1. トップページ
  2. >
  3. カテゴリ一覧
  4. >
  5. 歴史
  6. >
  7. 歴史上の人物
  8. >
  9. 日本史上の人物
  10. >
  11. 野口英世
国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典

ジャパンナレッジは約1500冊以上の膨大な辞書・事典などが使い放題の「日本最大級のオンライン辞書・事典・叢書」サービスです。
国史大辞典
野口英世
のぐちひでよ
一八七六 - 一九二八
明治から昭和時代にかけての医学者、細菌学者。幼名清作。明治九年(一八七六)十一月九日佐代助・シカの長男として福島県耶麻郡三ツ和村(猪苗代町)に生まれる。二十九年秋、東京に出て高山歯科医学院の学僕となり、翌年済生学舎に学ぶ。同年十月医術開業試験に合格ののち、高山歯科医学院講師、順天堂医院助手を経て、三十一年北里柴三郎の主宰する伝染病研究所の助手補に採用され、細菌学研究への機縁となる。この年英世と改名。三十二年横浜の長浜海港検疫所の医官補、ついで清国牛荘(営口)に発生したペストの国際予防委員会要請による日本医師団の一員として参加。三十三年十二月渡米、翌年一月ペンシルバニア大学教授サイモン=フレクスナーの厚意により、同大学病理学助手となる。三十六年デンマーク国立血清研究所に留学、ヘビ毒の研究に従事、ここでの業績により、翌年新設のロックフェラー医学研究所の助手として入所する。四十四年梅毒スピロヘータの純粋培養に成功し、大正二年(一九一三)進行性麻痺・脊髄癆が梅毒スピロヘータに起因することを実証した。これにより研究所正員に昇進。これより前、明治四十年ペンシルバニア大学からマスター=オブ=サイエンス、四十四年京都帝国大学から医学博士の学位を受け、大正三年東京帝国大学から理学博士、さらに四年には帝国学士院から恩賜賞が授与され、帝国学士院会員に推された。大正七年エクアドルに流行の黄熱病病原調査に参加、以来三年間にわたってメキシコ・ペルー・ブラジルに該病調査に赴く。昭和三年(一九二八)黄熱病が西南アフリカに発生、調査委員会が組織され、再び参加したが研究中感染、五月二十一日現在のガーナ、アクラで死去した。五十三歳。米国ニューヨーク市北郊のウッドローン墓地に葬られ、故郷の菩提寺長照寺に遺髪が埋葬された。猪苗代町三ツ和に野口英世記念館があり遺品を陳列する。立志伝中の人として多数の伝記がある。
[参考文献]
奥村鶴吉『野口英世』、G・エクスタイン『野口英世』(内田清之助訳)、筑波常治『野口英世』(『講談社現代新書』一七五)、中山茂『野口英世』(『朝日評伝選』二一)、野口英世記念会編『野口英世伝』、イザベル・R・プレセット『野口英世』(中井久夫・枡矢好弘訳)、サイモン=フレキシナー「野口英世を憶ふ」(『日本医事週報』一七八八―一七九一)
(松田 武)


日本大百科全書(ニッポニカ)
野口英世
のぐちひでよ
[1876―1928]

細菌学者。福島県翁島(おきなじま)村(現、猪苗代(いなわしろ)町)の貧農佐代助(1851―1923)とシカ(1853―1918)の長男に生まれ、幼名は清作(せいさく)。尋常小学校のとき、訓導小林栄(1860―1940)は野口の英才を認め高等小学校進学の学費を与えた。卒業後、会津若松の渡部鼎(わたなべかなえ)(1858―1932)の医院の書生となり、4年間医学と外国語を習得。1896年(明治29)上京、医術開業前期試験に合格、ただちに歯科医血脇守之助(ちわきもりのすけ)(1870―1947)の紹介で高山歯科学院の用務員となり、1897年済生学舎に入り、5か月後、医術開業後期試験に合格した。翌1898年大日本私立衛生会伝染病研究所(所長は北里柴三郎(きたさとしばさぶろう))助手に採用され、細菌学の道に入った。1899年、アメリカの細菌学者フレクスナーが来日、その通訳を務めたことを機に渡米を決意した。その後、横浜港検疫官補、続いて中国の牛荘(営口)でのペスト防疫に従事した。1900年(明治33)12月、血脇の援助を得て渡米し、ペンシルベニア大学にフレクスナーを訪ね、彼の厚意で助手となり、またヘビ毒研究の大家ミッチェルを紹介された。