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イエス・キリスト

ジャパンナレッジで閲覧できる『イエス・キリスト』の世界大百科事典・世界人名大辞典・日本国語大辞典のサンプルページ

改訂新版・世界大百科事典
イエス・キリスト
Jesus Christ

一般にキリストはイエスの別名のように考えられている。実際,新約聖書の中でもパウロの手紙などではキリストとイエスとが区別されていない場合もあるし,古代ローマの歴史家たち(タキトゥスやスエトニウスなど)は,多くの場合キリストを固有名詞と思っていた。しかし,〈キリスト〉は元来普通名詞で,〈油を注がれた者〉を意味していた。具体的に言えば,それは,旧約聖書の時代,イスラエルの預言者たちによって頭に〈油を注がれて王位についた人物〉,すなわち〈王〉を意味するものであった。前1000年ころ,ダビデは油を注がれて,イスラエルの王位についている。

ところで,イエス時代のユダヤ教徒は,この世の終末のときにダビデ王の子孫からメシアが現れて,イスラエルを中心に〈神の国〉をもたらすと信じていた。このヘブライ語の〈メシア〉,正確には〈マーシアハ〉がギリシア語で〈キリスト〉(正確には〈クリストスChristos〉)と呼ばれ,日本では一般的に〈救世主〉と訳されているものである。

これに対して〈イエス〉(正確には〈イェースースIēsous〉)は,ヘブライ語の〈イェーシュア〉のギリシア語読みである。そしてこの〈イェーシュア〉は,例えば旧約聖書《ヨシュア記》の主人公〈ヨシュア〉(正確には〈イェホーシューア〉)の短縮形であり,これは〈ヤハウェ(神)は救い〉を意味して,ユダヤ人の間で広く採用されていたごく普通の人名である。もっとも,2世紀以後のユダヤ教のラビ文献(いわゆる〈タルムード〉)でナザレ出身のイエスは〈イェーシュ〉と呼ばれている。この呼称は,ギリシア語の〈イェースース〉のアラム語(イエス時代の日常語)読みであると想定する学者たちが多い。しかし他方,考古学的知見から,むしろこれがイエスの名のガリラヤ地方(ナザレはこの地方の町)の発音であると主張する学者たちもいる。

このイエスの呼びかけに応じ,彼に従った人々が,とくにイエスの死後,彼を〈キリスト〉と信じた。これらの人々によって,いわゆるキリスト教が成立する。だから,キリスト教の側から見れば,キリストは当然イエスのことである。しかし歴史的には,キリストとイエスとは区別されなければならない。現に,ユダヤ教徒はイエスをキリストと認めてはおらず,今でもこの世の終りにメシア,つまりキリストが来臨すると信じている。そのうえ,新約聖書の福音書においてさえ,イエスは一度も自分をキリストであると主張してはいない。とすれば,われわれは歴史上のイエスとキリスト教徒の信仰の対象としてのキリストとを一応区別したうえで,イエスとキリストとの関係を問うていかなければならないことになる。

イエスの生涯と思想

イエスに関する資料の中でその歴史性を比較的に信頼できるのは,新約聖書の冒頭に収められているマルコ,マタイ,ルカ,ヨハネの四福音書と,最近発見された《トマス福音書》である。しかし,これらの福音書もイエスをキリストと信じるキリスト教徒によって著作されたものであるから,これらの中に書かれている記事をすべて史実と判断するわけにいかない。しかしわれわれはこれらを,とくに最初の三つの福音書(いわゆる共観福音書)を文献批判的に比較検討することによって,イエスの生涯については,少なくとも次の三つの段階があったことを推定することはできる。(1)バプテスマのヨハネの弟子。(2)ガリラヤにおける宣教。(3)エルサレムにおける処刑。

