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サン・テグジュペリ

ジャパンナレッジで閲覧できる『サン・テグジュペリ』の集英社世界文学大事典・岩波 世界人名大辞典・世界大百科事典・日本大百科全書のサンプルページ

デジタル版 集英社世界文学大事典

サン=テグジュペリ アントワーヌ・ド
Antoine de Saint-Exupéry
フランス 1900.6.29-1944.7.31
フランスの飛行家,作家。古い貴族の家系の長男としてリヨンに生まれる。4歳で父を失うが,母方の城館で幸福な子供時代を過ごす。カトリック系の学校で中等教育を受けたのち,パリに出て海軍兵学校を目指すが入試に失敗。1921年兵役に服し,飛行操縦生となり,予備少尉に任官後に除隊。女性作家ルイーズ・ド・ヴィルモランとの恋愛の挫折(ざせつ),不遇な会社員生活を経て,26年ラテコエール航空会社に入社,トゥルーズ=カサブランカ間の郵便輸送に従事する。やがてこの路線は,サハラ砂漠の海岸線を南下してダカールまで延長される。翌年10月,モーリタニアの中継基地キャップ・ジュビーの飛行場長となる。砂漠に閉じ込められたこの18カ月間に,子供時代の思い出と飛行士としての体験とが結合され,ジャック・ベルニスの愛と死の物語『南方郵便機』Courrier Sud(1928)が執筆された。29年,アエロポスタル社の系列会社,アエロポスタ・アルヘンチーナ社の支配人としてブエノスアイレスに派遣され,ジャン・メルモーズやアンリ・ギヨメなどの先輩たちと共に南米航空路線開拓の一翼を担う。この路線網は,やがて,大西洋を越えてアフリカ,ヨーロッパと接続される。フランス民間航空の生みの親,ディディエ・ドーラをモデルとした人物の鉄の規律のもとに,アンデス山脈やパタゴニアの荒れ狂う自然と格闘する飛行士たちの叙事詩的物語『夜間飛行』Vol de nuit(31,フェミナ賞)はこの時期に執筆された。しかし,この文学的栄光と時を同じくして生じたアエロポスタル社の内紛と破産後は,定期飛行士としての職業を断念,テストパイロット(サン=ラファエル湾での水没事故),パリ=サイゴン間の長距離飛行(リビヤ砂漠に不時着),ジャーナリスト(モスクワ,スペイン内戦),ニューヨーク=フエゴ島間の長距離飛行(グアテマラで失速,瀕死(ひんし)の重傷)など,危険に満ちた不安定な生活が続く。
 7年間の沈黙後,最後の事故の回復期に,『人間の大地』Terre des hommes(39,アカデミー小説大賞)が完成される。この作品は,英語版(『風と砂と星と』Wind, Sand and Stars)とともにベストセラーとなるが,大空の体験,僚友たちの肖像,さまざまな思い出を集めたエッセイ集で,健全なモラリスムが円熟期のみごとな文体で語られている。第二次大戦の勃発(ぼつぱつ)とともに動員を受け,偵察飛行隊に所属して危険な出撃を行う。休戦後は一時アメリカに渡り,感状の対象となった出撃を中心テーマに,戦争の不条理性,敗戦の情景,フランス再生の条件を語った『戦う操縦士』Pilote de guerre(42,英語版は『アラス上空偵察飛行』Flight to Arras)を執筆,ふたたびベストセラーとなる。だが,ド・ゴール派にもペタン派にも属さず,フランス人全体の和解を説くその中立的な立場のゆえに孤独だった。43年,連合軍の北アフリカ上陸を機に,同地にあった原隊に復帰。その出発直前にアメリカで出版された,憂愁とアイロニーに満ちた大人のための童話『星の王子さま』Le Petit Prince(43)は,のちに世界中に読者を持つ古典となる。44年7月,コルシカ島の基地からフランス本土上空に出撃後未帰還。最近の資料によれば,地中海上でドイツ機に撃墜されたものと推定されるが,機体発見にはいたっていない。死後,砂漠の族長父子(おやこ)を語り手とする大作『城砦(じようさい)』Citadelle(48)が刊行された。これは真の文明の成立条件を模索する著者の思想大全をなす作品である。
(山崎庸一郎)


岩波 世界人名大辞典

サンテグジュペリ
Saint-Exupéry, Antoine de
1900.6.29~44.7.31

フランスの小説家,飛行士.

