身体に加わった外力により、骨と皮膚表層の間の軟部組織の血流が低下あるいは停止し、この状況が一定時間持続することにより皮膚組織が不可逆的な血流不足となり、局所的に酸素欠乏および低栄養状態となって壊死(えし)に陥った状態。寝たきりで自力での体動がむずかしい高齢者などで、体圧が持続してかかりやすい身体部位に生じやすい。床ずれともいう。
「褥創」と表記する場合もあるが、「創」は刃物による傷の意であるのに対し、「瘡」は皮膚の傷の治りぎわにできるかさぶたの意味があり、日本褥瘡学会は「褥瘡」と表記する。なお、「褥」は座るときや寝るときに下に敷く物。敷物、ふとんの意である。
2020年5月19日
われわれが地球上で生活するうえで、重力は複雑な力学的ベクトルで人間に作用している。睡眠中、仮に力が一点に集中すれば、時間がたつにつれ皮膚局所に血流が欠如する部位が生ずる。健常人に褥瘡ができないのは、だれもが無意識に絶えず姿勢を変化させ、皮膚に加わる力を一点に集中させないようにしているからである。しかし、体動困難な高齢者や身体障害者においては自発的な体位変換がままならないことから褥瘡が多発する。さらに、褥瘡の成因には、患者の有する基礎疾患(持病)や栄養状態、介助不足なども関与し、創傷の治癒を阻むなんらかの要因により創傷治癒の働きが弱くなった状態において発症するものといえる。また、褥瘡発症は患者の日常生活の活動性、家庭環境、患者の心理状態にも左右される。
褥瘡の発症を考える際には、(1)局所的要因、(2)全身的要因、(3)社会的要因が重要である。
(1)局所的要因としては皮膚老化がある。さらに高齢者においては、クッションの役割となる脂肪組織が少ないことも大きな要因となる。
(2)全身的要因については、おもに麻痺(まひ)と栄養障害があげられる。麻痺は脳血管障害、脳神経障害、脊髄(せきずい)障害などにより生じ、体動困難となることにより局所皮膚に体圧が集中する。他方、栄養障害は、食物摂取量の低下による栄養不足、ギプス包帯による長期固定、長期寝たきり状態による栄養状態の悪化である。なお、タンパク質・エネルギー低栄養状態では、脂肪組織が減少し、筋タンパク異化亢進(こうしん)が進み、筋萎縮がみられるようになる。このため、骨の突出が顕著となる。さらに、組織に浮腫(ふしゅ)が生じることから皮膚は傷つきやすく、かつ治癒速度が遅くなる。なお、関節が動きにくい部位(拘縮(こうしゅく))があると、骨突出はより大きな問題となる。このような場合、リハビリテーションにより、少しでも拘縮が改善するように努めることが重要である。
(3)社会的要因としては、医療制度にまつわる社会の変化があげられる。近年では、医療保険制度の改正に伴って、とくに急性期病院における褥瘡発症率は低下した反面、在宅医療の現場においては、いまだ褥瘡は大きな問題である。在宅医療においては、看護・介護職員の人手不足や、創傷に関する専門的知識を有する医師・看護師の不在、さらに超高齢社会の到来と核家族化により、一人暮らしの高齢者が増えたことで、満足のいく医療および介護サービスが十分に受けられない高齢者がいまだに多く存在し、その多くが褥瘡を抱えている。
2020年5月19日
褥瘡の臨床的な分類としては、経過により急性期、慢性期に分けることがある。また、関連する病態として「医療関連機器圧迫創傷(medical device related pressure ulcer:MDRPU)」がある。MDRPUとは、カテーテルや弾性ストッキングなどの各種医療関連機器による圧迫で生じる皮膚ないし下床の組織損傷である(尿道、消化管、気道などの粘膜に発生する創傷は含めない)。厳密には褥瘡と区別されるが、ともに圧迫創傷であり、広義の褥瘡と定義される。
2020年5月19日
褥瘡の症状は、病変がどれくらいの皮膚の深さに達するかにより異なる。浅い褥瘡の場合、紅斑(こうはん)や紫斑などの発赤に始まり、水疱(すいほう)などがみられ、最終的にびらん(表皮剥離(はくり))となる。病変が深くなるにつれ潰瘍(かいよう)となり、表面に壊死を伴ったり、潰瘍底は骨に至る場合もある。また、深いレベルで潰瘍が生じた場合、皮下に空隙(くうげき)が生ずることがあり「ポケット」とよばれる。細菌感染を伴う場合、潰瘍からの体液成分の漏出(滲出(しんしゅつ)液)が増え、悪臭を伴うこともある。なお、本症の診断は、臨床症状から比較的容易であるが、ときに皮膚悪性腫瘍(しゅよう)など、皮膚潰瘍をきたす疾患との鑑別が問題となる。
