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ファーブル

ジャパンナレッジで閲覧できる『ファーブル』の世界大百科事典・日本大百科全書のサンプルページ

世界大百科事典

ファーブル
Jean-Henri Fabre
1823-1915

フランスの昆虫研究家,博物学者。南仏アベロン県の寒村サン・レオンに貧農の子として生まれ,幼時より自然に親しむ。苦学の末,アビニョン師範学校を出た後,アビニョン小学校,コルシカのアジャクシオ中学,次いでアビニョン中学で教師をする。向上心の旺盛な彼は,向学心に満ち貧困の中にあって,独学で物理,数学,自然科学の学士号と理学博士号を取るが,大学教授の席は得られなかった。この間,植物学者ルキアン,博物学者モカン・タンドンに会い,博物学にしだいに集中していく。1854年,レオン・デュフールのフシダカバチに関する研究を読み,実地に調査した結果,昆虫の生活史と本能の研究という,おのが天職を知る。71年教職を退き,自然科学の啓蒙書(《子どものための科学の本》など)を書く。79年以降セリニャンのアルマスに隠棲して《昆虫記》10巻(1879-1910)を完成する。南仏の詩人ミストラル,ルーマニーユらとともにプロバンス語を深く愛し,《プロバンス語小品集》がある。《植物記》もある。
[奥本 大三郎]

[索引語]
Fabre,J.H.


日本大百科全書(ニッポニカ)

ファーブル
ふぁーぶる
Jean Henri Fabre
[1823―1915]

フランスの昆虫学者、博物学者。『昆虫記』の著者として知られる。南フランスのサン・レオンに生まれ、生活は貧しかったが、勉学欲に燃え、昆虫に対する関心を抱いた。アビニョンの師範学校を卒業し、小学校教師となったが、その後もモンペリエ大学で物理学、数学の学士の資格をとり、コルシカ島の中学校物理教師、アビニョンの高校教師となった。家族も多く生活は苦しかったが、31歳のときに昆虫学者レオン・デュフールJean Marie Léon Dufour(1780―1865)のカリバチに関する論文を読んで感動し、本格的に昆虫研究を始めた。翌年にはツチスガリについての論文を博物学年報に発表、以後多くの論文を書いた。やがてアビニョンの博物館長に任命され、1868年にはレジオン・ドヌール勲章を受けるなど、やや安定した生活もあった。しかし、正統な教育を受けなかったファーブルは、官学派からの攻撃を受け、教会も彼の科学教育を非難し、その結果公職から退くことを余儀なくされた。それまで彼を支持したJ・S・ミルも死去し、愛息の一人を失うなど、つらい日々が続いた。しかしファーブルは昆虫研究の志を捨てず、1878年にセリニアンのアルマスに転居してからは昆虫観察に専念し、翌1879年から1910年にかけて不朽の名著『昆虫記』全10巻を次々と出版した。1908年ごろからはいっそうの貧窮に悩まされたが、哲学者ベルクソン、文学者F・ミストラルらが中心となって、国際的なファーブル救援の会が開かれ、フランス政府は勲章ならびに年金を贈った。ただしファーブルは、世界中から寄せられた救援金はすべて送り返した。1915年に92歳で没。その自然観察の方法と態度はその後の生物学に多大な影響を与えた。終生C・R・ダーウィンの進化論に反対したが、ダーウィンはファーブルを「たぐいまれな観察者」とよんで称賛した。

[八杉貞雄]