イエスはおそらく,ヘロデ大王(前4没)の晩年にガリラヤのナザレで生まれ,後28年ころにヨルダン川でヨハネから洗礼を受け,彼によって創始された洗礼運動に入った。ヨハネはヨルダン河畔の荒野で〈神の国〉の接近を宣(の)べ伝え,人々に悔い改めを迫って,罪のゆるしに至る洗礼を授けていた。われわれは〈悔い改めよ〉と言われると,何か道徳的な意味で改心を迫られているように感ずる。しかし,ヨハネが求めた悔い改めは,むしろ人間の生活上の価値基準を180度転換すること,すなわち文字通りの〈回心〉にあった。当時ユダヤの支配者たち,とくに政治的・宗教的エリートたち(サドカイ派,とりわけパリサイ派の人々)は,彼らの生活の価値基準を,彼らが神から与えられたと信じていた律法に置いていた。彼らによれば,律法を守って倫理的に正しい生活をした人々がその功績によって終末のときに〈神の国〉に入れられ,律法を守らない人々は〈神の国〉から閉め出されると確信していたのである。しかしヨハネは,過去における律法の業を誇り,それを基準にして,律法を守らない人々,あるいはむしろ,貧しさのゆえにそれを守ろうとしても守りえない人々を差別する人間の心のありようそのものを〈罪〉と見た。人間は過去(自分の属する民族や社会層や学歴や宗教的敬虔や性別)にではなく,むしろいっさい白紙の将来に価値の基準を転換すべきである。こうして人間が将来から迫り来る〈神の支配領域〉としての〈神の国〉にすべての価値の基準を置けば,律法を守りうる者も守りえない者も同じ地平において神の前に立たざるをえない。ここではむしろ,過去における律法の業を誇る者が神による審判の対象となり,律法の業を誇ろうにも誇り得ない者が神による救済の対象となる。要は,このような意味において悔い改め,その悔い改めにふさわしい実を結ぶこと,すなわち倫理的生活を実践することが,ヨハネの求めるところであった。このようなヨハネの呼びかけに応じて彼のもとに参集した人々の中にガリラヤのイエスもいたのである。

イエスはまもなくヨハネから独立し,ガリラヤ湖畔を中心に一人宣教活動を開始する。その際イエスはヨハネの立場を批判的に継承したと見てよいであろう。イエスの思想と行動の特色をヨハネの場合と比較して挙げてみると,次の3点になる。第1に,ヨハネは悔い改めにふさわしい生活形態として,世俗から離れた一つの禁欲生活共同体を形成した(これは,当時のユダヤ教非主流派の一つエッセネ派が帰属した〈クムラン教団〉と類似している。ヨハネはこの教団の出自であったかもしれない)。しかし,イエスはむしろ世俗世界に入り込んできわめて自由にふるまい,洗礼も授けず,断食も勧めていない。イエスに敵対したユダヤの指導者たちは,彼について〈大飯くらいで大酒飲み,取税人や罪人の仲間だ〉と非難しているほどである(マタイ11:19,ルカ7:34)。第2に,ヨハネは〈神の国〉の接近に基づいて人々に悔い改めを迫ったが,イエスは〈神の国〉がすでにこの世の中に実現されつつあると告知した(マルコ1:14,ルカ17:21)。イエスにとって重要なのは,人間が自分の民族的・社会的・倫理的有能さに価値の基準を置き,自己中心的に他人の価値を判断しようとする態度を放棄し,神信仰によってむしろ自己を相対化して,みずからあえて民族的・社会的・倫理的に〈弱い者〉の位置に立つことであった。人がもしこのような意味において〈弱者〉の位置に立つことを決意するならば,そこに〈神の国〉は実現されつつある,とイエスは見たのである(マタイ11:2~19,ルカ7:18~35)。〈貧しい者は幸いだ〉(ルカ6:20,マタイ5:3),〈汝の敵を愛せよ〉(マタイ5:44),〈まことに汝らに告ぐ,取税人や遊女は汝らよりも先に神の国に入る〉(マタイ21:31)などの有名な言葉は,実際に〈弱者〉の位置に立ちつくしたイエスによって語られたことを,われわれは忘れてはならない。第3に,ヨハネとイエスとの相違点は,イエスについて多くの奇跡物語が言い伝えられていることである。イエスは実際に病気をいやす能力を持っていたのかもしれない。そしてそれが,当時の〈奇跡物語〉という文学形式の中で高められ,この物語は最終的に,彼の超人的(〈キリスト〉〈神の子〉としての)力を誇示するために用いられたことは事実である。しかしわれわれにとって重要なのは,イエスが,当時政治的・宗教的指導者たちにより〈地の民〉あるいは〈罪人〉として差別され,交わることを法によって禁じられていた身体障害者や病人たち,とくに精神病者やハンセン病患者と,法を犯してまでも立ち交わり,みずからがいわば彼らの一人となることによって障害や病気をいやそうとした事実である(マルコ3:28その他)。当時,これらの人々にとってイエスはまさに〈奇跡の人〉であっただろう。

