1. 寛政重修諸家譜
日本大百科全書
江戸幕府が寛政~文化(ぶんか)年間(1789~1818)に編集した武家系図集。幕府は『寛永諸家系図伝』を補訂、続修するため、1799年(寛政11)に本書の編集に ...
2. かんせいちょうしゅうしょかふ[クヮンセイチョウシウショカフ]【寛政重修諸家譜】
日本国語大辞典
江戸後期の大名・旗本・御家人らの系図集。一五三〇巻。徳川幕府編。文化九年(一八一二)成立。「寛永諸家系図伝」を全面的に改訂し、新たに諸家に寛政一〇年(一七九八) ...
3. かんせいちょうしゅうしょかふ【寛政重修諸家譜】
国史大辞典
書株式会社から刊行され(全九冊)、昭和三十九年(一九六四)から四十二年にかけて『(新訂)寛政重修諸家譜』(二十二冊、索引四冊)として続群書類従完成会より刊行され ...
4. 寬政重修諸家譜(かんせいちょうしゅうしょかふ)
古事類苑
姓名部 洋巻 第1巻 387ページ ...
5. 寛政重修諸家譜
世界大百科事典
寛政年間(1789-1801)に江戸幕府が編修した系譜集。1530冊。1812年(文化9)完成。《寛永諸家系図伝》の続集を編修する意図のもとに着手されたが,途中 ...
6. 『寛政重修諸家譜』
日本史年表
1799年〈寛政11 己未〉 1・15 幕府、 『寛政重修諸家譜』 の編纂に着手(続実紀)。 1812年〈文化9 壬申〉 12・19 幕府、 『寛政重修諸家譜』 ...
7. あおきむら【青木村】千葉県:鴨川市地図
日本歴史地名大系
元禄郷帳に村名がみえ、高二一一石余。初め幕府領であったが、享保元年(一七一六)旗本大島領となり(「寛政重修諸家譜」・元文村高帳など)、天保一四年(一八四三)武蔵 ...
8. あおきむら【青木村】山梨県:韮崎市
日本歴史地名大系
信時は氏直の誘いを断って父信親・子信安とともに家康陣営に加わり、北条軍が籠る「小沼の小屋」を攻略した(寛政重修諸家譜)。その功もあって、天正一〇年八月一六日、「 ...
9. あおきむら【青木村】静岡県:静岡市/旧有渡郡・庵原郡地区
日本歴史地名大系
府領、同一〇年駿府城代松平勝政領、のち幕府領、元禄一一年(一六九八)旗本坂部領となる(「寛政重修諸家譜」など)。享保一六年(一七三一)の駿府代官所村高帳に村名が ...
10. あおすげむら【青菅村】千葉県:佐倉市地図
日本歴史地名大系
郷口に真言宗豊山派正福寺、陣屋口に浄土宗称念寺がある。正福寺は川口氏三代の葬地であった(寛政重修諸家譜)。称念寺は天正五年(一五七七)の創建といい(印旛郡誌)、 ...
11. あおやぎむら【青柳村】群馬県:館林市
日本歴史地名大系
青柳藩が成立した。元和五年(一六一九)近藤氏は旧領遠江国内を与えられて移り、廃藩となった(寛政重修諸家譜)。寛文郷帳では田方四〇六石余・畑方六六三石六斗余、館林 ...
12. あおやぎむら【青柳村】埼玉県:草加市地図
日本歴史地名大系
医師で旗本の塙宗悦・奈須玄竹に当村内各で五〇〇石が与えられ、幕府領と合せ三給となった(「寛政重修諸家譜」など)。同一二年の旗本二氏分の地詰改帳(藤波家文書)では ...
13. あおやなぎむら【青柳村】茨城県:取手市
日本歴史地名大系
[現]取手市青柳など 北相馬台地東の平坦地に位置する純農村。西北は井野村。「寛政重修諸家譜」によれば井野村に住した本多重次は慶長元年(一五九六)に没し、「其地青 ...
