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  11. 真田十勇士
新版 日本架空伝承人名事典

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真田十勇士
さなだじゅうゆうし

安土桃山時代の武将真田幸村につかえて、武勇をあらわしたという一〇人の勇士の総称。猿飛佐助、霧隠才蔵、三好清海入道、三好伊三いさ入道、穴山小介、海野うんの六郎、筧かけい十蔵、根津甚八、望月六郎、由利鎌之助の一〇人だが、三好清海入道と伊三入道は兄弟とされている。このうち、由利鎌之助、三好清海入道、伊三入道、根津甚八などの名は、『真田三代記』や『大坂夏陣図』などにも見うけるが、「真田十勇士」としての武勇伝の数々は、すべて「立川文庫」による創作である。「立川文庫」は一九一一年(明治四四)から、二五年(大正一四)ころまでに刊行された二百数十巻にのぼる小型の講談本である。旅まわりの講釈師だった二代目玉田玉秀斎とその家族、中年の失業者などの集団による創作書き講談だが、第四〇編として一四年に刊行された『猿飛佐助』の爆発的人気が、「真田十勇士」の原型を生んだ。「立川文庫」の『真田十勇士』は、『真田三代記』に中国の奇書『西遊記』を重ねるという奔放な構想のもとに生まれている。『西遊記』の三蔵法師を真田幸村に、孫悟空を猿飛佐助、猪八戒を三好清海入道、沙悟浄を霧隠才蔵に見たてることによって、それまでの講談にないスケールの大きさと、奇想天外なおもしろさで読物としての楽しさを満喫させ階層をこえた多くの読者を獲得することとなった。とくに「かたわらの岩に手をかけると、千切っては投げ千切っては投げ……」といった「講釈師見てきたような嘘をつき」の川柳そのままの表現術が人気をよび、実際の講釈師の芸にまで影響を与えたことは注目に値する。「立川文庫」の人気は、二三年の関東大震災を機に急速に凋落するが、大正デモクラシーとよばれた時代の大衆文化を支えた手柄は忘れられない。その中心的存在ともいうべき「真田十勇士」が支持を受けた最大の理由は、大衆のスーパーマン願望にマッチした内容を有していたことであるが、「勇将の下に弱卒なし、一門郎党にも豪傑勇士又尠なからず」という設定が、「各々其の目的は異りと雖も、志は一なり、或は勤王と云ひ、忠君と云ひ、節義と云ひ、何れも武士道の亀鑑」といった思想を背景としていたことは否定できない。
猿飛佐助
[矢野 誠一]
ハツと答へて佐助は、ヅカ©©と進みより、手早く縛つた縄を解き、蒲団を引き捲ると、ムツクと飛んで出た清海入道は、素裸体で向鉢巻赤褌と云ふ不体裁な風体だ、余りの可笑しさに、幸村始め五人の連中迄も、思はず知らず噴出して、(幸)「アハヽヽヽヽ(五)「ハヽヽヽヽ(佐)「ウハヽヽヽ……」と何れも腹を抱つて大笑い、清海入道は苦し紛れに、ヤレ嬉しやと飛び出して見れば、豈に図らんや主君幸村の目通りと言ひ、然も白昼の事であるから、今更ら逃げ出す事もならず糞度胸を据へ俄かの頓智、澄し返つて平伏なし(清)「ハツ、麗はしき御尊顔を拝して、不肖身に取り如何ばかりか恐悦の次第本日は清海入道の裸体踊を御覧に入れん為め、ワザ©©斯の通り……」と、暢気な奴もあつたもの、突つ立ち上つて両手を振り、可笑しな身振りで、スタコラサツサと主君の目通りとも憚らず、ドシン©©と踊り出す、(中略)
霧隠才蔵は、ヤツと一声叫ぶと共に、飛鳥の如く、パツと松の梢に飛上り、樹から樹へ、枝から枝へ、宛も猿猴の如く其の素早い事譬ふるに物なき光景、一同はアツと驚き、異口同音に喝采する、何時の間にやら才蔵は、自分の席へ戻り、チンと座つて莞爾©©笑つて居る
立川文庫猿飛佐助
©Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo
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検索コンテンツ
1. 真田十勇士
日本大百科全書
豊臣(とよとみ)方の知将真田幸村(ゆきむら)の家来、猿飛佐助(さるとびさすけ)、霧隠才蔵(きりがくれさいぞう)、三好清海入道(みよしせいかいにゅうどう)、三好伊 ... ...
