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  11. 源平盛衰記

源平盛衰記

ジャパンナレッジで閲覧できる『源平盛衰記』の国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典のサンプルページ

国史大辞典

源平盛衰記
げんぺいじょうすいき
戦記文学。四十八巻。『平家物語』の諸異本のうち、読みもの系伝本として最も大部のもの。『臥雲日件録』文明二年(一四七〇)正月四日条に、玄会(玄慧)法印が三十四人の学究とともに『平家物語』の諸伝本について評論し、集成本を作った由の伝承を記しているが、そうした伝承に最もふさわしいもので、その伝承はそのままには信じ得ないが、その成立も十四世紀後半と考えられる。内容は「祇園精舎」を序章とし、二条天皇の「二代后」の説話に始まり、治承―寿永年間(一一七七―八四)の源平闘争の過程の諸説話を編年体的に記し、源頼朝旗挙げ説話を含む点は、延慶本・長門本などの読みもの系『平家物語』と共通するが、歴史語りとしては文治元年(一一八五)十一月の北条時政の上洛、九条兼実・吉田経房の政界進出に終っており、「六代誅(きられ)」を含まない点は他の読みもの系と異なり、古体の姿を残していると考えられる。巻四八には語りもの系の「灌頂巻」に相当する内容を記しているが、この部分はのちの増補らしい。各説話について所々「或本ニ云」「秘本ニ云」などの断り書きを加えており、それぞれの史実性についての評価を記していること、また諸説話の集成に貪欲であり、おびただしい中国の歴史説話の引用や故事の附加がある点は本書の編集態度を示している。すなわち、語りもの系の十二巻本『平家物語』が平家滅亡の哀史を無常観と盛者必衰の理にたって抒情味豊かに語ったものであるのに対し、これは儒教的な道義観、中国伝来の政治史観にたって各説話に教訓的批判を加え、また大衆好みの巷説風の説話も加えて歴史語りとしての独自性を自負している点が注目に値する。その行文は語りもの系に似た点も多いが、一種の和臭の濃い漢文体を含んだ瑰麗な和漢混淆体で、『十訓抄』『宝物集』『六代勝事記』など当年の文芸作品と近い点があって、読みものとして親しみやすい文体であることを示している。「七騎落」「袈裟御前」「髑髏尼」などは本書にのみみえる説話であるが、総じて『平家物語』の諸説話には、本書を通して後世の謡曲・浄瑠璃・歌舞伎などに大きな影響を与えているものも多い。『校註日本文学大系』一五・一六、『有朋堂文庫』などに所収。
[参考文献]
山田孝雄『平家物語考』、高橋貞一『平家物語諸本の研究』、津田左右吉「平家物語と源平盛衰記との関係について」(『津田左右吉全集』一〇所収)、高木武「平家物語延慶本長門本源平盛衰記の関係について」(『東亜の光』二二ノ八)、冨倉徳次郎「『源平盛衰記』と『平家物語』」(『文学』二一ノ二)
(冨倉 徳次郎)


日本大百科全書(ニッポニカ)

源平盛衰記
げんぺいじょうすいき

軍記物語。「げんぺいせいすいき」とも読む。48巻。作中人物の呼称などの考証により鎌倉中期の成立といわれたが、武士の服装描写などからは、鎌倉末期もしくは南北朝期の時代性をみせていて、そのころの成立と思われる。編者は未詳、寺院関係者か。諸本として、静嘉堂 (せいかどう)文庫蔵本、蓬左 (ほうさ)文庫蔵本など古写本系と、近衛 (このえ)本、古活字本など流布本系の2系統があるが、両系統の間に大差はなく、成立後、固定したままあまり流布しなかった。江戸期になって兵法の書、雑史としての関心などから取り上げられ刊行もされた。