実際の褥瘡好発部位は、仰臥(ぎょうが)位(あおむけ)の場合、後頭部、肩甲骨部、肘頭(ちゅうとう)部、仙骨部、踵骨(しょうこつ)部、側臥位(横向き)の場合、側頭部(耳介部)、肩峰(けんぽう)部、腸骨部、大転子部、膝関節(しつかんせつ)部、外踝(がいか)部などである。
2020年5月19日
診断に特異的な臨床検査はないが、タンパク質・エネルギー低栄養状態を把握する目的で、血清アルブミン値、ヘモグロビン値、総コレステロール値、ヘマトクリット値などが参考となる。
褥瘡の治療とケアにおいては、その時点の創面(傷口)の状態を適切にアセスメント(評価)することが重要である。アセスメントツールには、「DESIGN-R(デザインアール)分類」や「TIME(タイム)理論」などが用いられる。
DESIGN-R分類は、日本褥瘡学会が開発した国際的にも通用する優れた評価ツールであり、褥瘡の経過が評価できるだけでなく、重症度の予測が可能である。評価項目は「深さ(Depth)」、「滲出液(Exudate)」、「大きさ(Size)」、「炎症・感染(Inflammation/Infection)」、「肉芽組織(Granulation tissue)」、「壊死組織(Necrotic tissue)」の6項目で構成され、必要によりこれに「ポケット(Pocket)」を加える。創面の評価とともに、重度の場合はそれぞれアルファベットを大文字として記載するなどのくふうがなされている。患者間における比較ツールとしての使用も可能であり、本邦で広く用いられている。
TIME理論とは、治療(湿潤療法)において創傷治癒を阻む要因について、T(Tissue、組織)、I(Infection/Inflammation、感染または炎症)、M(Moisture、湿潤)、E(Edge of wound、創縁)の4項目から問題点を抽出するツールである。この評価法では、それぞれの問題点に対する具体的な対処法と、その結果が示されており、どのような治療法を選択すべきかが明らかとなる点で優れたツールである。
理想的にはそれぞれの褥瘡をDESIGN-R分類で正しくアセスメントし、TIME理論で治療およびケア方法を検討する。
2020年5月19日
治療では、病変部の除圧を図るとともに、適切な外用薬やドレッシング材(患部を覆う医療用材料)を用いる。ともに、褥瘡表面の細菌感染を防止する目的で用いるもの、潰瘍を浅くし表面を正常な皮膚で覆う目的で用いるものが存在するため、褥瘡表面をアセスメントし、適切な外用薬とドレッシング材を、それぞれの長所にかんがみながら適切に選択する(これらの使用法については、日本褥瘡学会や日本皮膚科学会が公表している診療ガイドラインを参照するとよい)。また過去には、皮膚潰瘍では細菌感染防止の観点から消毒が行われてきたが、近年では褥瘡とその周囲の皮膚を含め十分な洗浄がより重要であることが明らかとなっており、水道水などを用いて十分に傷を洗い流すことが推奨される。
褥瘡予防としては、定期的な体位変換が重要である。ただし、非生理的な体位変換はかえって褥瘡発生を促す結果となることに注意する。褥瘡予防のための優れたマットレスも次々と開発されている。自動体位変換機能をもった高性能な機種も開発されており、褥瘡予防には非常に有用である。災害等における停電時でもエアが抜けないマットレスも登場している。
2020年5月19日
適切に褥瘡のアセスメントを行い、全身状態を改善のうえ、肉芽形成促進を図れば治癒が期待でき、予後はよい。他方、感染が進めば全身の敗血症に進展し、生命予後が不良な場合もある。
2020年5月19日