やがてイエスはエルサレムに上り,これまでガリラヤで示した彼のふるまいの象徴的行動の一つとして,激しくユダヤ教の神殿に批判を加えた(マルコ11:15~18)。当時エルサレムの神殿は,ローマの属州でありながらある程度の自治を許されていたユダヤ国家の政治的・経済的・宗教的拠点であった。ユダヤの支配者たちは,おそらくこのようなイエスの行動を直接のきっかけとして,イエスをローマ当局に王位(つまりキリスト)僭称者として訴え出,イエスはローマのユダヤ総督ピラトにより政治的反逆者と認定されて,十字架刑に処せられた。当時イエスは30歳を超えたばかり,彼がヨハネから独立して公に行動した期間は2年足らずであった。

イエス・キリスト

イエスの死後,かつてイエスに従いながらイエスの逮捕とともに彼を見捨てた弟子たちが,復活したイエスに出会うといういわゆる顕現体験により,イエスは今も神によって生かされていると信じ,このイエスを〈キリスト〉と同一化して,このイエス・キリストを信仰と宣教の対象としていった。こうして,原始キリスト教が成立する。ここでキリスト教徒は,とりわけイエスの死を,人間の罪を贖(あがな)う犠牲行為と信じ,このいわゆる贖罪信仰をキリスト教の教理の中心に据えている。われわれはこのように意味づけられたイエスの死の背後に,〈罪人〉の〈罪〉を不問に付して彼らとともに生きたイエスの生があったことを忘れてはなるまい。
→原始キリスト教
[荒井 献]

図像

イエス・キリストの図像表現に関しては,何よりもまず図像表現が可か否かという問題がある。キリストは神性と人性とを兼ね備えるものというのが正統的な考え方だが,これには異説があり,キリストは神であって人としての姿は仮のものであるという立場,キリストは人間であって洗礼ないし修徳によって神性を獲得したとする立場などがある。それらのいかなる立場をとるかによって,キリストを人間の形として表現するか否かが分かれる。そこで,ときとしてキリストを記号的・象徴的表現にとどめることにもなる。また人像としての表現を容認するとしても,いかにしてその神性を表すかが問題となる。さらに,人間という罪にけがれた死すべき者が絵具や木,石といった物質的手段によって至聖なる者を表現しうるのかという問題がある。

聖書には神像を作って拝んではならぬと繰り返して記されているため,初期キリスト教時代には,キリストは原則として象徴によって間接的に表現されるにとどまった。迫害時代ゆえの配慮もあったのであろう。その象徴には数種ある。まず文字によるもので,キリストのギリシア語綴りの最初の2文字であるX(キー)とP(ロー)の組合せ文字,キリストが初めであり終りであることを示すA(アルフア)とΩ(オメガ)などがある(クリスモン)。また中世末期から用いられたJHS(イエススJHESUSの略)もこれに類する。

