであり, 知識は理解を要求するものである. 理解はコンテクストの中の基礎づけを必要とする. この補遺によって『新カトリック大事典』全 4 巻に統合された世界が読者にとってより充実したものとして浮かび上がっていくことを願うものである.
『新カトリック大事典』(全4巻+索引・別巻) は 2009 年に最後の第 4 巻が刊行され, めでたく完結した. その翌年には別巻 (補遺+資料集) が刊行された. 本大事典電子化の構想は第 4 巻を世に問い, 事業が完了するその少し前あたりから, しだいに具体的なものとなり, 実現に向けて動き始めたものである. しかし, それでも紙に印刷された文字をそのまま電子の画面に自動的に移して, それで終わりというような単純な作業ではなく, 再度, 紙の段階で校了して, もはや誤植も内容上の誤りもなしというわけにはいかず, 点検完了までに予想外の年月がかかってしまった.
真理は “semper idem”「いつも変わることなし」というわけにはいかない. 教会を囲む, 刻々と変遷を遂げる世界への対応において本質的部分には変化がないにしても, かなりの変貌を遂げていくものである. 事典も全巻完了をもってすべてが閉ざされるのではない. 電子化の可能性が生まれてきてその事業に挑戦することは, ある意味で, 大事典に含まれ, 蓄えられた知識が流動化され, 再び生命をもつ可能性の現実化につながった. だからこの間の事態に対応して, 多少新しい項目も加えた. 紙の事典であったならば, この電子版は改訂・補充版が出るまで待たなければならなかったであろう. 紙の場合, おいそれとすぐに作業して短時間で出版というわけにはいかない. 気の遠くなるような年月がかかるのは必定である.
本事典の編集事業は, 1970 年代初め始まって, 以来 30 年余の年月が費やされた. 紙依存の時代から続けられていたものが, 紙媒体から離れ, あるいは解放されて, 新境地にまさに入ろうとするところで一段落を迎えたわけである. 印刷事業はすでに手作業で植字が行われていた段階から, それらなしに自動的に進められるようになっていた. しかし, 本事典は, 当初から専用原稿用紙を各筆者に送りって原稿を書いてもらっていた. 途中で同時にフロッピーを送っていただき, 照合しながら原稿整理を行い, 入稿するようになった. おそらく, この形は第 3 巻の制作を終えるまで続けられたと思われる. もちろん, 原稿用紙の用途はとうになくなり, 消滅してしまった. 以後は, 項目執筆者から電子メールで送ってもらった原稿をもとに整理・編集作業を行い, 出版社にも小さなメモリースティックで渡すようになった. 電子版制作では, 多くはデータのやりとりで行っており, それは瞬時に行われる.
今日, 知識媒体・伝達の世界におけるいわば静かな革命はとどまることなく, 急激なスピードで進み. 大きな変化をもたらす. 知識は「情報」という言葉によって取ってかわられつつある. 知識は近代社会の中で紙と印刷の文化に結びつき, 19 世紀には中産階級の教養の意識を育んできた. 19 世紀後半以来の労働者階級の台頭によって大衆文化が勢いを伸ばし, 社会の中心になり, 動かすようになった. それはやがて 20 世紀後半から末には, 紙に代わって電子, 電波が社会の主流となり, さらには 21 世紀に入っても, その勢いはとどまることなく, ますます社会の隅々までに浸透し, 目には見えないが無限に広がって, 人間意識の深層に本質的な変貌をもたらし, 見えない, 現実にある宇宙空間を拡大してやまない.
その中で私たちのうちに息吹いている文化, 歴史, 伝統はどういう方向へ向かうのであろうか. 電子社会の中に人類は埋没して, それぞれが生きてきた社会の文化や伝統を放棄し, 人間性の本質を構成しているものを顧みないで生き続ければいいのであろうか. 知恵は知識によって失われ, 知識は情報によって失われていいものであろうか. 18 世紀フランスの百科辞書派が夢想したすべての知識を包括した, 新しい知の世界はもはや現代の膨大な情報量と猛烈な変遷スピードに耐えられるであろうか. 今日, 情報処理の技術は格段と進歩を遂げている. これからも, 想像を絶するような急激な進展を遂げていくであろう. それを, 人間性を豊かに発展させ深めるための障害とするのでなく, 緊張関係をとどめつつも, そのポジティヴな性格を取り込むことが必要であろう.
その意味で, 将来にわたっても新カトリック大事典の編纂事業を進めることが, もし人類が知的生活の使命を放棄してはならないというならば, 重要なことではないだろうか. 新カトリック大事典の場合, カトリック教会と文化がその「新しさ」を保ち, その伝統の理解を深め, 広げ, 人類が未来に進んでいくために奉仕することがその使命なのである.
最後に, 新カトリック大事典編纂の事業は世界のカトリック教会の刷新をめざした第 2 ヴァティカン公会議の成果と雰囲気を反映しつつ, 上智大学が 1960 年代末の学生運動の過激化を克服し, ようやく日本の有名大学として頭角を現し, 未来を見つめて進み始めたときの重要プロジェクトであったことを忘れないでおきたいと思う次第である.
そのおり, オランダの海外援助団体のベネヴォレチアやドイツのケルン・カトリック大司教区からの援助を受け, 今回, 電子化事業にもケルン大司教区からの破格の援助を受けたことを感謝の念をもって特記しておきたい.