2. 真田十勇士
世界大百科事典
だが,第40編として14年に刊行された《猿飛佐助》の爆発的人気が,〈真田十勇士〉の原型を生んだ。〈立川文庫〉の《真田十勇士》は,《真田三代記》に中国の奇書《西遊 ... ...
3. さなだ‐じゅうゆうし【真田十勇士】
デジタル大辞泉
真田幸村に仕え、武勇で活躍したと伝えられる10人の勇士。猿飛佐助・霧隠才蔵・三好清海入道・三好伊三入道・由利鎌之助・筧十蔵・海野六郎・望月六郎・穴山小助・根津甚 ... ...
4. さなだ‐じゅうゆうし[:ジフユウシ]【真田十勇士】
日本国語大辞典
戦国末の武将、真田幸村の家臣で、大坂冬の陣、夏の陣に、大坂方のために大活躍した一〇人の勇士。その武勇伝は明治末から大正初期にかけて発行された講談本「立川文庫」に ... ...
5. 真田十勇士
デジタル大辞泉プラス
柴田錬三郎の伝奇小説。1975-76年刊行。NHK人形劇「真田十勇士」(1975-77)の原作。 2013年05月 ... ...
6. さなだじゅうゆうし【真田十勇士】
日本架空伝承人名事典
だが、第四〇編として一四年に刊行された『猿飛佐助』の爆発的人気が、「真田十勇士」の原型を生んだ。「立川文庫」の『真田十勇士』は、『真田三代記』に中国の奇書『西遊 ... ...
7. あなやま-こすけ【穴山小助】
日本人名大辞典
立川文庫「真田幸村」の登場人物。真田十勇士のひとり。父はもと武田家の家臣。真田幸村につかえ,幸村の影武者として活躍。大坂夏の陣で幸村の身代わりとして徳川家康の本 ... ...
8. うんの-ろくろう【海野六郎】
日本人名大辞典
立川文庫「真田幸村」の登場人物。真田十勇士のひとり。真田幸村につかえ,上田籠城戦や大坂の陣で活躍。「真田三代記」の海野六郎兵衛がモデルとされる。 ... ...
9. かけい-じゅうぞう【筧十蔵】
日本人名大辞典
立川文庫「真田幸村」の登場人物。真田十勇士のひとりで,鉄砲の名手。もと筒井順慶の臣筧孫兵衛の子ともいわれる。真田幸村の影武者をつとめる。上田城籠城戦で活躍,大坂 ... ...
10. 真田三代記
世界大百科事典
,木村重成等の〈英雄〉が登場するのも特色の一つである。なお,これらの話から発展して,のち《真田十勇士》《猿飛佐助》の長編講談も生まれている。明治の速記本には《幸 ... ...
11. 真田幸村
日本大百科全書
江戸中期にできた『真田三代記』では大坂城の大軍師ともてはやされ、大正初年には「立川文庫」による真田十勇士の活躍でいっそう有名になった。もちろん史実からは遠い。な ... ...
12. 真田幸村
世界大百科事典
へ突撃して家康を危機に陥れたが,松平忠直の軍勢と激戦の末戦死した。大正時代の〈立川文庫〉の真田十勇士の話などによって有名になった。笹本 正治 真田信繁 ... ...
13. さなだゆきむら【真田幸村】
日本架空伝承人名事典
埋められ、この年の夏の陣では二度までも家康の本陣に迫りながら、華々しい戦死を遂げている。なお、「真田十勇士」の物語は、「立川文庫」による創作である。 大坂の陣で ... ...
14. 猿飛佐助
世界大百科事典
川文庫〉により大衆のあいだに定着した。戸沢白雲斎に忍術をならい,真田幸村につかえ,いわゆる真田十勇士の一人として活躍するが,大坂夏の陣に討死したことになっている ... ...