次に,抽象文としてふつうに見られるものは,十字,十字架,およびそれらのさまざまな変化,すなわちまんじ,アンクankh(上に輪のついたT字形十字で,エジプト古来の象徴),ギリシア語のT(タウ)などで,また具象的なものには錨(十字架に似た形でまた信徒の舟を守る意),魚(〈神の子,救い主,イエス・キリスト〉を表すギリシア語Iēsous Christos,Theou Hyios,Sōtērの頭文字の組合せが魚ichthysとなるところからであると説明されるが,他の説明もある),羊(犠牲の獣)などがあり,中世盛期になってさらに獅子,ペリカン,フェニックス,鷲,一角獣(ユニコーン)などが加わる。植物象徴としてブドウ,ヤシなどが用いられる。人の形をとった象徴として,初期キリスト教時代に,善き羊飼い,漁夫,オルフェウスなどが用いられた。以上の多くは,異教世界で聖なる象徴としてすでに広く用いられていたものである。このような象徴的表現法は,後世になっても聖像表現を否定する立場(例えば8~9世紀の東方のイコノクラスト(イコノクラスム)や西方近世のプロテスタント各派など)がこれを踏襲し続けた。4世紀からキリストを直接表現したものが,石棺浮彫や壁面装飾(壁画やモザイク)に現れ始めるが,それを不可とする否定論がなお強かった。そこでキリスト像を正当化するために,人の手で作られたものではないと言われるキリスト像が数種伝わった。いわゆるアケイロポイエトスacheiropoiētos像である。その主要なものは〈聖顔〉で,これに2系統がある。その一つはエデッサのマンデュリオンmandylion(手巾)と称するもので,キリストが顔をぬぐった布にキリストの容貌が写ったものをエデッサ王が得て,これを後世に伝え,それがさらに模写されたといわれる。第2は,ゴルゴタの丘で十字架を負うキリストをベロニカがぬぐったときにその顔が布に写されたという。またルカが写生を始め天使がこれを完成させたと伝えられるキリスト像,キリストの昇天後ニコデモが作ったといわれる磔刑像などがあり,いずれもその信憑性が主張され,後世多くの模写模刻を生み,キリスト像の基準となった。

教義的図像と説話的図像

5世紀ごろから,キリストの図像はかなり自由に作られるようになる。それに2種あり,一つは教義的図像,他は説話的図像である。前者は例えば〈聖母子〉(いくつもの類型がある),〈教師キリスト〉(右手で祝福のしぐさをし,左手に聖書を持ち,単独で,あるいは弟子たちに囲まれて教えを説く姿),〈磔刑のキリスト〉(受難ないし贖罪の教義を示す。聖母とヨハネその他を伴うこともある),〈勝利者キリスト〉(悪の象徴を踏まえる姿),〈審判者キリスト〉〈栄光のキリスト〉(《ヨハネの黙示録》に記された四つの生き物--天使,獅子,牡牛,鷲--あるいは天使を伴う),〈デエシスdeēsis〉(罪人たちの祈りのとりなしをする聖母とバプテスマのヨハネを左右に伴ったキリスト),〈空の御座またはエティマシアetimasia(ヘトイマシアhetoimasia)〉(〈最後の審判〉の到来を待つ場面)などである。これらは聖堂の祭室半円蓋,主円蓋,入口上部を飾る半円形のティンパヌムなど,教会の最も重要な場所を占めて,信徒に教義の重要なものを視覚的に理解させる役割を果たした。それはほとんどが左右相称の構図で,キリストはとくに大きく表現力豊かに表された。

他方,説話的図像は,〈四福音書〉あるいはその欠を補う多数の〈外典〉に記されているキリストの生涯を図解するものである。生涯を追って分類すれば5時期に分けられる。第1期はキリストの幼時で,〈聖告(受胎告知)〉に始まり,〈聖母のエリザベツ訪問〉〈キリストの降誕〉〈牧者の礼拝〉〈マギの礼拝〉(三博士の参拝),〈神殿奉献〉〈エジプトへの避難〉などである。第2期はキリストの公生活に関するもので,〈キリストの洗礼〉に始まり,〈キリストの試み〉,種々の〈教え〉と〈奇跡〉(〈ラザロの復活〉がとくに重要)である。第3期は〈受難〉の諸場面で,〈エルサレム入城(枝の主日)〉に始まり〈最後の晩餐〉〈ゲッセマネの園での苦悩〉〈ユダの裏切り〉〈ピラトの審判〉〈笞打ち〉〈磔刑〉〈十字架降下〉〈聖母の嘆き〉〈納墓〉などである。第4期はキリストの栄光に関するもので,〈リンボへの降下〉〈復活〉〈昇天〉〈聖霊降臨〉など,そして第5期は〈最後の審判〉である。以上の諸場面は,時代の宗教感情によってときには省略され,ときには細分化されて,それぞれの時代の様式で聖堂の壁面(壁画,浮彫など),写本あるいは典礼用具などを舞台に多彩な表現を見た。