野口はヘビ毒の研究をはじめ、1902年フレクスナーと連名で第1号の論文を発表した。1903年デンマーク、コペンハーゲンの国立血清研究所でアレニウスとマドセンThorvald Madsen(1870―1957)に血清学を学び、翌1904年アメリカに戻り、フレクスナーが初代所長を務める新設のロックフェラー研究所に入所した。1911年梅毒病原スピロヘータの純培養に成功、世界的にその名を知られ、京都帝国大学から医学博士を得た。ついで1913年(大正2)梅毒スピロヘータが脳と脊髄(せきずい)の梅毒組織内に存在することを確かめた。1914年ロックフェラー研究所正所員に昇進、同年東京帝国大学から理学博士を得た。1915年帝国学士院恩賜賞を授与され、15年ぶりに帰国、歓迎を受けた。この際、母親に孝養を尽くした美談は多いが、父とはともに語らなかった。
 1918年黄熱病(おうねつびょう)原体解明のためエクアドルに赴き、病原スピロヘータを発見、しかしその後黄熱はワイル病であり、ワイル病スピロヘータと同一と判定された。1923年帝国学士院会員となる。1926年ペルーの悪性風土病オロヤ熱の病原体の純培養に成功、またペルー疣(いぼ)の病原体がオロヤ熱病原体と同一種であることを証明、媒介昆虫も確認した。1927年(昭和2)黄熱研究のためにアフリカに赴き、翌1928年5月21日ガーナのアクラで黄熱により死去した。福島県猪苗代町に野口英世記念館、アクラに野口英世博士記念医学研究所がある。
[藤野恒三郎]



世界大百科事典
野口英世
のぐちひでよ
1876-1928(明治9-昭和3)

医学者,細菌学者。幼名清作。福島県翁島村(現,猪苗代町)に生まれる。1896年秋,東京に出て高山歯科医学院の学僕となり,翌年済生学舎に入る。同年10月医術開業試験に及第,ただちに高山歯科医学院講師となり,順天堂医院助手,海港検疫医を経て,98年伝染病研究所助手に採用され,北里柴三郎のもとで細菌学の研究に入る。1900年12月アメリカに渡り,翌年フレクスナーSimon Flexner(1863-1946)の厚意により,ペンシルベニア大学で病理学助手となる。03年デンマーク国立血清研究所に入り,ここでの業績により,翌年ロックフェラー医学研究所に助手として入所し,ヘビ毒に関する研究を継続する。11年梅毒スピロヘータ(梅毒トレポネマ)の純粋培養に成功し,13年進行麻痺,脊髄癆(ろう)が梅毒スピロヘータに起因することを確かめた。07年ペンシルベニア大学よりMaster of Scienceの学位,11年京都帝国大学より医学博士を受け,14年ロックフェラー研究所部長に昇進,同年7月東京帝国大学より理学博士を受けた。さらに15年梅毒スピロヘータの研究に対して帝国学士院から恩賜賞が授与された。18年エクアドルに赴き,同地方流行の黄熱の原因調査に従事,この功で同国名誉陸軍軍医監に任ぜられた。23年帝国学士院会員に推された。28年アフリカにおける黄熱の研究のため,現在のガーナで研究中感染し,5月21日死去。立志伝中の人として,多くの伝記が子ども向けなどにつくられている。
[松田 武]

ジャパンナレッジは、自分だけの専用図書館。すべての辞書・事典・叢書が一括検索できるので、調査時間が大幅に短縮され、なおかつ充実した検索機能により、紙の辞書ではたどり着けなかった思わぬ発見も。
タブレットやスマホからも利用できます。
野口英世の関連キーワードで検索すると・・・
検索ヒット数 96
検索コンテンツ
1. 野口英世画像
日本大百科全書
赴き、翌1928年5月21日ガーナのアクラで黄熱により死去した。福島県猪苗代町に野口英世記念館、アクラに野口英世博士記念医学研究所がある。藤野恒三郎 ...
2. 野口英世[百科マルチメディア]画像
日本大百科全書
©小学館ライブラリー ...
3. 野口英世
世界大百科事典
1876-1928(明治9-昭和3) 医学者,細菌学者。幼名清作。福島県翁島村(現,猪苗代町)に生まれる。1896年秋,東京に出て高山歯科医学院の学僕となり,翌 ...