北西アフリカ,南大西洋,南米航空路の開拓者,夜間飛行の先駆者の一人.この時期の体験を書いた《南方郵便機:Courrier sud, 1928》,アンデス山脈やパタゴニアの自然とたたかう郵便事業の夜間飛行士たちの尊厳に満ちた活動を物語る《夜間飛行:Vol de nuit, 1931》が,人間の条件を行動の緊張時間の中に探求する新文学としてA.ジッドをはじめ多くの人の賞讃を博した.彼の行動主義文学は,危険状況の中に高い人間性と連帯責任を実践的関係からとらえることによって,新鮮な領域を創造した.また砂漠に不時着した語り手と異星からやって来た王子(星の王子さま)の出会いと別れを通して人生の意味を問いかける《星の王子さま:Le petit prince, 1943》は,世界中に多くの読者をもつ.第二次大戦で空軍に参加し,フランスの敗戦後アメリカに亡命した.解放戦争が始まるとアフリカ,イタリアに歴戦して,コルシカ島に移り,偵察飛行中同地で戦死.

〖著作集〗 みすず書房, 12巻, 1983-90.



世界大百科事典

サンテグジュペリ
Antoine de Saint-Exupéry
1900-44

フランスの飛行家,作家。由緒ある貴族の家系に生まれ,カトリック系の学校で中等教育を終えたあと海軍をめざすが,兵学校の入試に失敗,1921年兵役に服し陸軍飛行操縦学生となる。22年予備少尉に任官,除隊後は一時会社員生活に甘んじる。26年ラテコエール航空会社に入り,トゥールーズ~カサブランカ線の定期郵便飛行に従事,中継基地のキャップ・ジュビーの飛行場長時代に《南方郵便機》(1929)を執筆する。29年アエロポスタ・アルヘンチーナ社の支配人としてブエノス・アイレスに赴任,パタゴニア線の開拓に努力し,《夜間飛行》(1931。フェミナ賞)を執筆する。31年親会社のアエロポスタル社の内紛によって退社,テストパイロット,ジャーナリストとして活躍,《人間の大地》(1939。アカデミー小説大賞)を発表する。第2次大戦が始まると召集を受け偵察機を操縦,その功績によって感状を受ける。ドイツ軍の侵入後はアメリカに亡命,《戦う操縦士》(1942),《星の王子さま》(1943),《ある人質への手紙》(1943)を出版。43年北アフリカにあった原隊に復帰,アメリカ軍と協力してフランス本土上空の偵察飛行に従事,44年7月コルシカ島の基地から出撃後に消息を絶ち,ドイツ戦闘機に撃墜されたものと推定されている。死後,その思想大全とみなされるべき未完の大作《城砦》(1948)が刊行された。

 幾度かの危険な飛行や体験から生み出された彼の著作には,人間,自然,文明についての省察と,その秩序,モラルの復活への渇望とがみなぎっている。〈飛行機の英雄〉であった彼は,1930年代の行動の文学を代表する一人とみなされている。
[山崎 庸一郎]

[索引語]
Saint-Exupéry,A.de


日本大百科全書(ニッポニカ)

サン・テグジュペリ
さんてぐじゅぺり
Antoine de Saint-Exupéry
[1900―1944]

フランスの飛行家で小説家。人間の条件を行動のうちに探究し、危機感のなかに人間性と人間の責任をとらえようとする行動主義文学の代表的作家。名門貴族の子弟としてリヨンに生まれる。初め海軍兵学校を志すが、入試に失敗し、美術学校で建築を学ぶ。1921年、兵役で航空隊に入り操縦士となったが、除隊後は工員、セールスマンなどをしながら、26年ごろから雑誌に文学作品を発表する。のちラテコエール航空会社に入ったが、当時は航空路開発時代で、数々の冒険、危難を経験する。1927年、トゥールーズ―カサブランカ空路のパイロットとなり、その体験から処女作『南方郵便機』(1929)を発表、未知の美を夢想する飛行家の内面を描く。その後、南米空路開発に従事したあと帰仏して結婚し、『夜間飛行』(1931)を執筆、これによりフェミナ賞を受賞する。続いて『人間の土地』(1939)では、行動の倫理を追求し、行動主義文学の旗印を鮮明にする。

 第二次世界大戦で動員され、とくに偵察任務に従事したが、独仏休戦後、一時、妻とニューヨークに亡命、戦争体験を踏まえた思索の書『戦う操縦士』(1942)、童話『星の王子さま』(1943)、書簡体エッセイ『ある人質への手紙』(1943)、文明を論じる未完の論文『城砦 (じょうさい)』(没後刊、1948)などを発表。1943年北アフリカの原隊に復帰、連合軍のシチリア進攻を援護したが、翌年7月31日、偵察飛行のためコルシカ島の基地を発進したまま帰還せず。一説では帰投直前ドイツ戦闘機に撃墜されたといわれる。

[榊原晃三]

 1998年9月、フランス南部のマルセイユ沖でサン・テグジュペリの名前が彫られた銀のブレスレットが発見された。海中探索の結果、搭乗機の残骸 (ざんがい)が発見され、2004年4月、墜落地点が特定された。

[編集部]

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