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  11. 大津事件
国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典

国史大辞典
大津事件
おおつじけん
明治二十四年(一八九一)滋賀県大津で護衛巡査が来日中のロシア皇太子を負傷させた事件。湖南事件ともいう。シベリア鉄道起工式に参列する途中来日したロシア皇太子ニコラス=アレクサンドロビッチ(のちの皇帝ニコライ二世)は長崎・鹿児島を経て五月九日京都に入った。十一日琵琶湖周辺の名勝を遊覧、午後一時三十分京都へ帰るため一行が滋賀県庁を出た直後に護衛巡査津田三蔵が抜剣して皇太子の頭部めがけて切りつけ、重傷を負わせた。県庁で手当ののち京都の旅宿に帰り加療することになった。急電に接した政府(第一次松方内閣)は御前会議を開き、痛惜の念を表明する勅語を発布し、まず北白川宮能久親王が天皇名代として医師団を随えて京都に急行、さらに青木周蔵外相・西郷従道内相らが続き、翌十二日朝天皇みずから京都へ向けて行幸、さらに有栖川宮や伊藤博文・黒田清隆らの元勲も京都へ下った。十三日午前中に天皇は親しく皇太子を旅宿に見舞い、午後には皇太子の要望を聞き入れ神戸まで列車で同行した。十五日京都の御前会議でロシアに有栖川宮を謝罪使節として派遣することを決定(のちロシア政府の申出で中止)、十九日天皇は皇太子の招待に応じて神戸港碇舶中のロシア軍艦に行幸、同日午後露艦は出港した。十六日知事・警部長らの責任者は免官となり、二十九日青木外相、六月一日西郷内相・山田顕義法相らも辞任した。ロシア皇太子負傷の報を知ると各界の人々は続々見舞いのため上洛、あるいは見舞電報を打電した。明治天皇をはじめ政府がとった事件に対する処置はすべてロシアの感情を融和するための努力にほかならなかった。犯人津田は現場で逮捕され、その日から予審訊問が行われ、犯行の動機はロシア皇太子の来日目的が日本内地の地勢を視察するためであると信じ、謁見前に各地を遊覧するのは天皇に対して不敬であるとして凶行に及んだことが判明した。政府部内には刑法一一六条を擬してわが皇族に対する犯罪と同様に扱い死刑説が唱えられ、政府は大審院長児島惟謙に死刑の方向でその処断を要求した。児島院長をはじめ司法部内には、事件を刑法二九二条・一一二条によって普通謀殺罪の未遂事件として処理するのが妥当であるとの見解が主流を占め、政府と対立した。十三日より大津地方裁判所で取調べが始まり、大審院判事が同所に出張して二十七日より大審院公判廷が開廷された。この間政府と児島院長は各判事に向けて対立する立場から指示を与えたが、二十七日午後の判決で被告津田三蔵は無期徒刑に決定した。当時司法部内には反藩閥的感情が強く、政府がロシアの対日感情の悪化を懸念して行なった執拗な裁判干渉を排除して司法権の独立を守ることができた。
[参考文献]
児島惟謙『大津事件手記』、児島惟謙述・花井卓蔵校『大津事件顛末録』、尾佐竹猛『(露国皇太子大津遭難)湖南事件』(『岩波新書』青六八)、司法省刑事局編『大津事件に就て』(『思想研究資料』特輯六五)、田中時彦「大津事件」(我妻栄他編『日本政治裁判史録』明治後所収)
(宇野 俊一)


日本大百科全書
大津事件
おおつじけん

ロシア皇太子襲撃事件。湖南事件ともいう。1891年(明治24)シベリア鉄道起工式に臨む途中、各国を歴訪していたロシア皇太子ニコライ・アレクサンドロビッチ(後の皇帝ニコライ2世。革命により死)は、滞日中の5月11日、滋賀県大津で警衛の巡査津田三蔵(さんぞう)に切りつけられ負傷した。津田は当時広く蔓延(まんえん)していた「恐露(きょうろ)病」の影響を受け、同皇太子が、他日日本を侵略する目的でその調査のため来日したと信じ、殺害を図ったものである。事件発生によりロシアの報復を恐れる日本側は、明治天皇自らが負傷の皇太子を見舞い、招きに応じてロシア艦内にあえて赴くなど、異例の措置をとった。首相松方正義(まつかたまさよし)も自ら司法部に対し、犯人津田に極刑の判決を下すよう申し入れた。事の重大さに加えて、外相青木周蔵が事件発生後、駐日ロシア当局に、津田は死刑に処せられるはずであるという言質を与えていたからでもある。ところが刑法では、謀殺未遂罪に死刑を適用できず、大逆(たいぎゃく)罪の適用など政府側提案は法律上矛盾を生じるので、大審院長児島惟謙(こじまいけん)をはじめ、法曹界でも政府の態度に強く反発し、大津地方裁判所内で行われた大審院による一審で終審の裁判では、政府の干渉を排除、法規どおり、5月27日無期懲役が被告に宣告され、ロシア側もこの結果に納得した。この事件は、明治憲法施行後まもないころ、明治政府側の非立憲的発想の残存に対抗して、司法権の独立が守られた意味で著名であるが、背後には「護法(ごほう)の神」児島ら非薩長(さっちょう)出身の司法部首脳による、藩閥政府への対抗意識があったことも否めない。
[田中時彦]