キリスト像の類型

キリストを直接表現するようになって,最も早い時期のキリスト像は,美しい若者の姿(ヘレニスティック型またはギリシア型)と,長髪で髯をはやした壮年の姿(シリア型)に区別される。その後シリア型の方が支配的となり,東方の諸教会およびロマネスク時代以降の西方の美術におけるキリスト像の類型の原則となる。ただし西方では,カロリング朝,オットー朝およびルネサンスに,前者の型が見られないではない。有髯のキリストの表現は,いかにも権威に満ちた神の姿であり,東方においてはビザンティン中期以降その半身像が,いわゆるパントクラトルpantokratōr(全能者)像としてとくに発達し,ときにはイコンとして,あるいは祭室半円蓋,とくに主円蓋の中央に,これが表現されることとなる。これに対して西方では,祭室半円蓋の壁や入口のティンパヌムに表現されるときは,玉座に座った姿勢である。丸彫像についていえば,東方ではキリスト像が丸彫の形式をとることはないが,西方ではカロリング朝以降とくに磔刑像としてしだいに発達した。この磔刑像は,もともと6世紀ごろから東方のシリア方面で原像として現れたもので,それらに見られるキリストはいずれも着衣のままで目を見開き,苦痛の情を表現することはない。この着衣のキリスト像は西方に入って丸彫像になるが(とくにルッカLuccaのボルト・サントVolto Santo像とその系統の像),他方裸体の磔刑像で苦痛の情を表現した丸彫像も並行して発達,とくに中世末期になって,この苦痛の表現が極度に強調された。このような表現は,キリストの受難ないし贖罪の意味を強く打ち出したものであるが,これに対して,苦痛を表さないキリスト像--多くは目を大きく開き,ときには王冠を頂く--は,死に対するキリストの勝利--つまり復活--を示すものである。このような磔刑像とは別に,聖母に抱かれた幼児キリストの像が西方では11世紀以降に発達し,東方ではイコンとしての聖母子像が6世紀以降発達を見た(聖母子)。祭室の半円蓋に表現されるキリストは,西方でも東方でも十二使徒,黙示録の四つの生き物(四福音記者の象徴となる)などを伴っているが,聖堂西壁では,〈最後の審判〉の大場面を支配する審判者として権威に満ちた姿で表現されることが多い。とくに西欧のロマネスク聖堂の西入口のティンパヌムを占める〈最後の審判〉はその典型的な例である(オータンのサン・ラザール大聖堂など)。次のゴシック時代になると,ティンパヌムの審判者キリストに代わって入口中央扉の中柱の前に位置するキリスト立像が主役を務めることになる。〈美しい神〉と呼ばれるこの像は,ゴシック時代特有の慈愛に満ちた表情をとる(アミアン大聖堂など)。ルネサンス以降になると,キリスト像は一般に神的権威を失って通常の人間像以上の性格を示さなくなる。ただ十字架を付加した光輪その他の外的特色によって,あるいは雲に乗るといった特殊な状況の描写によって,特定の人像がキリストであることを示すにすぎない。東方で描かれたイコンのキリスト像も,西方の近代写実主義の影響のもとに宗教的性格を失い俗化した。近世以降,19世紀に,ナザレ派やラファエル前派がキリストを主題に採り上げたが,注目すべきキリスト像を描いたほとんど唯一の作家は20世紀のルオーであろう。彼は〈聖顔〉を何点も描き,そこには受難の苦悩が強く影を落としながら,なお慈愛の情をたたえた救世主の姿が感じられる。
[柳 宗玄]

[索引語]
Jesus Christ キリスト イエス 油を注がれた者 メシア 神の国 救世主 Iēsous キリスト教 共観福音書 ヨハネ(バプテスマの) 奇跡物語 原始キリスト教 初期キリスト教美術 アンク ankh 魚 アケイロポイエトス acheiropoiētos 聖顔布 マンデュリオン mandylion デエシス deēsis エティマシア etimasia ヘトイマシア hetoimasia パントクラトル pantokratōr


岩波 世界人名大辞典
イエス・キリスト
Ἰησοῦς Χριστός(Iēsūs Christos)
〔ラ〕Jesus Christus〔英〕Jesus Christ
前4以前~後30頃

キリスト(救い主)と信ぜられたナザレの人.