4. のぐち‐ひでよ【野口英世】
日本国語大辞典
細菌学者。福島県出身。幼名清作。済生学舎を卒業。伝染病研究所に入り、北里柴三郎に従って細菌学を研究、明治三三年(一九〇〇)渡米してロックフェラー研究所で梅毒スピ ...
5. のぐちひでよ【野口英世】
国史大辞典
七五)、中山茂『野口英世』(『朝日評伝選』二一)、野口英世記念会編『野口英世伝』、イザベル・R・プレセット『野口英世』(中井久夫・枡矢好弘訳)、サイモン=フレキ ...
6. のぐち-ひでよ【野口英世】画像
日本人名大辞典
53歳。福島県出身。幼名は清作。【格言など】人は四十になるまでに土台を作らねばならぬ(奥村鶴吉編「野口英世」) ...
7. のぐちひでよ【野口英世】
日本架空伝承人名事典
国際的に活躍した野口の不屈の生涯は、戦前戦後を通して、日本人科学者の典型となっている。 福島県猪苗代町に野口英世記念館(生家)がある。[安宅 夏夫]一 磐梯山の ...
8. 野口英世[文献目録]
日本人物文献目録
小田律(訳)『野口英世』小泉丹『野口英世頌』土井晩翠『野口英世博士伝』橘輝政『野口英世言行録』浜野修『人間野口英世』平野直『野口英世』平野啓司『野口英世と小林先 ...
9. 野口英世アフリカ賞[イミダス編 国際情勢]
イミダス 2018
アフリカの医学や医療に貢献した人に贈られる賞。小泉純一郎元首相が在任中の2006年にアフリカを訪問した際、ノーベル賞に匹敵する賞を目指して同賞の創設を提案した ...
10. あきもと-すえお【秋元寿恵夫】
日本人名大辞典
平成6年2月4日死去。85歳。長野県出身。東京帝大卒。別名に室田有。著作に「ウイルスの謎」「人間・野口英世」など。 ...
11. アクラ
日本大百科全書
はじめ教育施設、各種の文化施設も充実しており、1928年黄熱病(おうねつびょう)研究中にこの地で死んだ野口英世(ひでよ)の記念像がある。中村弘光 ...
12. アクラ
世界大百科事典
,19世紀末からのアフリカ人民族運動の発祥地でもあった。1928年には黄熱病の研究に来ていた野口英世がここで病没した。ギニア湾に面しているが,比較的涼しい乾燥地 ...
13. アクラ
日本国語大辞典
(Accra )ガーナ共和国の首都。ギニア湾にのぞみ、カカオ、マンガン等の積み出し港をもつ。野口英世が黄熱病で没した地で、記念碑がある。 ...
14. アフリカ開発会議(TICAD)[アフリカ]
現代用語の基礎知識 2019
総花的ではなく重点を絞った「選択と集中」戦略で実施することとした。 TICAD IV(08年)からは、野口英世アフリカ賞(医学研究部門、医療活動部門、各1人、賞 ...
15. 池田宣政
日本大百科全書
昭和の初めから雑誌『少年倶楽部(くらぶ)』を舞台として少年読物の執筆を開始。池田宣政名では『野口英世(ひでよ)』『リンカーン』など偉人伝を、南洋一郎名では『吼( ...
16. 井戸泰
世界大百科事典
翌16年稲田竜吉と連名の〈黄疸出血性スピロヘータ病に関する共同研究〉で学士院恩賜賞を受けた。野口英世とも親交があった。腸チフスで早世。長門谷 洋治 ワイル病 ...
17. 猪苗代(町)画像
日本大百科全書
きの見禰の大石(みねのおおいし)、国の重要文化財に明治建築の天鏡閣などがある。また野口英世の生家跡には野口英世記念館、隣接して会津民俗館がある。押立(おったて) ...
18. 猪苗代[町]
世界大百科事典
基地で翁島港がある。会津初代藩主保科正之をまつる土津神社,野口英世の生家を保存する野口記念館などもある。佐藤 裕治 亀ヶ城 野口英世 ...
19. うしば-だいぞう【牛場大蔵】
日本人名大辞典
日本医学教育学会会長,国際医学情報センター理事長などをつとめた。46年「実験チフス症の感染と免疫の研究」で野口英世記念医学賞。平成15年11月17日死去。90歳 ...
