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  11. ちゃく‐なん【嫡男】

ちゃく‐なん【嫡男】

ジャパンナレッジで閲覧できる『ちゃく‐なん【嫡男】』の日本国語大辞典のサンプルページ

ちゃく‐なん【嫡男】

解説・用例

〔名〕

正妻の生んだ最初の男子。嫡出の長男。嫡子。

*今昔物語集〔1120頃か〕二〇・三三「此の一の衣をば我が嫡男也汝に与ふ」

*吾妻鏡‐治承四年〔1180〕八月一〇日「秀義以〓嫡男佐々木太郎定綱〓〈略〉申〓送武衛〓

*太平記〔14C後〕八・谷堂炎上事「彼の谷堂と申は八幡殿の嫡男(チャクなん)対馬守義親が嫡孫、延朗上人造立の霊地也」

*国語‐呉語・夫差「一介嫡男、奉〓〓〓以随〓諸御〓

発音

〓[ク]〓[ク]

辞書

文明・易林・日葡・書言・ヘボン・言海

正式名称と詳細

表記

嫡男文明易林書言ヘボン言海


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検索ヒット数 936
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検索コンテンツ
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5. biézǐ别子
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6. あかまつさだむら【赤松貞村】
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7. あかまつのりすけ【赤松範資】
国史大辞典
?―一三五一 南北朝時代の武将。則村の嫡男。信濃守。元弘三年(一三三三)父則村が播磨佐用荘苔縄城に北条氏追討の兵を起すと、その京攻めの軍に従って功あり、ついで ...
8. 赤松則良半生談 幕末オランダ留学の記録 166ページ
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9. 赤松満祐
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11. あかまつみつすけ【赤松満祐】
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東洋文庫
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18. 秋山記行・夜職草 272ページ
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19. あきやましやかたあと【秋山氏館跡】山梨県:中巨摩郡/甲西町/秋山村
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20. あさいながまさ【浅井長政】
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25. あなやまこうじ【穴山小路】山梨県:甲府市/甲府
日本歴史地名大系
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26. あなやましやかたあと【穴山氏館跡】山梨県:南巨摩郡/身延町/下山村
日本歴史地名大系
でないが、天文一六年(一五四七)には信友が当地に館を構えていた(南松院蔵大般若経奥書)。信友の嫡男信君は武田信玄・勝頼の親類衆の筆頭として活躍し、天正三年(一五 ...
27. あのさねかど【阿野実廉】
国史大辞典
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28. 阿仏尼
世界大百科事典
?-1283(弘安6) 鎌倉時代の女性歌人。藤原定家の嫡男為家の側室となり為相(ためすけ)を生み,為氏の二条家に対抗して冷泉(れいぜい)家の基礎を築いた。勅撰集 ...
29. 阿部重次
世界大百科事典
江戸前期の譜代大名。老中,武蔵岩槻藩主。はじめ三浦重成の養子となるが,兄正澄の死によって1628年(寛永5)嫡男として阿部に復帰。33年,松平信綱,阿部忠秋らと ...
30. あべの【阿倍野】大阪府:大阪市/阿倍野区地図
日本歴史地名大系
穏な様相を呈し始めていた。平治の乱が勃発し、熊野参詣途上の平清盛が帰京しようとした際、源義朝の嫡男悪源太義平が阿倍野に出陣して迎撃態勢をとっているとの報に接して ...
31. あぼごう・あぼしやかた【安保郷・安保氏館】埼玉県:児玉郡/神川町/元安保村地図
日本歴史地名大系
安保氏惣領家のものと推測される。「風土記稿」では光泰の次男直実の城跡と伝えられているが、暦応三年の前掲光泰譲状で嫡男泰規に譲与された安保郷に含まれた屋敷であろう ...
32. あまがたじょうあと【天方城跡】静岡県:周智郡/森町/向天方村
日本歴史地名大系
攻め落した(「三河物語」など)。天正七年(一五七九)九月一五日遠江国二俣城(現天竜市)で家康の嫡男信康が切腹した際に天方山城守(通綱)が介錯をつとめた(森町史) ...
33. あまみ【奄美】鹿児島県:総論
日本歴史地名大系