パレスチナのナザレで,大工の父ヨセフ(Iōsēph)聖母マリアとの間に育った.イエスが聖霊によって乙女マリアから生まれたとする処女降誕説話は,後にフラ・アンジェリコなどの画家によってテーマに取り上げられる.30歳頃,ナザレから出て洗礼者ヨハネの終末論的な悔い改め運動に参加して洗礼を受け,後に新しい〈神の国〉(神が王として治めるという現実)運動を興す.その運動の根本は,イエスの言う「天なる父の意志の実現」である.イエスは,神に幼子のように親しく「アッバ(父よ)」と呼びかけ,時に孤独のうちに祈り,決して自らを〈メシア〉(救い主),超越的な〈神の子〉とせず自己を相対化した.その父の意志は,遊女,税吏,貧しき人々などへの福音の告知,神の国の述べ伝えに現れている(マタ11:2-9).当時のユダヤ教的神政体制,つまりエルサレムの神殿を中心とし,ファリサイ人が運用する律法による民の支配体制に対して,そこから排斥された罪人,汚れた者とされた人々の間での神の国の実現を目指した.彼は安息日や清めなどの外面的律法を批判し,また譬え話を多く用いて,ユダヤ教体制を突破する力をもった.異邦人や敵への愛(アガペー)を説き,また〈神の国〉運動の象徴的行為として,体制から差別された人々と食卓を共にした.こうした民衆運動は,政治的なメシア主義とは大いに異なるものであったが,体制側から危険視され,ついにユダヤ教最高法院で,自らを〈メシア〉〈神の子〉と名乗ったと偽証されて宗教的罪に問われ,ついでローマのユダヤ総督ピラトによって政治的反乱者として裁かれ,十字架刑に処せられた.イエスを伝統的な地上の王としてのメシアと誤解していた弟子たちはここに逃散し,〈神の国〉運動は破綻した.ここまでの出来事は,内容的に異なるとはいえ,当時のメシア運動の歴史と異ならない.しかしその後,聖書正典の四福音書(マタイマルコ(Markos)ルカヨハネ)と《使徒言行録》の証言によると,イエスは死者の間から復活,昇天し,他方でそのイエスをメシアであると信じて参集した弟子から原始キリスト教団が誕生したという.この「イエスがメシア(ギリシア語訳はキリスト)である」との告白(Iコリ12:3)を基に《使徒信条:Symbolum apolsolicum》が成立,そこにはイエス・キリストへの信仰内容として,〈父〉〈子〉〈聖霊〉の三位一体の文脈において,処女降誕,磔刑死,死者からの復活,昇天,再臨が告白されている.イエスの生涯については四福音書の他に,新約聖書外典(トマス福音書,ペトロ福音書など)が書かれ,また中世から近代までルナンの《イエス伝》など多くの作品が著されたが,今日の歴史的方法をとる聖書学などによれば,〈史的イエス〉の再構成はほぼ不可能とされる.他方で着実な〈史的イエス〉研究が重ねられ,また多様なイエス像(革命家,フェミニストなど)が時代の社会的・文化的な状況に応じて提案されている.ただし,イエス・キリストを歴史的にキリスト教の唯一の創始者とイメージすることはできず,パウロなどの影響も無視できない.

〖参考〗P.M.-J.Lagrange:L'évangile de Jésus-Christ, 1928.A.シュヴァイツァー:イエス伝研究史, 2002.R.ブルトマン:イエス, 1963.J.エレミアス:イエスの譬え, 1972.