14. あかおむら【赤尾村】山梨県:塩山市
日本歴史地名大系
ほかに大明神(現大石神社)領四石余があった。寛永一〇年(一六三三)から旗本大久保領(元禄郷帳・「寛政重修諸家譜」)、宝永二年(一七〇五)甲府藩領、同七年からは甲 ...
15. あかつつみむら【赤堤村】東京都:世田谷区地図
日本歴史地名大系
服部貞信は天正一八年の徳川家康の関東入国に伴い、武蔵国荏原郡内で二〇〇石の知行地を宛行われた(寛政重修諸家譜)。元禄(一六八八―一七〇四)の地方直しののち幕府領 ...
16. あかぬまむら【赤沼村】埼玉県:比企郡/鳩山町地図
日本歴史地名大系
の相給。ほかに地内円正寺領があった。「風土記稿」成立時には同三家と岩槻藩領の四給。なお「寛政重修諸家譜」によると大里郡・比企郡などで六千石を領していた旗本内藤上 ...
17. あかはまむら【赤浜村】埼玉県:大里郡/寄居町地図
日本歴史地名大系
余を宛行われた(昌国寺文書)。長勝は徳川家康と従兄弟の関係にあり、同月旗本に取立てられ(寛政重修諸家譜)、菩提寺として曹洞宗昌国寺を開基。慶長四年(一五九九)同 ...
18. あきやまむら【秋山村】埼玉県:大里郡/寄居町地図
日本歴史地名大系
)のこととも考えられる。同一八年の徳川家康関東入国後、旗本成瀬吉右衛門の知行地となる(「寛政重修諸家譜」など)。田園簿に村名はみえず、元禄郷帳・天保郷帳では三品 ...
19. あぐまむら【阿熊村】埼玉県:秩父郡/吉田町地図
日本歴史地名大系
元治元年(一八六四)安房船形藩領となり、同藩領で明治維新に至ったと考えられる(「風土記稿」「寛政重修諸家譜」「郡村誌」など)。貞享四年(一六八七)には当村下郷内 ...
20. あけとむら【明戸村】埼玉県:大里郡/川本町地図
日本歴史地名大系
宝暦六年(一七五六)大久保氏に継嗣がなく、知行地は収公されてすべてが幕府領となる(以上「寛政重修諸家譜」)。「風土記稿」による家数二二。天保元年(一八三〇)忍藩 ...
21. あげおじゅく【上尾宿】埼玉県:上尾市地図
日本歴史地名大系
石の内に含まれていたとみられ、元和四年(一六一八)西尾氏の常陸土浦移封により収公された(寛政重修諸家譜)。田園簿では上尾町とあり、田三九八石余・畑七〇三石余。内 ...
22. あげたむら【上ヶ田村】静岡県:裾野市
日本歴史地名大系
宝永二年(一七〇五)残りの幕府領(西分)も旗本安藤領となり、以後旗本両家の相給で幕末に至った(「寛政重修諸家譜」・旧高旧領取調帳・柏木家文書・渡辺家文書・志村家 ...
23. あげなりまつむら【上成松村】兵庫県:氷上郡/氷上町
日本歴史地名大系
日損・水損少しあり。同藩領。慶安三年(一六五〇)幕府領、元禄八年(一六九五)近江山上藩領となり(「寛政重修諸家譜」など)、国立史料館本元禄郷帳では同藩領。同一二 ...
24. あげまき【総角】
国史大辞典
諸家紋』には、総角を布施・丹下・神保の諸氏とし、枠の中の総角を和州の布施氏としている。『寛政重修諸家譜』には、総角紋を三善姓の布施氏の所用という。→美豆良(みず ...
25. あこうし【赤穂市】兵庫県
日本歴史地名大系
田輝政領(寛政重修諸家譜)、同一八年備前岡山藩領となり、同二〇年赤穂藩(池田氏)領。正保二年(一六四五)まで同藩領として続くが、藩主池田輝興改易のため一時幕府領 ...
26. あこうじょうあと【赤穂城跡】兵庫県:赤穂市/赤穂城下
日本歴史地名大系
平福(現佐用町)から入封し、政綱領を引継いだ(校正池田氏系譜・「寛政重修諸家譜」)。正保二年輝興は乱心のため改易(寛政重修諸家譜)、外様の浅野長直が常陸国笠間( ...