20. エロ目ジェネレーター[新語流行語]
イミダス 2018
もともとは「ターバン野口」のように紙幣を使って遊ぼうという発想で、お札に印刷された福沢諭吉や野口英世の両目の部分を縦に山折りにするとエロ目になるところから、それ ...
21. 黄熱
日本大百科全書
翌07年6月に検疫感染症から除外された。感染症予防・医療法(感染症法)で4類感染症に分類されている。なお、野口英世(ひでよ)が本病の研究で罹患(りかん)し倒れた ...
22. 黄熱
世界大百科事典
されること,ウイルス病であることが明らかにされた。なお,黄熱病の研究のためにアフリカに赴いた野口英世がこの病気で倒れ,没したことは有名である。深谷 一太 yel ...
23. おう‐ねつ[ワウ‥]【黄熱】
日本国語大辞典
突然の寒けとともに高熱を出し、頭痛、腰痛、四肢痛、黄疸、嘔吐などがおこる。死亡率が高い。細菌学者、野口英世は、この病気を研究中に感染、死亡した。黒吐病とも呼ばれ ...
24. 黄熱[感染症]
イミダス 2018
日本脳炎ウイルスなどを媒介するそれとは異なり、アジアと太平洋地域で黄熱病が流行したことはない。日本人細菌学者の野口英世が、この黄熱病を研究中にガーナで死に至った ...
25. 緒方規雄
日本大百科全書
長与ら、および川村麟也(りんや)(1879―1947)らのつつが虫病病原研究は浅川賞を受け、緒方は野口英世記念医学賞を受けた。著書に『日本恙虫(つつがむし)病』 ...
26. おがた-のりお【緒方規雄】
日本人名大辞典
教授,のち東邦大,日本歯大教授。昭和4年にツツガムシ病のリケッチア病原体説を確立し,浅川賞,野口英世医学賞を受賞。昭和45年2月6日死去。83歳。東京出身。東京 ...
27. おりがみ を 付(つ)ける
日本国語大辞典
〕〈細田民樹〉森井コンツェルン・一「この平凡な操作の発明者は、アメリカで客死した世界的医学者野口英世氏から『世界的発見なり』といふ折紙(ヲリガミ)をつけられ」 ...
28. 折(お)り紙(がみ)を付(つ)ける
故事俗信ことわざ大辞典
)〈細田民樹〉森井コンツェルン・一「この平凡な操作の発明者は、アメリカで客死した世界的医学者野口英世氏から『世界的発見なり』といふ折紙(ヲリガミ)をつけられ」 ...
29. 恩賜賞受賞者
日本大百科全書
14年度)田原淳 研究題目:哺乳動物の心臓に於ける刺戟伝導筋系統の研究第5回(1915年度)野口英世 研究題目:スピロヘータパリーダの研究第6回(1916年度) ...
30. 貨幣
日本大百科全書
をおもな目的とした新紙幣が発行された。うち5000円券は樋口一葉(いちよう)、1000円券は野口英世(ひでよ)に肖像を変更した。 なお、第二次世界大戦後にはこの ...
31. グアヤキル
日本大百科全書
郊外には巨大なスラムがある。年間を通じて蒸し暑く、1536年に建設されてから長らく黄熱病に悩まされ、その対策に野口英世(ひでよ)も訪れた。住民にはメスティソが多 ...
32. グアヤキル
世界大百科事典
気候は高温多湿だが沖合を流れるフンボルト海流の影響をうけ,12月~4月の雨季以外はしのぎやすい。野口英世が黄熱病の研究のために立ち寄ったが,現在でもチフス,コレ ...
33. 検疫
日本大百科全書
国境線において整えることができた。なお、1899年9月、横浜検疫所では検疫医官補として勤務していた野口英世がペスト患者を発見し、菌の同定、船の停船命令など初の検 ...
34. 小泉丹
日本大百科全書
進化学の造詣(ぞうけい)も深く、『進化学序講』(1933)など進化論に関する著作のほか、『生物学巡礼』『野口英世』などがある。大鳥蘭三郎 ...
35. こいずみ‐まこと【小泉丹】
日本国語大辞典
慶応義塾大学教授を歴任。マラリア原虫・回虫など寄生虫研究。著に「蛔虫(かいちゅう)の研究」「野口英世」など。明治一五~昭和二七年(一八八二~一九五二) ...