日本国語大辞典
イエス‐キリスト

解説・用例

{ギリシア}Ie〓su〓s Khristos 「イエス」は神の救いの意のヘブライ語「イェホシューア」または「ヨシュア」のギリシア語音訳「イエスース」にあたり、「キリスト」はヘブライ語「メシア(救世主)」のギリシア語音訳「クリストス」から)

キリスト教の創始者。その生誕年が西暦紀元とされるが、実際には差があると考えられている。「新約聖書」の四福音書によれば、ナザレ村の大工ヨセフの許嫁、処女マリアが聖霊によって身ごもり、ベツレヘムの廐の中で生まれた。少年時代をナザレで過ごし、三〇歳頃洗礼者ヨハネから洗礼を受け、荒野で四〇日間サタンと戦ってこれに打ち勝つ。のち、ガリラヤの野で多くの奇跡を行ない、神の国の近いことを説き、悔い改めて福音を信ぜよとすすめ、ユダヤ教の学者やパリサイ人(びと)を激しく非難する。のちエルサレムに入城した時、一二人の使徒のひとりイスカリオテのユダに裏切られ、ゴルゴダの丘で十字架にかけられた。しかし、預言通り死後三日目に復活し、四〇日を経て弟子たちの面前で昇天した。耶蘇(やそ)。イエズス。エス。

*引照新約全書〔1880〕馬太伝福音書・一「アブラハムの裔(こ)なるダビデの裔(こ)イエスキリストの系図」

発音

〓[イ]