には鎌倉幕府の得宗領であったことが知られ、嘉元四年(一三〇六)四月一四日、得宗被官の千竈時家は嫡男貞泰に「きかいしま、大しま」を、次男経家に「えらふのしま」を、 ...
34. あまりのしょう【甘利庄】山梨県:韮崎市
日本歴史地名大系
甲斐武田氏の始祖とされる武田信義の館跡のある武田(神山町武田)の地に南接する。当庄の在地領主は信義の嫡男一条忠頼で、その子行忠は庄内に館を構えて甘利氏を称したと ...
35. あやじょうあと【綾城跡】宮崎県:東諸県郡/綾町/北俣村
日本歴史地名大系
ると家督などをめぐって伊東氏内部で争いが起こり、当初綾衆は伊東祐清に殺害された伊東武蔵守祐武の嫡男左兵衛佐方にくみしたが、一一月二二日からの合戦で財部衆が祐清方 ...
36. ありこやまじょうあと【有子山城跡】兵庫県:出石郡/出石町/出石城下
日本歴史地名大系
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37. あわのくにかつやまはんしゅ【安房国勝山藩主】 : 酒井氏/(6)
国史大辞典
(6)安房国勝山藩主 若狭国小浜藩主酒井氏の支封。寛文八年(一六六八)忠勝の子忠朝の嫡男忠国に一万石を分与して安房国勝山に居らせたときをはじめとする。忠国は ...
38. あんどうじんじゃ【安藤神社】愛媛県:北宇和郡/吉田町/吉田陣屋町
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吉田町の市街地に面し、民家に囲まれた地の一画に境内をもつ。祭神は安藤儀太夫継明、同室登姿子、同嫡男継春。旧村社。境内社に春日神社がある。安藤継明は、寛政五年(一 ...
39. いいのじょうあと【飯野城跡】宮崎県:えびの市/原田村
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二四日には小林城も島津方に降り、二八日に義久らは飯野城へ帰陣した(上井覚兼日記)。同一三年四月には忠平の嫡男又一郎(久保)が当城で元服している(同書同年四月一九 ...
40. いえ‐の‐こ[いへ:]【家子】
日本国語大辞典
二「其の後、家の子の君達(きんだち)、大臣の前に集り居て」(2)武士の一族で、その惣領(家督・嫡男)と主従関係に立ったもの。庶子・分家一族などが含まれた。一族。 ...
41. いかがごう【伊香賀郷】大阪府:枚方市/伊加賀村
日本歴史地名大系
その四年後の延文二年(一三五七)三月一二日に将軍義詮が下した御判御教書は、宗直の譲状の旨に任せて「嫡男右衛門尉宗春」に伊香賀郷地頭職を領掌させている。この宗春と ...
42. いけだし【池田氏】
国史大辞典
恒利は近江の豪族滝川貞勝の次男で、池田政秀の婿養子となったと伝え、その妻養徳院(政秀の娘)は天文五年(一五三六)嫡男信輝(恒興)を生むとともに、織田信秀の子信長 ...
43. 池田恒興
日本大百科全書
挟撃する岡崎攻略作戦を献策し用いられ、豊臣秀次を総大将として進軍するが、家康軍の奇襲で秀次軍が崩壊し、恒興も嫡男元助(もとすけ)や女婿森長可(もりながよし)勢ら ...
44. いけだてるまさ【池田輝政】
国史大辞典
康の息女の督姫(良正院)を継室に迎えている。輝政の正室は中川瀬兵衛清秀の娘(大義院)で、輝政の嫡男利隆の母は中川氏、忠継・忠雄らの母は徳川氏である。かくして輝政 ...
45. いさやまむら【諫山村】大分県:下毛郡/三光村
日本歴史地名大系
豊前国五将其一修理進道秀公丸十六世正長比也、永享元卒与次郎道実道秀長男、母イヤクリ、永享比助次郎道治道実嫡男、号修理進、文明比右者、諫山修理進道秀家、宇佐宮祠官 ...
46. 十六夜日記(中世日記紀行集) 268ページ
日本古典文学全集
魯の恭王が孔子の旧宅を壊させた時、壁の中から発見されたという(漢書藝文志)。「孝」という徳目の婉曲表現。為家嫡男為氏をさすが、憚って一般的表現とする。「かへすが ...
47. いしいのしょう【石井庄】奈良県:北葛城郡/新庄町/寺口村
日本歴史地名大系
文治二年(一一八六)の勧学院政所下文(春日神社文書)に「当庄者本領主桜島重経譲嫡男経成、又経成譲外孫阿闍梨玄信、次玄信譲与甥弟子尋珍畢、既二百余歳之間、先祖相伝 ...
48. いしがやまじょうあと【石蟹山城跡】岡山県:新見市/石蟹村
日本歴史地名大系
その後の石蟹氏の動向ははっきりしないが、毛利氏の八箇国御時代分限帳(毛利家文庫)に石賀孫兵衛(与兵衛の嫡男、知行高一千五六〇石)の名がみえる。城郭は標高約三〇〇 ...
49. いしげじょうあと【石毛城跡】茨城県:結城郡/石下町/本石下村
日本歴史地名大系
一族経門が入ったが、その子経光が天正一三年に反心ありとして誅され、廃城となった。なお石毛政重の嫡男正家は叔父東弘寺忠円に養われ、仏門に入って興正寺の中興となった ...
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日本歴史地名大系
という。また時清の三男に伊集院桑波田を領して桑波田氏を名乗ったと思われる阿闍梨源智がおり、その嫡男は万楊房覚斎で、日置南郷(現吹上町)を領したというが(前掲来由 ...
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