1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
秀吉の捕虜となってしまった朝鮮人儒者=知識人が、冷静に分析した当時の日本とは? |
気分転換をしたいときに、お気に入りのHPやブログを覗くというのはよくある話だけど、私のオススメのひとつは、ジャパンナレッジの「NNA:アジア&EU国際情報」の中の「テイクオフ」という連載コラムだ。400字程度の現地発コラムで、これが、「ほー」「へー」というネタの宝庫なのである。例えばこんな記事。
〈「あなたはクマ派?それともキツネ派?」――。韓国人の友人から突然、こんな質問をされ、戸惑った。/韓国でクマのようだと言えば、人は良いが行動が遅く、少々鈍い人のことをいい、キツネのようだと言えば、良くも悪くも頭の回転が速く、どん欲で要領が良い人を表すという。/韓国では男はクマ、女はキツネが良いとされているらしい〉(2010年06月10日韓国)
どうです? 誰かに話したくなりません?
こんな軽い出だしで、この本を紹介するのもどうかと思うが、『看羊録』は朝鮮人による現地発の日本紹介コラム、という側面を持っている。著者の姜(カン・ハン、日本読みはきょうこう)は、豊臣秀吉の第2次朝鮮出兵で捕虜となり、日本で3年間幽閉された人物だ。で、日本の国情を本国に手紙で送ったのだが、それが『看羊録』なのである。お気楽な立場ではない。日本への恨み辛みも当然ある。だが、〈藤原惺窩(せいか)とまじわり、朱子学をつたえた〉(ジャパンナレッジ「日本人名大辞典」)といわれるほどの賢者だ。その分析力にはやはり、「ほー」「へー」といってしまうのである。
特に私が唸ったのは、風俗について分析した「詣承政院啓辞」という章だ。例えば「天下一」について。
〈倭〔の風〕俗では、あらゆる事がらや技術について、必ずある人を表立てて天下一とします。ひとたび天下一の手を経れば、〔それが〕甚だしく粗悪で、甚だしくつまらない物であっても、必ずたくさんの金銀でこれを高く買い入れ、天下一の手を経なければ、甚だ精妙〔な物〕であっても、ものの数ではありません〉
で、その典型が姜いわく、古田織部(利休亡き後の茶の名人。漫画『へうげもの』の主人公といったほうが通りがいいか。『看羊録』ではなぜか堀田織部となっている)。彼が褒めれば何でも天下一=高額商品になってしまうという。これって「古田織部」を「カリスマモデル」に置き換えれば今と同じじゃないの、と思って、姜の分析に唸ってしまったのである。
「テイクオフ」がそうであるように、“異国人”だからこそ見えるものがある。私はそこに「ほー」といってしまうのだ。
ジャンル | 歴史/風俗 |
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時代 ・ 舞台 | 安土桃山時代の日本 |
読後に一言 | 日本の外に出てみないと。 |
効用 | 立ち位置を変えてみる。そうすることで、きっと見えてくるものがある。 |
印象深い一節 ・ 名言 | ああ! 遠く異国に〔身を〕托すというのは、昔の人の悲しんだことですが、まことに続ける言葉も歇(つ)きてしまいました。 |
類書 | 18世紀前半の朝鮮通信使の見聞記『海游録』(東洋文庫252) 18世紀後半の朝鮮通信使の記録『日東壮遊歌』(東洋文庫662) |
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