1. トップページ
  2. >
  3. カテゴリ一覧
  4. >
  5. 歴史
  6. >
  7. 歴史上の人物
  8. >
  9. 天皇
  10. >
  11. 舎人親王
日本大百科全書(ニッポニカ)

ジャパンナレッジは約1500冊以上の膨大な辞書・事典などが使い放題の「日本最大級のオンライン辞書・事典・叢書」サービスです。
舎人親王
とねりしんのう
[676―735]

天武(てんむ)天皇の第三皇子。母は天智(てんじ)天皇の娘新田部(にいたべ)皇女。知太政官事(ちだいじょうかんじ)穂積(ほづみ)親王の亡きあとは皇親の長老として重んぜられ、新田部親王とともに皇太子首(おびと)親王(聖武(しょうむ)天皇)を輔翼(ほよく)する責務を負った。またこのころ右大臣藤原不比等(ふひと)の領導のもとに、律令(りつりょう)の改修(養老(ようろう)律令)や正史の編纂(へんさん)がなされたが、なかでも正史の編纂には自ら主宰者となり、720年(養老4)に至り『日本紀(にほんぎ)』30巻(日本書紀)、系図一巻を撰上(せんじょう)した。不比等亡きあと知太政官事に任ぜられ、やがて729年(天平1)に起きた長屋王の変には王の罪を糾明し、ついで光明(こうみょう)皇后の冊立(さくりつ)を宣した。第7子が淳仁(じゅんにん)天皇になると崇道尽敬(すどうじんきょう)皇帝の称号を贈られた。
[押部佳周]

ジャパンナレッジは、自分だけの専用図書館。すべての辞書・事典・叢書が一括検索できるので、調査時間が大幅に短縮され、なおかつ充実した検索機能により、紙の辞書ではたどり着けなかった思わぬ発見も。
タブレットやスマホからも利用できます。
舎人親王の関連キーワードで検索すると・・・
検索ヒット数 230
検索コンテンツ
1. 舎人親王
日本大百科全書
天武(てんむ)天皇の第三皇子。母は天智(てんじ)天皇の娘新田部(にいたべ)皇女。知太政官事(ちだいじょうかんじ)穂積(ほづみ)親王の亡きあとは皇親の長老として重 ...
2. 舎人親王
世界大百科事典
676?-735(天武5?-天平7) 天武天皇の第3皇子。母は天智天皇の皇女新田部皇女。子には御原王,池田王,船王,大炊王がおり,大炊王が淳仁天皇となった759 ...
3. とねり‐しんのう【舎人親王】
デジタル大辞泉
[676〜735]天武天皇の皇子。日本書紀の編纂(へんさん)を主宰し、養老4年(720)に完成。藤原不比等の死後、知太政官事(ちだじょうかんじ)となり、死後、太 ...
4. とねり‐しんのう[:シンワウ]【舎人親王】
日本国語大辞典
天武天皇の第三皇子。母は天智天皇の女新田部皇女。養老二年(七一八)一品に昇り、同三年元正天皇の詔によって、皇太子の補佐役となる。同四年、先に勅命を受けて太安万侶 ...
5. とねりしんのう【舎人親王】
国史大辞典
たどった者が多い。 [参考文献]川崎庸之「天武天皇の諸皇子・諸皇女」(『万葉集大成』九所収)、柳宏吉「舎人親王家の隆替」(『熊本史学』六) (笹山 晴生)  ...
6. 舎人親王
日本史年表
720年〈養老4 庚申〉 5・21 舎人親王 、日本紀(『日本書紀』)30巻・系図1巻を奏上(続紀)。 735年〈天平7 乙亥⑪〉 11・14 没。  ...
7. とねりしんのう【舎人親王】
日本人名大辞典
676−735 飛鳥(あすか)-奈良時代,天武天皇の皇子。天武天皇5年生まれ。母は新田部(にいたべの)皇女。「日本書紀」編修事業の総裁をつとめ,養老4年(720 ...