 平安末期の動乱をめぐって、平家の滅亡を主題として描く『平家物語』は、早くから琵琶 (びわ)法師の語る語り本のほかに、寺院を中心に読み本が行われた。その読み本は、源頼朝 (よりとも)、木曽義仲 (きそよしなか)の挙兵など、東国における戦闘を、その現地の側から詳しく記して、源氏の興隆と平家の滅亡を描くが、『源平盛衰記』は、その読み本の最終的集成本である。『平家物語』を、いわば与えられた物語として、その他の異本をはじめ、異説や伝承をもあわせて取り込み、これらを注釈的姿勢をもって再構成した物語である。源平両勢力の交替を、語り本が京都の人々の目をもってその動乱を体験するように語るのとは違って、素材からは距離を隔てて、それも源氏による天下平定の結果の側から、経過を回想する姿勢が顕著である。史料や寺院の資料のほか、故事、説話をも大量に取り込み、また、史実としてはありえないような話を、記録文学らしい体裁を整えて創作し、増補を行っている。この点で南北朝期の軍記物語『太平記』に通うものがある。時代を切り開いていった武士たちを、時代の展開に即し、その明るい側面に関心をもって記すよりも、むしろ、異様な暗い面に関心を示し、退廃の色が濃い。これらの性格から推しても、語り物としての『平家物語』のような庶民の想像力の所産とは考えられず、多様な資料に取り囲まれながら、時代を離れてとらえる、目覚めた個人が編んだものというべきであろう。

[山下宏明]



世界大百科事典

源平盛衰記
げんぺいせいすいき

鎌倉時代の軍記物語。48巻。〈げんぺいじょうすいき〉ともいう。祇園精舎(ぎおんしようじや)で始まり,建礼門院往生で終わる大筋の骨格は《平家物語》(覚一(かくいち)本系)と同じであり,その異本の一種であるが,和漢の故事や説話を大量にとりこんで,《平家物語》の3倍近い大部な本となっており,同様の特徴を持つ《平家物語》の延慶(えんきよう)本・長門本とともに増補系諸本とか,広本とか呼ばれている。また琵琶語りの詞章としてつくられた語り本系の《平家物語》に対して,読むことを主眼とした本として,〈読本系諸本〉と呼ばれることもある。作者については,葉室(はむろ)時長説,玄慧(げんえ)法印説などがあるが,確定できない。本書独自の増補記事に仏教関係説話がとくに多いことから,作者を僧侶とする見方もある。成立時期は,土肥(どひ)経平の《湯土(ゆど)問答》(1783)による鎌倉中期説が行われてきたが,鎌倉後期ころとみる説が有力になっている。

 没落する平家に叙述の力点をおく《平家物語》に対し,増補系諸本は源頼朝蜂起説話など源氏方の記事を多くとり入れ,古代末の内乱を源平交替の動乱としてとらえようとしており,《源平盛衰記》という書名も,そのことを示している。石橋山合戦談,文覚(もんがく)と袈裟(けさ)御前の話などは,本書によって広く流布したものである。同類の延慶本などと比べて,なお70余の説話・異説の増補があり,全般に,話の劇的構成,暴露趣味,解説癖,教訓臭などが目につく。つまり本書は網羅的で,大衆受けのする読物風に《平家物語》を再構成したものであるが,饒舌(じようぜつ)にすぎて統一性に欠ける点もある。他方,史実に忠実な側面もあり,徳川光圀(みつくに)は修史のための史料として本書を選び,《参考源平盛衰記》(1689)を編ませている。《平家物語》流布本系と並んで,中世後期から近世にかけて広く読まれ,後代文芸に及ぼした影響も少なくない。
→平家物語
[加美 宏]