36. こいずみ-まこと【小泉丹】
日本人名大辞典
的著作。昭和27年10月21日死去。69歳。京都出身。東京帝大卒。著作に「日本科学史私攷」「野口英世」など。 ...
37. こうの-れいさく【甲野礼作】
日本人名大辞典
厚生省スモン調査研究協議会会長もつとめ,キノホルム原因説をとなえた。47年アポロ病のウイルスを発見。52年野口英世記念医学賞。昭和60年1月23日死去。69歳。 ...
38. こばやし-さかえ【小林栄】
日本人名大辞典
千里高等小学校長をつとめ,退職後地方青年の教育のため猪苗代日新館を創設。猪苗代高等小学校教頭のとき,野口英世に左手の手術をうけさせた。昭和15年7月28日死去。 ...
39. 小林栄[文献目録]
日本人物文献目録
【書誌】:0件 【図書】:2件 【逐次刊行物】:0件 『小林栄翁 野口英世の恩父』前田恒治(著刊)『野口英世と小林先生』宮瀬睦夫 ...
40. こみや-よしたか【小宮義孝】
日本人名大辞典
昭和6年上海自然科学研究所にはいり,寄生虫を研究。戦後は国立予防衛生研究所長などをつとめた。39年野口英世(ひでよ)記念医学賞を受賞。昭和51年2月4日死去。7 ...
41. 佐治敬助[文献目録]
日本人物文献目録
【書誌】:0件 【図書】:0件 【逐次刊行物】:1件 『野口英世博士と私』佐治敬助 ...
42. さっさ-まなぶ【佐々学】
日本人名大辞典
大正5年3月14日生まれ。昭和33年東大教授となり,43年同大医科学研究所長。52年国立公害研究所長。54年野口英世記念医学賞。57年富山医薬大,平成2年富山国 ...
43. さんじょうがたむら【三城潟村】福島県:耶麻郡/猪苗代町
日本歴史地名大系
数一五三(人員録)。同八年新在家村などと合併して三ッ和村となる。黄熱病の研究で著名な細菌学者野口英世は明治六年当地に生れた。東京の済生学舎で医学を修め、同三一年 ...
44. 新5000円札/新1000円札[新語流行語]
イミダス 2018
で初めて樋口一葉が取り上げられた。裏の図柄は尾形光琳の「燕子花図」。1000円札の新しい顔は野口英世(裏は富士山と桜)。偽造防止策として、2000円札に採用され ...
45. 進行麻痺
世界大百科事典
ワッセルマン反応の発見(1906)により,本病が梅毒と関係することが明らかにされ,次いで1913年野口英世が本患者の脳内に梅毒トレポネマを発見するに及び,本病の ...
46. しんこう‐まひ[シンカウ‥]【進行麻痺】
日本国語大辞典
〔名〕梅毒感染後、数年ないし数十年後に起こる脳疾患。変性梅毒、第四期梅毒ともいわれる。一九一三年に野口英世がスピロヘータを発見し病因を確認した。痴呆を主症状とし ...
47. 新紙幣[新語流行語]
イミダス 2018
20年ぶりにデザインを一新した新紙幣の流通が始まる。お札の顔として新五千円札に樋口一葉、新千円札に野口英世の肖像が登場。新一万円札は現行紙幣と同じ福沢諭吉。偽造 ...
48. せきがわ-ひでお【関川秀雄】
日本人名大辞典
なる翼」が監督第1作。戦後は「きけわだつみの声」(東横映画),「ひろしま」などの反戦映画,「野口英世の少年時代」などの教育映画を監督した。昭和52年12月16日 ...
49. そう‐さ[サウ‥]【操作】
日本国語大辞典
『屈伸道』といふ、身体を静かに前後に屈伸させる健康術をやっていた。この平凡な操作(サウサ)の発明者は〈略〉野口英世氏から『世界的発見なり』といふ折紙をつれられ」 ...
50. 多田富雄[免疫学の世界的権威でエッセイストとしても知られた学者、死去]
イミダス 2018
免疫反応を抑制するサプレッサー(抑制)T細胞(リンパ球)を発見。ノーベル賞級の業績と評価され、野口英世記念医学賞(76年)、エミール・フォン・ベーリング賞(80 ...