8. 舎人親王[文献目録]
日本人物文献目録
『石海神社と舎人親王』川嶋右次(著刊)『近世神道史と舎人親王への回顧』近藤喜博『舎人親王を祀る』近藤喜博『舎人親王祭に参列して』後藤粛堂『舎人親王肖像并記』重 ...
9. Toneri, Prince 【舎人親王】
Encyclopedia of Japan
676−735 Court official of the Nara period (710−794). The third son of Emperor T ...
10. 日本書紀
日本古典文学全集
漢文体で記されている。元正天皇の代に奏上された六国史のひとつで、全30巻の大著。天武天皇皇子の舎人親王(とねりしんのう)らが編纂。『古事記』と重なる部分も多いが ...
11. 舎人親王墓 (見出し語:舍人親王)
古事類苑
禮式部 洋巻 第2巻 1213ページ ...
12. 舎人親王撰日本紀 (見出し語:舍人親王)
古事類苑
文學部 洋巻 第2巻 859ページ ...
13. 舎人親王爲知太政官事 (見出し語:舍人親王)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 1443ページ ...
14. 追尊舎人親王崇道盡敬天皇 (見出し語:舍人親王)
古事類苑
帝王部 洋巻 第1巻 851ページ ...
15. あしがらかみぐん【足柄上郡】
国史大辞典
戦国時代には西郡の中に含まれていた。天平七年(七三五)の『相模国封戸租交易帳』(『正倉院文書』)には、一品舎人親王食封三百戸の中に「足上郡岡本郷伍拾戸 田壱伯弐 ...
16. あしがらかみぐん【足柄上郡】神奈川県
日本歴史地名大系
(部か)・余戸・駅家があった。天平七年(七三五)の相模国封戸租交易帳(正倉院文書)によれば、舎人親王食封のなかに「足上郡岡本郷伍拾戸」の田一二三町余があり、また ...
17. nbsp;あしがらしもぐん【足柄下郡】
国史大辞典
『正倉院文書』)に光明皇后の食封として「足下郡垂水郷伍拾戸 田壱伯漆拾弐町参段弐伯肆拾歩」、舎人親王の食封として「足下郡高田郷伍拾戸 田壱伯陸拾漆町参段弐伯伍拾 ...
18. 排蘆小船(近世随想集) 260ページ
日本古典文学全集
→二五六ページ注四。平安時代とくに『古今和歌集』以来の意。『日本書紀』三十巻。勅撰の歴史書の第一。舎人親王の主宰により養老四年に完成。『万葉集』二十巻。現存最古 ...
19. あわじのはか【淡路墓】
国史大辞典
舎人親王妃当麻山背の墓。兵庫県三原郡南淡町筒井馬目にある。山背は上総守当麻老の女、淳仁天皇の母、天皇即位ののち大夫人となる。天平宝字八年(七六四)淳仁天皇とと ...
20. 池田王
世界大百科事典
奈良時代の皇族。舎人親王の子。生没年不詳。757年(天平宝字1)道祖(ふなど)王廃太子の後,皇太子に推されたが,孝行に欠けると退けられた。759年弟の淳仁天皇即 ...
21. いさみむら【伊佐美村】岐阜県:山県郡/高富町
日本歴史地名大系
録が残る(「婚礼出入に付願書並に済口証文」加藤文書)。旧村社の御鉾神社は、霊亀二年(七一六)舎人親王が日本紀勅撰にあたり、藍見川の上流喪山の事跡を訪ねた折、矛を ...
22. 宇治拾遺物語 320ページ
日本古典文学全集
王。豊前の大君は天武天皇の第五皇子舎人親王の子孫。天武天皇の別称である「浄御原の御門」の誤伝かとする全註解の説はうなずける。豊前王(八〇五~八六五)。舎人親王第 ...