[索引語]
葉室(はむろ)時長 玄慧(恵) 参考源平盛衰記
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検索コンテンツ
1. げんぺいじゃうすいき【源平盛衰記】
全文全訳古語辞典
[書名]「げんぺいせいすいき」とも。鎌倉中期の軍記物語。著者、成立年代ともに未詳。四八巻。『平家物語』と似た内容だが、語り物である『平家』に対し小説・講釈的で、
2. げんぺいじょうすいき[ゲンペイジャウスイキ]【源平盛衰記】
日本国語大辞典
鎌倉時代の軍記物語。四八巻。作者、成立年代ともに未詳。源平の興亡、盛衰を多くの挿話、伝説、故事をまじえつつ描く。「平家物語」の異本の一種とみられる。源氏関係の記
3. げんぺいじょうすいき【源平盛衰記】
国史大辞典
津田左右吉「平家物語と源平盛衰記との関係について」(『津田左右吉全集』一〇所収)、高木武「平家物語延慶本長門本源平盛衰記の関係について」(『東亜の光』二二ノ八)
4. 源平盛衰記(げんぺいじょうすいき)
日本大百科全書
など、東国における戦闘を、その現地の側から詳しく記して、源氏の興隆と平家の滅亡を描くが、『源平盛衰記』は、その読み本の最終的集成本である。『平家物語』を、いわば
5. 源平盛衰記
世界大百科事典
など源氏方の記事を多くとり入れ,古代末の内乱を源平交替の動乱としてとらえようとしており,《源平盛衰記》という書名も,そのことを示している。石橋山合戦談,文覚(も
6. げんぺいせいすいき【源平盛衰記】
日本国語大辞典
「げんぺいじょうすいき(源平盛衰記)」に同じ。ゲンペ〓
7. 源平盛衰記(著作ID:25309)
新日本古典籍データベース
げんぺいせいすいき 源平盛衰記 軍記物語 
8. 源平盛衰記(げんぺいせいすいき)
日本大百科全書
源平盛衰記
9. 源平盛衰記卷數(げんぺいせいすいきのかんすう)
古事類苑
文學部 洋巻 第1巻 38ページ
10. 源平盛衰記歌(著作ID:4397191)
新日本古典籍データベース
げんぺいせいすいきうた 和歌 
11. 源平盛衰記語類(著作ID:174016)
新日本古典籍データベース
げんぺいせいすいきごるい 語彙 
12. 源平盛衰記抄(著作ID:944694)
新日本古典籍データベース
げんぺいせいすいきしょう 軍記物語 
13. 源平盛衰記人名和歌(著作ID:4360338)
新日本古典籍データベース
げんぺいせいすいきじんめいわか 井上 文雄(いのうえ ふみお) 他 和歌 
14. 源平盛衰記図会(著作ID:174027)
新日本古典籍データベース
げんぺいせいすいきずえ 奥 文鳴(おく ぶんめい) 画 西村 中和(にしむら ちゅうわ) 秋里 籬島(あきさと りとう) 作 読本 寛政六刊
15. 源平盛衰記抜粋(著作ID:4417462)
新日本古典籍データベース
げんぺいせいすいきばっすい 軍記物語 
16. 源平盛衰記評判(著作ID:944730)
新日本古典籍データベース
げんぺいせいすいきひょうばん 岡崎 良梁(おかざき りょうりょう) 軍記物語 明和九刊
17. 源平盛衰記武器談(著作ID:2510681)
新日本古典籍データベース
げんぺいせいすいきぶきだん 伊勢 貞丈(いせ さだたけ) 武家故実 
18. さんこうげんぺいじょうすいき【参考源平盛衰記】
国史大辞典
という。『(改定)史籍集覧』編外三―五に所収。→源平盛衰記(げんぺいじょうすいき) [参考文献]赤松俊秀『平家物語の研究』、星野恒「源平盛衰記考」(『史学叢説』
19. 『参考源平盛衰記』
日本史年表
1689年〈元禄2 己巳①〉 この年 今井弘済・内藤貞顕考訂 『参考源平盛衰記』 成る。
20. 参考源平盛衰記(著作ID:208786)
新日本古典籍データベース
さんこうげんぺいせいすいき 今井 魯斎(いまい ろさい) 考訂 内藤 貞顕(ないとう さだあき) 等 重校 軍記物語 考証 元禄二