近年進化している「陰圧閉鎖療法」は、難治な褥瘡に対して適切に使用すれば有力な治療手段となる、比較的新しい治療法である。以前より経験的に有用性が認識されており、各医療施設で独自の方法で行われていたようであるが、日本においては2010年(平成22)に局所陰圧閉鎖処置として保険適用となり、急速に普及した。そもそも陰圧閉鎖療法とは、皮膚潰瘍などの皮膚欠損部にポリウレタンフォームなどを欠損部の形状にあわせて充填(じゅうてん)し、フィルムドレッシング材で密閉したのち、密閉空間と連続する管を専用機器につなげ、褥瘡の表面に持続的な陰圧をかける治療法であり、イメージとしては褥瘡表面の空気を抜く治療法である。近年、機器の小型化が進み、現在は外来診療においても行うことが可能である。ただし、本療法が保険適用となる期間は最長4週間までに制限されている。また、出血創や感染創、悪性腫瘍が存在する創、内臓とつながっている瘻孔(ろうこう)が存在する場合やその可能性が残る場合、壊死組織を除去していない創への適応は禁忌(実施してはならない)である。
2020年5月19日
褥瘡(じよくそう)の一般名称で,長期臥床中の人の背や腰など,長時間圧迫されている部位にできる壊死性の皮膚障害をいう。病人が長く床に伏していると,長時間圧迫されている部位に血行障害を起こして酸素や栄養が行かないようになり,やがて床ずれが生ずる。まず圧迫されている部位の皮膚が赤くなり,ついで紫色の斑点となり,水疱ができる。さらに進むとただれ,潰瘍となり,痛みを伴う。
床ずれができやすいのは,(1)脳卒中,糖尿病などの慢性疾患や意識障害,運動障害,あるいは骨折など,長期間病床にあって,自発的な動作が阻まれ,体位の変換が困難な状態にある場合,(2)さらに,痛みやかゆみ,圧迫感などの知覚が障害されている場合,(3)全身的な栄養障害,浮腫,糖尿病などによって感染に対する抵抗力が弱まっている場合,(4)多量な汗や頻回な尿・便失禁,また衣類やシーツ類のしわや汚れ,湿気などによる刺激によって皮膚が清潔に保てなかったり,損傷されやすい状態にある場合,などである。こうしたいくつかの要因が重なり合って床ずれができることが多い。とくに床ずれになりやすい部位としては,身体の重みで病床の圧迫が加わる突出部があげられる。
床ずれはいったんできるときわめて治りにくいが,前記のような状態にある人にできやすいのだから,その発生機序と原因をよく知り,予防することが最もたいせつである。床ずれを予防するには以下のことに注意すべきである。
(1)圧迫の除去 介護者が一定時間(2時間以内)ごとに体位を変換し,同じ部位が長時間にわたって圧迫されないようにする。また,円座,まくら,空気マットレス,離被架を用いて圧迫部を保護するとよい。(2)皮膚の清潔・乾燥と血行の促進 頻繁な清拭は皮膚の清潔を保つとともに,温湯やマッサージによって血行を促す。清拭は床ずれを予防すると同時に,初期症状の皮膚が赤くなった状態の手当としても有効である。赤くなっているところに蒸しタオルを当て,血行を促してから清拭し,そのあと周囲の皮膚を赤くなっているところに向かってマッサージする。また,ドライヤーの温風を皮膚から離して当てると血行促進と乾燥の効果がある。こうした手当で進行をくいとめ,十分回復させることができる。(3)摩擦の除去 吸湿性のある寝具を用い,シーツや寝具をよく伸ばして,しわのないようにする。器具などを使用する場合は,直接に皮膚に当たらないようにガーゼやタオル,包帯でおおうなどのくふうをする。(4)外傷の予防 便器をさしこむときや体位を変える場合は皮膚を傷つけないように注意して行う。(5)全身の栄養改善 低栄養状態にある場合は高タンパク質・高ビタミンを嗜好に合わせてとれるようにくふうする。
床ずれは介護者の注意深い予防手段によって防ぐことができるが,不幸にしてできてしまったときには,早期に発見し,早期に適切な手当を行って感染を防止し,進行をくいとめることがたいせつである。最近では人工皮膚のようなもので床ずれの部分を密封して感染を防止し,進行させずに組織の回復を待つことができる新しい製品も作られている。早めに専門家の力を借りることが必要である。
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