23. えいえい【栄叡】
国史大辞典
戒律がまだ十分に備わらず、放逸に流れる僧が多かったため、これを嘆いた元興寺の僧隆尊の要請に答え、舎人親王の命もあって、普照とともに入唐して、授戒・伝律の師を招請 ...
24. 大津大浦
世界大百科事典
その功により位は正七位上から従四位上,姓も宿禰(すくね)となり,功田15町が与えられた。しかし道鏡政権下で舎人親王の孫和気王の謀反事件に連座し,再び連姓となり, ...
25. おおとものおうじ【大友皇子】
国史大辞典
、皇子の即位を記すものがある。このため、皇子は天智天皇の崩後即位したが、『日本書紀』では編者舎人親王が故意にその事実を記さなかったのだとする主張が、江戸時代に『 ...
26. おお‐の‐やすまろ[おほ:]【太安万侶・太安麻呂】
日本国語大辞典
み方に習熟すること)した帝紀や本辞を再編して、「古事記」三巻を撰進。また、養老四年(七二〇)舎人親王(とねりしんのう)のもとで、「日本書紀」の撰進にも参加したと ...
27. おかもとごう【岡本郷】神奈川県:相模国/足上郡
日本歴史地名大系
「乎加毛止」(東急本)と訓を付す。天平七年(七三五)閏一一月一〇日の相模国封戸租交易帳(正倉院文書)によると、舎人親王の食封三〇〇戸のうちに、岡本郷五〇戸、田一 ...
28. おぐらじんじゃ【小倉神社】大分県:玖珠郡/九重町/町田村
日本歴史地名大系
移した。末社七二社のうち天神・稲荷・今宮・歳神・黒尾の五社は境内に祀るという。社領は数ヵ所、神官は舎人親王の裔という穴井氏が勤めている。天正一四年(一五八六)薩 ...
29. おだわらし【小田原市】神奈川県地図
日本歴史地名大系
租交易帳(正倉院文書)には足下郡垂水郷五〇戸が光明皇后、足下郡高田郷・足上郡の岡本郷五〇戸が舎人親王の封戸にあてられている。「和名抄」にみえる足下郡のうち高田・ ...
30. おはらむら【小原村】奈良県:宇陀郡/室生村
日本歴史地名大系
[現]室生村大字小原 染田村東方、笠間川左岸。「山辺郡誌」には「小原御原也」とあり、舎人親王の亡子三原王の小原山中蟄居にちなみ、御原の地名が起こったという説話を ...
31. 神楽歌 32ページ
日本古典文学全集
村に行幸した時に「あしひきの山行きしかば山人の朕に得しめし山づとそこれ」(四二九三)と詠み、舎人親王が「あしひきの山に行きけむ山人の心も知らず山人や誰」(四二九 ...
32. 甲子夜話三篇 2 125ページ
東洋文庫
与二伊勢平氏一叛、遂鼠二於房州小湊浦一実。上総州大野吉清之娘、嫁二重忠於小湊一〔吉清、清原氏、舎人親王之遠喬。畠山家族〕、産二四男η長重政、次天美、次者高祖(日 ...
33. 甲子夜話続篇 3 107ページ
東洋文庫
謂。豊公為二凡種奴隷出身者→量其然乎。O元暦五年四月、大外記清原頼業卒。頼業舎人親王之後、音博士祐隆之子也。為二高倉帝侍読→毎レ読二『礼記』→至二大学、中庸二篇 ...
34. 鑑真
世界大百科事典
痛感するに至り,733年(天平5)の遣唐使派遣の際に,僧栄叡(ようえい),普照,玄朗などが,舎人親王の要請で入唐求法し,伝戒師の招請にあたった。この要請に応じて ...
35. がんじん【鑑真】
国史大辞典
大使多治比広成に従って入唐求法した僧栄叡(えいえい・ようえい)・普照・玄朗・玄法・理鏡らが、舎人親王の要請で伝戒師の招請にあたった。同八年に副使中臣名代とともに ...