27. あごむら【安居村】静岡県:静岡市/旧有渡郡・庵原郡地区
日本歴史地名大系
正保三年(一六四六)没した(「寛政重修諸家譜」など)。照久の子息照清は寛文四年(一六六四)祭主を辞して久能山総御門番を勤め、以後榊原家は代々同職に就いた(寛政重 ...
28. あさいぐん【朝夷郡】千葉県:安房国
日本歴史地名大系
比奈の訓がみえ、「延喜式」民部省ではアサヒナと訓を付す。「和名抄」名博本ではアサイナ、「寛政重修諸家譜」では「あさい」としている。中世には朝平郡または朝平南郡な ...
29. あさかむら【朝坂村】兵庫県:氷上郡/氷上町
日本歴史地名大系
日損・水損少しあり。柏原藩領。慶安三年(一六五〇)幕府領、天和三年(一六八三)旗本柴田領となり(「寛政重修諸家譜」など)、国立史料館本元禄郷帳でも同領。「丹波志 ...
30. あさくさぶんこ【浅草文庫】
国史大辞典
建てて和漢書数万冊を蔵し、世にこれを「浅草文庫」と称したが、のちに火災に焼亡したと伝える。しかし『寛政重修諸家譜』の正盛の条にはこれについての記載はみえない。幕 ...
31. あさくらむら【浅倉村】兵庫県:城崎郡/日高町
日本歴史地名大系
れていたとする説があるが確かではない。元和五年(一六一九)以後は江戸後期まで出石藩領(「寛政重修諸家譜」「寛文朱印留」、宝永三年「仙石政明知行目録」・天保一〇年 ...
32. あさごぐん【朝来郡】兵庫県
日本歴史地名大系
郡名は古代には「安佐古」(和名抄)・「アサコ」(「延喜式」民部省)とあり、近世後期にも「あさこ」とあるが(寛政重修諸家譜)、明治期にアサゴとよぶようになっている ...
33. あさづまじょうあと【朝妻城跡】滋賀県:坂田郡/米原町/朝妻村
日本歴史地名大系
天正一一年(一五八三)に羽柴秀吉の命で摂津山崎(現大阪府三島郡島本町)に移封されており(寛政重修諸家譜)、この時点で廃城になったと考えられる。城跡に比定される中 ...
34. 浅羽氏
世界大百科事典
同国入間郡浅羽を名字としたものと解し,《太平記》にも児玉党の一族として浅羽があげられている。《寛政重修諸家譜》にみえる旗本の浅羽氏にはその先祖を遠江と武蔵とする ...
35. あさりむら【浅利村】山梨県:東八代郡/豊富村
日本歴史地名大系
と旗本跡部氏と岩間正次・岩間正成の知行地がある。岩間正次(正森)と正成は親子と思われる(寛政重修諸家譜)。元禄郷帳によると跡部氏と岩間氏の知行と諏訪神領がある。 ...
36. あざまむら【阿佐間村】埼玉県:北埼玉郡/大利根町地図
日本歴史地名大系
石余が久喜藩領となっており、寛政一〇年(一七九八)に藩主米津氏の転封に伴い上知された(「寛政重修諸家譜」、文久三年「米津家由緒書」学習院大学史料館蔵児玉氏収集資 ...
37. あしたやしき【芦田屋敷】福井県:福井市/福井城下
日本歴史地名大系
を殺し除封されたが、結城秀康に招かれ、名を加藤康寛(号宗月)と変えて越前松平氏に仕えた(寛政重修諸家譜)。その子孫は芦田氏を名乗り、福井藩の重臣であった。芦田屋 ...
38. あしのじょうあと【芦野城跡】栃木県:那須郡/那須町/芦野町
日本歴史地名大系
政泰の子資泰の遺領を正保三年(一六四六)に継いだ資俊の所領は那須・芳賀両郡内で新田を含め三千一〇石余(「寛政重修諸家譜」など)。元禄郷帳によると所領は那須郡内一 ...