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1. ファーブル(Jean-Henri Fabre)
世界大百科事典
1823-1915 フランスの昆虫研究家,博物学者。南仏アベロン県の寒村サン・レオンに貧農の子として生まれ,幼時より自然に親しむ。苦学の末,アビニョン師範学校を
2. ファーブル
日本国語大辞典
(Jean Henri Fabre ジャン=アンリ─)フランスの昆虫学者。昆虫、特に甲虫類・膜翅類・直翅類の生活史・習慣・本能の観察と研究を行ない、「昆虫記」一
3. ファーブル(Fabre, André
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4. ファーブル(Fabre, Jean-Henri Casimir
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5. ファーブル
岩波 生物学辞典
フランスの昆虫学者.南フランスに生まれ,師範学校を出て中学校の教師になった.幼時から自然を愛し,L.Dufourの昆虫誌に感激して,昆虫の研究に一生を捧げた.コ
6. ファーブル(Jean Henri Fabre)
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哲学者ベルクソン、文学者F・ミストラルらが中心となって、国際的なファーブル救援の会が開かれ、フランス政府は勲章ならびに年金を贈った。ただしファーブルは、世界中か
7. ファーブル(Yan Fabre)
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8. ファーブル(寓話集)
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9. ファーブル エミール
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フランスの劇作家。劇場の舞台監督の子として生まれ,1894年5幕物の『多勢に無勢』Comme ils sont tousでデビューする。翌年の『金銭』L'Arg
10. ファーブル ジャン=アンリ・カジミール
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11. ファーブル フェルディナン
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12. ファーブル リュシヤン
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フランスの詩人,評論家,科学者。『アインシュタインの理論』Les Théories d'Einstein(1921)など傑出した物理学者・数学者の業績をテーマと
13. ファーブル=リュス(Fabre-Luce, Alfred
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〔1899.5.16~1983.5.17〕フランスの文学者.第一次大戦後《勝利:La victoire, 1924》を書き,ドイツに対する戦争責任問題に反対した
14. ファーブル・デグランチーヌ
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15. ファーブル・デグランティーヌ(Fabre d'Églantine
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16. ファーブル・ドリベ(Antoine Fabre d'Olivet)
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17. ファーブル・ドリヴェ アントワーヌ
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18. ファーブル-ブラント
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1841−1923 スイスの貿易商。1841年9月23日生まれ。文久3年(1863)遣日使節団長アンベールらとともに来日。横浜に定住してスイス時計の輸入・販売を
19. ヴォージュラ クロード・ファーヴル・ド
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20. 愛書趣味 67ページ
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・デュポン編『歌謡集』(一八五一 ― 五四年、四巻)〔第一巻にボードレールのすばらしい序言がある〕 ・ファーブル作『医術のネメシス』(一八四〇年、二巻、ドーミエ
21. 愛書趣味 213ページ
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フ ファイアール FAYARD 138 ファウラー FOWLER 95 ファーブル FABRE 53 ファルグ FARGUE, Léon-Paul 61 ファル
22. アルジェリア近現代史 48ページ
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27. 岩田久二雄(いわた くにお)
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29. 新版 印象派 29ページ
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41. 革命暦画像
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43. ガストロノミ 47ページ
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44. ガストロノミ 73ページ
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鹿児島県出身。慶大中退。本名は山田吉彦(よしひこ)。著作はほかに「日本文化の根底に潜むもの」,訳書にファーブル「昆虫記」(共訳)など。
46. きだ・みのる
日本大百科全書
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ちくま学芸文庫) ルイ・シュヴァリエ『落日のモンマルトル』(共訳、ちくま学芸文庫) ロベール・ファーブル監修『最新フランス文学史』(共訳、河出書房新社) フラン
48. くそ‐むし【糞虫】
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小形のエンマコガネ類、楕円形で小形のマグソコガネ類、金緑色や紫色の光沢のあるセンチコガネ類など種類が多い。ファーブルの「昆虫記」のタマオシコガネもこの仲間。*本
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情報・知識 imidas
70歳ごろから「ファーブル昆虫記」に登場する虫を描くことをライフワークにし、81年、83年とボローニャ国際絵本原画展で入選。フランスの「ファーブル友の会」会長か
50. くまだ-ちかぼ【熊田千佳慕】
日本人名大辞典
日本ではじめて絵本にする。56年と58年ボローニャ国際絵本原画展で入選。「ファーブル昆虫記」を絵本化した「ファーブルの虫たち」の刊行をつづける。平成元年「熊田千
「ファーブル」の情報だけではなく、「ファーブル」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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