36. きつけしんとう【橘家神道】
国史大辞典
彼立足(ひりゅうそく)・水銀体の兵法を骨子とするが、これを太子流神軍伝と称して創唱者を聖徳太子にかけ、太子から舎人親王に、さらに明貫・鬼一法眼・源義経・楠木正成 ...
37. きゅう‐もん【窮問】
日本国語大辞典
*続日本紀‐天平元年〔729〕二月壬申「遣〓一品舎人親王。〈略〉巨勢朝臣宿奈麻呂等〓。就 ...
38. きよはら【清原】
デジタル大辞泉
古代の氏族。天武天皇の皇子舎人(とねり)親王の曽孫夏野に始まる家系と、舎人親王の子貞代王に始まる家系とがある。 「清原」姓の人物 清原家衡(きよはらのいえひら) ...
39. きよはらうじ【清原氏】
国史大辞典
(一) 天武天皇の皇子舎人親王の子孫が平安時代の初期に清原真人の姓(かばね)を賜わって創始した氏。清原氏系図には『尊卑分脈』所収のもの、『群書類従』所収のもの ...
40. きよはらうじ【清原氏】 : 清原氏/(一)
国史大辞典
(一) 天武天皇の皇子舎人親王の子孫が平安時代の初期に清原真人の姓(かばね)を賜わって創始した氏。清原氏系図には『尊卑分脈』所収のもの、『群書類従』所収のもの ...
41. きよはらうじ【清原氏】 : 清原氏/(二)
国史大辞典
後三年の役で滅亡した。その出自については三説がある。第一は『続群書類従』所収「清原系図」で、天武天皇・舎人親王・御原王・小倉王・夏野(清原姓を賜わる)から出た深 ...
42. 清原氏(一) 系図[図版]
国史大辞典
舎人親王 御原王 小倉王 夏野 滝雄 沢雄 秋雄 守部王 猪名王 弟村王 岑成 貞代王 有雄 通雄 海雄 房則 深養父 春光 〔顕忠〕 元輔 女子 (清少納言) ...
43. きよはらのなつの【清原夏野】
国史大辞典
七八二―八三七 平安時代初期の公卿。正五位下小倉王(舎人親王の孫、御原王の子)の第五子、母は右馬頭小野縄(綱)手の女。延暦元年(七八二)誕生。幼名繁野。同二十 ...
44. 近世俳句集 76ページ
日本古典文学全集
船と帆とに見立てて表現したところが一句の眼目である。「船に  『日本書紀』のこと。養老四年(七二〇)舎人親王らによって完成した歴史書。三十巻より成るが、第一巻・ ...
45. くもはちまんじんじゃ【雲八幡神社】大分県:下毛郡/耶馬渓町/宮園村
日本歴史地名大系
祭神は応神天皇・大山祇命。旧郷社。「豊前志」に「伝記云、大宝三年出現、柴の秀倉を建つ。円融天皇の御宇、一品舎人親王の御孫肥後守道雄卿の嫡男少納言清原政高朝臣、天 ...
46. けいず【系図】
国史大辞典
二十一日)条の「先〓是、一品舎人親王〓勅、修 ...
47. けい‐ぼう[:バウ]【閨房】
日本国語大辞典
〓舎人親王子中〓。然船王者閨房不&nbsnbsp;...
48. けん‐とう[:タウ]【圏套】
日本国語大辞典
二年〔1765〕八月四日「雖〓舎人親王〓乎、不 ...
49. 源威集 111ページ
東洋文庫
末裔とするが、信じ難い。天武天皇1-大津皇子一粟津王一公連-⊥具連-有連一有秋-公元-時延-舎人親王時光--公里-時忠一時秀-時元-時秋なお次のような注記が加え ...
50. 源威集 112ページ
東洋文庫
 粟津王は実は舎人親王の子、大津皇子の謀反により肥前国豊原郷に流される。公連に 豊原姓を賜る。有秋は村上天皇の鳳笙の師。異本によれば時光の時に豊原の姓を賜る。ま ...