39. あしのやむら【芦谷村】愛知県:額田郡/幸田町
日本歴史地名大系
取られた件がある。後裔として永禄四年(一五六一)に酒井正親付属に芦野谷源七某が出ている(寛政重修諸家譜)。近世の当村地頭の内藤家の文書によると、碧海郡上野(現豊 ...
40. あしやむら【芦屋村】兵庫県:美方郡/浜坂町
日本歴史地名大系
・寛永一六年知高帳・元禄郷帳・宝暦七年但馬国高一紙、「但馬国高附郡訳手控」岡田家文書、「寛政重修諸家譜」「断家譜」、「二方郡城主時代記」竹中家文書など)。郡中惣 ...
41. あすまむら【遊馬村】埼玉県:大宮市地図
日本歴史地名大系
慶安四年(一六五一)旗本本目氏は当村の内で采地を与えられ四給となり、以後幕末まで変わらなかった(「寛政重修諸家譜」、寛政八年「足立郡村々高辻帳」都築家文書、改革 ...
42. あそうじんやあと【麻生陣屋跡】茨城県:行方郡/麻生町/麻生村
日本歴史地名大系
下野国芳賀・都賀・河内の八郡に三万余石を与えられ、麻生を根拠地としたことに始まる(新庄家譜、寛政重修諸家譜)。延宝四年(一六七六)嗣子が無く断絶したが、同年に支 ...
43. あそうむら【麻生村】愛知県:額田郡/額田町
日本歴史地名大系
親忠は滝脇(現豊田市)松平氏の乗清を麻生城に入れた。麻生城は乗清・親正・清房・忠相が相続したとしている。「寛政重修諸家譜」では、親正の次男が出家して文盈と称し阿 ...
44. あだちぐん【足立郡】埼玉県:武蔵国
日本歴史地名大系
現川口市)に住んだ(「寒松日記」など)。万石以下の中・下級家臣は、阿部正勝が「市原」(「寛政重修諸家譜」には鳩谷郷とある。現鳩ヶ谷市)で五千石、牧野康成が石戸( ...
45. あなせむら【穴瀬村】茨城県:行方郡/北浦村
日本歴史地名大系
賀保・皆川各氏領を経て、元禄一三年(一七〇〇)守山(松川)藩松平氏領となる(徳川加封録、寛政重修諸家譜)。寛政元年(一七八九)の常州御領銘細帳写(宮内家蔵)には ...
46. あのりむら【安乗村】三重県:志摩郡/阿児町
日本歴史地名大系
内膳の支城と考えられる。関ヶ原の戦で九鬼嘉隆・守隆父子が相戦ったとき守隆がここに拠った(寛政重修諸家譜)。近世を通じて鳥羽藩領で答志郡に属した。志州四箇津(安乗 ...
47. あべぐちしんでん【安倍口新田】静岡県:静岡市/旧安倍郡地区
日本歴史地名大系
谷領、残りが同本多領となるが、宝暦元年(一七五一)本多領は再び幕府領となり幕末に至る(「寛政重修諸家譜」など)。旧高旧領取調帳では幕府領三〇一石余・石谷領四七石 ...
48. あまかすむら【甘粕村】埼玉県:大里郡/寄居町地図
日本歴史地名大系
享保一八年(一七三三)幕府領となる経緯は木持村と同じ。寛保三年(一七四三)旗本逸見領となる(「寛政重修諸家譜」など)。「風土記稿」による家数二二。明治六年(一八 ...
49. あまがたむら【天方村】静岡県:周智郡/森町
日本歴史地名大系
当村権現(白山社)領五石を含む寺社領二三ヵ所分は七二石余とある。元禄一〇年(一六九七)旗本花房領となり(寛政重修諸家譜)、元禄郷帳では高三三五石余。旧高旧領取調 ...
50. あまだんじんやあと【天谷陣屋跡】福井県:丹生郡/朝日町/天谷村
日本歴史地名大系
正徳四年(一七一四)四代正与の妹殺害事件が発端で知行所農民と確執が生じ、越前国丹生郡内に所領替が行われた(寛政重修諸家譜)。その領分は天谷、宿堂・別所(うち五〇 ...