21. あ
日本国語大辞典
・四・一「呀(ア)といふ間にもう回復(とりかへし)がならぬ」(2)人に呼び掛ける時の語。*源平盛衰記〔14C前〕六・入道院参企事「主人あといへば、郎等さと出づべ
22. あいあい‐し・い【愛愛】
日本国語大辞典
し〔形シク〕(1)あいらしい。かわいらしい。*源平盛衰記〔14C前〕一九・文覚発心「青黛の眉の渡(わたり)たんくゎの口付愛愛敷(アイアイシク)」*慶
23. あい‐せつ[あひ‥]【相節】
日本国語大辞典
〔名〕季節にかなう衣服や食物などを贈る時期。*源平盛衰記〔14C前〕一一・有王俊寛問答事「丹波少将の相節(アヒセツ)とて、舅門脇宰相の許より、一年に二度舟を渡し
24. あおいのまえ【葵の前】
日本人名大辞典
「平家物語」によると天皇の寵愛(ちょうあい)をうけたが,のちとおざけられ,宮廷を辞して死んだという。「源平盛衰記」ではこの人物を宿禰(すくね)とする。
25. あお‐おに[あを‥]【青鬼】
日本国語大辞典
〔名〕(1)地獄で罪人を責めるという鬼の一種。全身青色をした鬼。*源平盛衰記〔14C前〕二六・入道得病「青鬼(アヲヲニ)と赤鬼と先に立って、彼の車を福原の入道の
26. あおがさき【青崎】石川県:金沢市/旧石川郡地区/粟崎村
日本歴史地名大系
三万余騎は「能登路白生ヲ打過テ、日角見・室尾・青崎・大野・徳蔵・宮腰マテ」続いたとされ(「源平盛衰記」巻二九)、青崎を室(現内灘町)と大野の間に位置する当地とみ
27. あお‐じ[あをヂ]【青地】
日本国語大辞典
*たまきはる〔1219〕「黄地のにしきの上着、あをぢの唐衣(からぎぬ)にや、いと覚えず」*源平盛衰記〔14C前〕二〇・石橋合戦「与一、其の日の装束には、青地(ア
28. あお‐どうしん[あをダウシン]【青道心】
日本国語大辞典
山「たがひにわかき心に青道心とて、その頃よりこの頃までも、人の心ばへはただ同じことにや」*源平盛衰記〔14C前〕一三・熊野新宮軍事「入道宣ひけるは、大方発(おこ
29. あお‐の・ける[あふ‥]【仰─】
日本国語大辞典
*平家物語〔13C前〕九・敦盛最期「頸をかかんと、甲(かぶと)をおしあふのけて見ければ」*源平盛衰記〔14C前〕二二・衣笠合戦事「家忠、甲(かぶと)振り仰(アヲ
30. あお‐わらわ[あをわらは]【青童】
日本国語大辞典
〔名〕未熟で世なれていない少年、少女。特に、召使いの子供。*源平盛衰記〔14C前〕一六・仁寛流罪事「御宿願を遂げさせ給はんが為めに、或ひは青童(アヲワラハ)の貌
31. あかいと‐おどし[‥をどし]【赤糸威】
日本国語大辞典
〔名〕鎧の威の一種。茜(あかね)または蘇芳(すおう)で赤く染めた組み糸を使ったもの。*源平盛衰記〔14C前〕三七・平家開城戸口「越中次郎兵衛尉盛嗣、好(よき)装
32. あかおどし‐かたじろ[あかをどし‥]【赤威肩白】
日本国語大辞典
〔名〕鎧の威の一種。鎧の袖の肩先の部分を白く、他の部分を赤く威したもの。肩白赤威。*源平盛衰記〔14C前〕二〇・石橋合戦事「与一其の日の装束には、青地錦の直垂(
33. あか‐おに【赤鬼】
日本国語大辞典
〕八・都良香竹生島并朱雀門詩作事「赤鬼の白たうさきして、物おそろしげなるが大なる声して」*源平盛衰記〔14C前〕二六・入道得病「青鬼と赤鬼(アカヲニ)と先に立て
34. あかがわ‐おどし[あかがはをどし]【赤革威】
日本国語大辞典
(くちば)の綾の直垂(ひたたれ)に、赤皮威の鎧きて、たか角うッたる甲(かぶと)のをしめ」*源平盛衰記〔14C前〕二一・小坪合戦「木蘭地(もくらんぢ)の直垂に、赤
35. あかさかぐん【赤坂郡】岡山県:備前国
日本歴史地名大系
周匝保は保司の管轄する国衙領であったが、安倍頼広が郷内の相伝私領の高野山のうち滝山に別所を建立した。「源平盛衰記」には山陽道の旭川の渡河点として「裳佐渡」がみえ