「舎人親王」の情報だけではなく、「舎人親王」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る

舎人親王と同じ天皇カテゴリの記事
舎人親王(日本大百科全書(ニッポニカ))
天武天皇の第三皇子。母は天智天皇の娘新田部皇女。知太政官事穂積親王の亡きあとは皇親の長老として重んぜられ、新田部親王とともに皇太子首親王(聖武天皇)を輔翼する責務を負った
天皇(改訂新版・世界大百科事典)
日本国憲法に定める日本国および日本国民統合の象徴。天皇の歴史前近代の天皇オオキミとスメラミコト〈天皇〉は〈オオキミ〉とも〈スメラミコト〉とも呼ばれた。しかしこの二つの日本語は決して同義ではなく,むしろ両者の質の違い,それぞれの用いられる次元の相違に注目することが
皇位継承(改訂新版・世界大百科事典)
7世紀末までの皇位継承を《古事記》《日本書紀》によってみると,16代の仁徳天皇まではほとんどが父子間の直系相続であり,仁徳以後持統までは,父子間相続6,母子間1,兄弟間10,姉弟間2,叔父・甥間1,夫婦間2,三親等以上をへだてた相続3の計25例で
摂政(国史大辞典)
天皇に代わって万機を摂り行う者、または摂り行うことをいう。関白に類する職として関白とともに摂関といい、関白と同じく、摂ろく・執柄・博陸などの唐名があり、その地位に因んで一の人・一の所などと称され、殿下ともいわれた
関白(国史大辞典)
万機に関与する重職で摂政に類似する。したがって摂政と合わせて摂関・摂ろく・一の人・一の所などと称し、執柄・博陸・殿下などの唐名がある。関白の語は『漢書』霍公伝に、宣帝が諸事まず霍光に関白してから奏上せしめたとみえているが
天皇と同じカテゴリの記事をもっと見る


「舎人親王」は日本書紀に関連のある記事です。
その他の日本書紀に関連する記事
続日本後紀(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
『日本後紀』に続く勅撰の歴史書。20巻。「六国史」の4番目。833年(天長10)の仁明天皇の即位より850年(嘉祥3)の仁明の死去と葬儀に至る18年の歴史を記す。855年(斉衡2)文徳天皇の命により藤原良房、藤原良相、伴善男、春澄善縄、県犬養貞守の5人が編集にあたり、清和天皇の869年
日本後紀(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典・国史大辞典)
『続日本紀』に続く勅撰の歴史書。40巻。「六国史」の第三番目。792年(延暦11)より833年(天長10)に至る桓武、平城、嵯峨、淳和四天皇の時代42年間の記録を編年体でまとめたもの。819年(弘仁10)嵯峨天皇の指示を受け、藤原冬嗣、藤原緒嗣らが編纂を開始した。
藤原不比等(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
六五九-七二〇奈良時代の政治家。鎌足の第二子。史とも書く。母を車持国子の女与志古娘とし、不比等を天智天皇の皇胤とする説があるが、信用しがたい。斉明天皇五年(六五九)生まれる。幼時山科の田辺史大隅の家に養われたといわれ
続日本紀(日本大百科全書・東洋文庫・改訂新版 世界大百科事典)
『日本書紀』に続く勅撰の歴史書。40巻。「六国史」の2番目。697年(文武天皇1)より791年(延暦10)に至る95年間を編年体で叙述する。797年(延暦16)に全40巻が完成・奏上されたが、それまでの編集過程は複雑である
六国史(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
官撰の6種の国史の総称。奈良・平安時代に編纂された『日本書紀』『続日本紀』『日本後紀』『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』がそれである。国史の編纂は古く、7世紀、聖徳太子のときに『天皇記』以下が完成したといわれるが
日本書紀に関連する記事をもっと見る
ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額600万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題の「日本最大級のインターネット辞書・事典・叢書サイト」です。日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。
ジャパンナレッジの利用料金や収録辞事典について詳しく見る