15. さるとび‐さすけ【猿飛佐助】
デジタル大辞泉
伝説上の戦国時代の忍者。戸沢白雲斎に忍術を学び、真田幸村(さなだゆきむら)に仕えたという。真田十勇士の一人。 ... ...
16. さるとび‐さすけ【猿飛佐助】
日本国語大辞典
れているが実在したかどうかは不明。大正初期に大阪赤本の講談豆本でその武勇伝が書き広められ、真田十勇士の一人として世にもてはやされた。猿飛は「西遊記」の孫悟空にあ ... ...
17. さるとびさすけ【猿飛佐助】
日本架空伝承人名事典
真田幸村につかえ、いわゆる真田十勇士の一人として活躍するが、大坂夏の陣に討死したことになっている。猿飛という名は、『西遊記』の孫悟空にあやかったといわれる。 → ... ...
18. たちかわぶんこ【立川文庫】
国史大辞典
そのポケット版は、当時の少年たちの夢を培った。特に大正二年刊の『猿飛佐助』は好評で一時代のアイドルとなり、真田十勇士の中でも群を抜いた人気をよんだ。その評判に刺 ... ...
19. つじむら-じゅさぶろう【辻村寿三郎】
日本人名大辞典
3年後に独立。48-50年NHKテレビの連続人形劇「新八犬伝」でモービル児童文化賞,52年「真田十勇士」で芸術選奨新人賞を受賞。舞台衣装・演出なども手がける。前 ... ...
20. 人形劇
世界大百科事典
チェコで製作された。日本ではNHKテレビが少年少女向け人形劇番組をつくり,《里見八犬伝》《真田十勇士》では辻村ジュサブロー製作の人形が人気を博し,続いて《三国志 ... ...
21. ねづ-じんぱち【根津甚八】
日本人名大辞典
立川文庫「真田幸村」の登場人物。真田十勇士のひとり。北信濃(しなの)の名族滋野(しげの)氏の一族。真田幸村の影武者としてつかえ,大坂夏の陣で穴山小助とともに幸村 ... ...
22. 風神の門
デジタル大辞泉プラス
司馬遼太郎の長編小説。1962年刊行。真田十勇士の霧隠才蔵を主人公に据えた時代小説。 2013年05月 ... ...
23. みよし-いさにゅうどう【三好伊三入道】
日本人名大辞典
立川文庫「真田幸村」の登場人物。真田十勇士のひとりで,三好清海入道の弟。兄とともに真田昌幸・幸村親子につかえ,上田籠城戦や大坂の陣で活躍。大坂城落城後に自害した ... ...
24. みよし-せいかいにゅうどう【三好清海入道】
日本人名大辞典
立川文庫「真田幸村」の登場人物。真田十勇士のひとりで,大力の豪傑。弟の三好伊三(いさ)入道とともに真田幸村につかえ,猿飛佐助,霧隠才蔵らとともに活躍する。「真田 ... ...
25. 名数小辞典
日本大百科全書
うゆうし) 戦陣でとくに活躍した勇士10人をあげたもの。真田幸村(さなだゆきむら)の家臣の真田十勇士がよく知られる。穴山小助(あなやまこすけ)、海野(うんの)六 ... ...
26. もちづき-ろくろう【望月六郎】
日本人名大辞典
立川文庫「真田幸村」の登場人物。真田十勇士のひとりで,爆弾づくりの名人。北信濃(しなの)の名族滋野(しげの)氏の出で,武田氏滅亡後に真田幸村につかえ,影武者のひ ... ...
27. ゆり-かまのすけ【由利鎌之助】
日本人名大辞典
立川文庫「真田幸村」の登場人物。真田十勇士のひとりで,鎖鎌(くさりがま)の名人。もと三河(愛知県)野田城主菅沼氏の家臣。賤ケ岳の戦いで穴山小助との一騎打ちに敗れ ... ...
「真田十勇士」の情報だけではなく、「真田十勇士」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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