36. あかさかじゅく【赤坂宿】愛知県:宝飯郡/音羽町
日本歴史地名大系
赤坂ノ宿ヲ過グ。昔此宿ノ遊君、花齢、春コマヤカニ、蘭質、秋カウバシキ者アリ」などと記し、「源平盛衰記」の「内大臣関東下向附池田宿遊君歌の事」に「矢作宿をも打過ぎ
37. あかついじ【赤築地】京都市:東山区/清水寺門前地図
日本歴史地名大系
「古昔は山林にして、中世耕地と為り字赤辻と称す。其後竹林となる」と述べられる。赤築地の称は、「源平盛衰記」に永万元年(一一六五)八月九日のこととして、「(清水寺
38. あか‐はた【赤旗】
日本国語大辞典
か〕下・新院讚州に御遷幸の事「源平両家の郎等、白旗・赤旗をさして、東西南北へはせちがふ」*源平盛衰記〔14C前〕二三・平氏清見関下事「西の耳(はた)には、平家赤
39. あかまつほういん【赤松法印】
日本人名大辞典
書読み。慶長-元和(げんな)(1596-1624)ごろの人。徳川家康や諸大名にまねかれて「源平盛衰記」や「太平記」などの軍書を講じた。「太平記読み」とよばれ,講
40. あかやむら【赤屋村】島根県:能義郡/伯太町
日本歴史地名大系
同じく月坂に観音堂(元禄元年の棟札がある)、落合原に観音堂、見土路に阿弥陀堂や観音堂がある。「平家物語」や「源平盛衰記」にあらわれる悪七兵衛景清は剛勇無比の平家
41. あがぐん【英賀郡】岡山県:備中国
日本歴史地名大系
現新見市)を拠点に活躍した。元暦元年(一一八四)に平家方として登場した多治部元春が初見で(源平盛衰記)、南北朝内乱期には足利方として活躍、貞治元年(一三六二)山
42. あが・る【上・揚・挙・騰】
日本国語大辞典
五「臆して手綱をつよくひかへたりけるに、やがてあがりて投げけるに、てんさかさまに落ちて」*源平盛衰記〔14C前〕二八・宗盛補大臣并拝賀事「馬沛艾(はいがい)して
43. あきざと-りとう【秋里籬島】
日本人名大辞典
俳諧(はいかい)入門書などもあらわした。名は舜福。字(あざな)は湘夕。通称は仁右衛門。著作に「源平盛衰記図会」「誹諧早作伝」など。
44. あきびと‐うま【商人馬】
日本国語大辞典
〔名〕商人が用いる馬。*源平盛衰記〔14C前〕一九・佐佐木取馬下向事「商人(アキビト)馬の癖なれば、肢、爪堅くしてなづまざりけり」
45. あく‐しゃ【悪者】
日本国語大辞典
ほうる)〈略〉もしは女色を衒売(くゑんまい)するものに親近(しんこん)せじ」*源平盛衰記〔14C前〕九・堂衆軍事「末代の作法にや、悪者(アクシャ)は強く、善人は
46. あく‐ぜんじ【悪禅師】
日本国語大辞典
〔名〕勇猛な僧侶。武芸をこととする僧。悪僧。*源平盛衰記〔14C前〕二七・墨俣川合戦「行家が子息に悪禅師(アクゼンシ)と云ふ者あり」*太平記〔14C後〕一・後醍
47. あくま‐ごうぶく[‥ガウブク]【悪魔降伏】
日本国語大辞典
〔名〕仏法の力によって悪魔を押えつけ、退治すること。*源平盛衰記〔14C前〕四・白山神輿登山事「本地は不動明王、悪魔降伏(アクマガウブク)忿怒の形、賞罰厳重の大
48. あげ‐まき【総角・揚巻】画像
日本国語大辞典
うちとをす」(4)鎧の背の逆板(さかいた)に打ちつけた環に通して(3)の結び方をした飾り紐。*源平盛衰記〔14C前〕二〇・八牧夜討事「十五束よく引堅めて放ちたれ
49. あこぎ【阿漕】
日本国語大辞典
あこぎの島に曳く鯛(たひ)のたびかさならば人も知りなん」とあり、さらに語句が多少変わって、「源平盛衰記‐八・讚岐院事」に「伊勢の海あこぎが浦に引網も度重なれば人
50. あこぎ【阿漕】[能曲名]
能・狂言事典
つくり、重層的に暗さを強調することで、生きるものの罪業を深々と描く。『古今和歌六帖』および『源平盛衰記』巻八に詠まれている「阿漕が浦に引く網……」の歌から漁夫の
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