改訂新版・世界大百科事典
大津事件
おおつじけん

1891年5月11日におきたロシア皇太子遭難と犯人処刑をめぐる政治問題。湖南事件ともいう。ウラジオストクのシベリア鉄道起工式に出席する途中,軍艦7隻で日本に東遊したロシア皇太子ニコライ(のちの皇帝ニコライ2世)は琵琶湖遊覧の帰途,大津町(現,大津市)で警衛中の滋賀県巡査津田三蔵に斬りつけられ頭部に負傷した。津田はロシア皇太子来日を日本侵略の準備とする風説を妄信し犯行におよんだものであるが,政府が配置した警察官が国賓の殺害を企てたことは,政府の大失態であり,日本の朝野はパニック状態におちいった。天皇は京都に行幸して皇太子を見舞い御前会議で謝罪使のロシア特派を決定した(ロシアの辞退で中止)。女中奉公をしていた畠山勇子は,国家の危難を救うために国民のなかから命をささげてロシアに詫びるものが必要であると考え自殺した。成立直後の松方正義内閣は,緊急勅令で内務大臣に新聞雑誌などの関係記事を事前検閲させた。皇太子は滞日旅程を打ち切り5月19日離日したが,前日に犯人取押えに協力した人力車夫2名にロシアの勲章と一時金が与えられ,日本政府も勲八等に叙し白色桐葉章を授与したので両名は帯勲車夫といわれた。一方,滋賀県知事,滋賀県警部長は懲戒免官となった。

 ロシア皇太子の来日前,駐日ロシア公使シェービチは同皇太子への不敬の所業を厳罰するよう緊急勅令の公布を外務大臣青木周蔵を通じて日本政府に求めたが,青木は緊急勅令でなく皇族に関する刑法規定の準用を同公使に約言しながら公表していなかった。そこでこの国際的な約束にしばられた政府は,犯人に刑法116条の天皇,三后,皇太子への危害の条文による死刑を司法部に求めたほか,伊藤博文は戒厳令を考え,青木外相は同条を外国皇族にも適用する緊急勅令を提案したが,いずれも実行にいたらなかった。大審院長児島惟謙は,青木・シェービチ協定の存在を政府から知らされたが,刑法116条でなく通常謀殺未遂を適用するよう,大津地方裁判所で開廷した大審院特別法廷の担当判事を説得した。この結果5月27日大審院は津田に無期徒刑の判決を宣告した。児島の行動は司法権の独立を政府の干渉から守ったものとしてたたえられ,この事件後司法権独立は日本の裁判所の伝統として確立されたと評価された。しかし行政上担当裁判官を監督する大審院長の職にあり,担当裁判所の構成員でない児島が,担当裁判官を説得して自己の法解釈に同意させたのは,やはり裁判干渉であった。彼は政府の行動を軟弱として国権論の立場から政府に抵抗した。

 ロシア皇帝は日本が約言を守り,津田に死刑を宣告してロシアに対する礼儀をつくせば,ロシアが減刑を申し出ることにより皇太子殺害未遂事件を日露親善の契機に転じようとしていたが,大審院の判決はロシアにその機会を失わせたと駐露公使西徳二郎は批判している。津田は同年9月30日,釧路集治監で肺炎により病死した。
[藤村 道生]

[索引語]
湖南事件 ニコライ2世 津田三蔵 畠山勇子 帯勲車夫 青木周蔵 児島惟謙 司法権の独立 西徳二郎
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4. おおつじけん【大津事件】
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[参考文献]児島惟謙『大津事件手記』、児島惟謙述・花井卓蔵校『大津事件顛末録』、尾佐竹猛『(露国皇太子大津遭難)湖南事件』(『岩波新書』青六八)、司法省刑事局編 ...
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