「野口英世」の情報だけではなく、「野口英世」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る

野口英世と同じ日本史上の人物カテゴリの記事
真田幸村(真田信繁)(日本大百科全書(ニッポニカ))
安土桃山時代の武将。本名信繁。昌幸の次男。1586年(天正14)豊臣秀吉の臣となり、94年(文禄3)豊臣信繁の名で従五位下左衛門佐に叙任した。妻は秀吉の奉行大谷吉継の女。のち父昌幸、兄信之とともに徳川家康に臣従したが、関ヶ原の戦いには
徳川家康(日本大百科全書・国史大辞典・改訂新版 世界大百科事典)
江戸幕府初代将軍(在職1603~1605)。三河(愛知県東部)の小大名の家に生まれ、幼年時代は隣国駿河(静岡県)の大名今川氏の人質となって苦労したが、桶狭間の戦いののち今川氏から独立し、織田信長と同盟して駿河・遠江(とおとうみ)(静岡県)・三河3か国に所領を拡大した
坂本竜馬(坂本龍馬)(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
幕末期の討幕運動指導者、海援隊長。竜馬は通称。直陰のちに直柔と名乗り、脱藩後は才谷梅太郎などの変名を使う。天保六年(一八三五)十一月十五日(十月十五日説・十一月十日説あり)、土佐藩の町人郷士坂本八平直足・幸の次男として
織田信長(日本大百科全書・国史大辞典・改訂新版 世界大百科事典)
戦国・安土桃山時代の武将。戦国動乱を終結し全国統一の前提をつくった。[脇田 修]家系織田氏は近江津田氏と関係があると伝えられているが、室町期斯波氏に仕え、越前(福井県)織田荘を根拠とし織田劔神社を氏神と崇敬した。斯波氏が尾張(おわり)守護の関係で尾張守護代として尾張(愛知県)に入る
上杉景勝(日本大百科全書(ニッポニカ))
安土桃山時代・江戸初期の大名。上杉謙信の養子。初名は卯松、喜平次、顕景。実父は越後坂戸城(新潟県南魚沼市)の城主長尾政景で、母は謙信の姉。父の死後謙信に養われ、1575年(天正3)春日山城の中城で上杉弾正少弼景勝となる。78年謙信の死後、もう1人の養子上杉三郎景虎
日本史上の人物と同じカテゴリの記事をもっと見る


「野口英世」は人物に関連のある記事です。
その他の人物に関連する記事
連歌(小学館 全文全訳古語辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
〔名詞〕短歌の上の句(五七五)と下の句(七七)とを、二人が応答してよむ詩歌の一種。平安時代に発生し、はじめは、二人の唱和で一首とする「短連歌」であったが、中世以降、二人以上(時には一人)で、五七五と七七の句を交互に長く続ける「長連歌」
俳諧集(新編 日本古典文学全集)
俳諧集(扉) 哥いづれの巻(貞徳翁独吟百韻自註)(扉) 作品解説・作者解説 哥いづれ小町おどりや伊勢踊 紅梅やの巻(紅梅千句)(扉) 作品解説・作者解説 梅 第一 蚊柱はの巻(蚊柱百句)(扉) 作品解説・作者解説 そもそもいきとしいけるもの
吉田茂(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
一八八五 - 一九五四 大正・昭和時代の内務官僚、政治家。明治十八年(一八八五)九月二日大分県北海部郡臼杵町(臼杵市)に生まれる。父は銀行員。父の転勤により上京。同四十四年東京帝国大学法科大学独法科卒業。内務省に入り地方官を経て神社局第二課長、同第一課長を歴任
マッカーサー(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
一八八〇 - 一九六四 アメリカ合衆国軍人、日本占領連合国最高司令官(昭和二十年(一九四五)―二十六年)。一八八〇年一月二十六日アーカンソー州リトル=ロックに生まれる。父親アーサー=マッカーサーは陸軍中将。一九〇三年陸軍士官学校卒業後
山本五十六(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
[1884―1943]昭和期の海軍軍人。明治17年4月4日新潟県生まれ。海軍兵学校32期、海軍大学校14期卒業。第一次世界大戦後の3回にわたる在米勤務ののち、いち早く航空機の将来性に着目。1930年(昭和5)航空本部技術部長、1935年航空本部長。航空兵力を主体とした対米迎撃戦を構想し
人物に関連する記事をもっと見る
ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額600万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題の「日本最大級のインターネット辞書・事典・叢書サイト」です。日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る