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アレゴリーの一種で,同じく比喩的・寓喩的に人生の教訓を語ることを目的とするものであった。イエス・キリストが好んで説いたこの種の〈たとえ話〉は聖書に多くみられる。 ...
20. アンリ
日本大百科全書
るこの「不可視の生」の現象性の構造をキリスト教、とりわけ『ヨハネによる福音書』にみられるイエス・キリストの受肉の出来事(「超越論的原―息子」とよばれる)の内に読 ...
21. イエス伝
世界大百科事典
教理では把握不可能な彼の人格の秘密が示されていた,とする見解が目下のところ有力である。→イエス・キリスト →福音書大貫 隆 ライマールス,H.S. Reimar ...
22. イエズス会
日本大百科全書
1540年に教皇によって認可された。 イエズス会に入会する者は、まず『霊操』によって修行し、イエス・キリストの如(ごと)く生き、働き、「より大いなる光栄のために ...
23. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 3ページ
東洋文庫
書簡 一七〇二年十一月二十六日、シナ江西省の省城南昌府において 拝啓 われらが主イエス・キリストの平安と御恵みがあなたの上にあらんことを。 本年わたしが ...
24. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 15ページ
東洋文庫
この市の役人たちおよび国立学校の一博士(府学の教官であろう)がダントルコール師を訪ねて来て、イエス・キリストの像の前で膝を曲げ、頭をさげたことはわれわれの聖教の ...
25. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 16ページ
東洋文庫
このものたちのうちのひとりは聖体を拝領したのち、その日中なにも食べずに過ごしました。かれはイエス・キリストをわがものとしたという喜びを制することができなかったの ...
26. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 18ページ
東洋文庫
明に対して眼を開くことを促しました。しかし主の御恵みがこの両人をしてわたしの期待の通りにイエス・キリストの王国にお委ねになる幸福な、瞬間はまだやって来ていません ...
27. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 26ページ
東洋文庫
も、不平をいうこともできないのです。宣教師の真の苦難はそこにあるのです。御恵みに抵抗し、イエス・キリストの仕事と血とに呪咀をあびせる、すなおさを欠いたものたちを ...
28. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 28ページ
東洋文庫
としたら、われわれはわれわれのミッションにあって仕合せでありすぎるでしょう。人類の救済はイエス・キリストに無限の犠牲を払わせました。もしわれわれもまた僅かでも犠 ...
29. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 31ページ
東洋文庫
ただこの国民に対する神の恩寵と慈悲のしるしであるいくつかの異常な事件のことだけでした。 イエス・キリストが知られていない国ではなべてそうであるように、シナにあっ ...
30. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 40ページ
東洋文庫
二日後、わたしはかの女が敬虔の念にあふれながら昇天したことを知りました。一村全体を、時にイエス・キリストのために獲得したり、あるいはまたその信仰を固めさせたりす ...
31. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 42ページ
東洋文庫
を考えたのです。 聖なる金曜日には通例通り、十字架の礼拝が行なわれ、引き続いて十字架上のイエス・キリストの目の前で涙を大いに流しながら長い時間に亘ってはげしい勤 ...
32. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 62ページ
東洋文庫
が無限の存在であること、三位一体、人間の霊魂が神によってつくられたものであること、賞罰、イエス・キリストの生涯などについて概説したもの。四巻、北京、一六四三年) ...
33. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 70ページ
東洋文庫
う幸運が、両者に多数の新しい定居所を造らせることになりました。ポルトガル人たちはこれまでイエス・キリストのことが説かれたことのなかった保定、正定ならびにその他の ...
34. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 72ページ
東洋文庫
多大の労苦ののちにわれわれがついに一六九二年、皇帝がこれによってかれの治下にある全地域にイエス・キリストの信仰を説く許可をわれわれに与えられた、そしてシナ全国の ...
35. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 75ページ
東洋文庫
出しています。他の諸教会につきましては詳しい現状を知りませんので、なにも述べないことにします。 イエス・キリストの畜群が毎日増加するのを見る喜びをわれわれがもっ ...
36. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 81ページ
東洋文庫
また近隣の田園部にふたつのもっと規模の小さな教会と数個の礼拝堂を建てました。 シナにはまだイエス・キリストが説かれたことのない多数の市があるばかりでなく、省全体 ...
37. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 91ページ
東洋文庫
ャック師が同会のル・ゴピアン師にあてた書簡 撫州府にて、一七〇三年二月十日 拝啓 イエス・キリストの平安があなたに恵まれんことを。 わたしが南昌府を出発し ...
38. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 93ページ
東洋文庫
ところがらミサに出席するためにやって来ます。かれらは毎金曜日に大勢で教会に集まり、ここでイエス・キリストの御受難をたたえるための祈りをいくつか誦します。かれらは ...
39. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 104ページ
東洋文庫
かれは病人たちに対して、キリスト教徒たちのこの信仰箇条を信じるかどうか、神の全能、十字架にかけられたイエス・キリストの功徳を期待するかどうか、真なる神を不快にさ ...
40. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 105ページ
東洋文庫
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42. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 112ページ
東洋文庫
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43. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 115ページ
東洋文庫
の誓いを入れたのはこのためです。この第四の誓いによって、ひとびとは教皇の許しを得て、このイエス・キリストの代理人がかれらを派遣するのが適当であると判断したすべて ...
44. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 130ページ
東洋文庫
イントルチェッタ師であることが判明しました。同師はシチリアの生まれで、さきの迫害に際してイエス・キリストのために投獄され、追放されるという苦難を嘗める幸福を得ま ...
45. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 135ページ
東洋文庫
この神への奉仕者はさきの迫害に際して信者のために大いに苦難をなめました。かれは投獄され、他のイエス・キリストの告白者たちよりも長い期間に亘って重い鎖をつけられた ...
46. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 136ページ
東洋文庫
に覚悟させ、聖パオ・のつぎの言葉を各宣教師が身に体しなければならないとつけ加えました。「イエス・キリストに従って信仰深く生きようと望むものは迫害を受けるであろう ...
47. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 144ページ
東洋文庫
われわれはかれらを教会のなかを通って送り返しました。かれらはその際、教会で祈薦を行ない、イエス・キリストを拝しました。 わたしが緯州に滞在したのはわずか十五日間 ...
48. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 161ページ
東洋文庫
級裁判所に呼ばれました。そしてどういう許可を受けて市に滞在しているのかと訊問されました。イエス・キリストのこの忠実な使徒は巡撫の行なうあらゆる虐遇を辛抱強く耐え ...
49. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 177ページ
東洋文庫
十二月十九日には万事が整いましたので、われわれはわれわれの礼拝堂を人類を救済するために十字架上で死んだイエス・キリストの栄誉のために捧げました。そしてわれわれは ...
50. イエズス会士中国書簡集 1 康煕編 185ページ
東洋文庫
自分の遣わしびとらがこの世において、克服しなければならない多数の矛盾をもつであろうとお述べになったイエス・キリストの御言葉はいつも真実でしょう。神はその御作業を ...
「イエス・キリスト」の情報だけではなく、「イエス・キリスト」に関するさまざまな情報も同時に調べることができるため、幅広い視点から知ることができます。
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