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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 297

『子育ての書3』(山住正己・中江和恵編注)

2012/05/31
アイコン画像    子育ては"流行"に左右されるものなり!?
幕末~明治の子育て論に我が身を反省する。

 子育ては流行である。

 渦中の身である私は、つくづくそう思う。例えば、「抱き癖」。日本ではかつて美智子皇后が率先して、「抱き癖は良くない」と喧伝した。しかし今は、母と子のアタッチメントが重要視されていて、子どもが望むままに抱いてあげましょう、ということになっている。うつぶせ寝だってちょっと前まで推奨されていたのに、今はNGだ。

 では幕末~明治の頃は? その頃の子育て論を集めた『子育ての書3』を読んでゾッとした。


 〈子を繁く産する者、初め一、二人育しぬれば、末はみな省くといいて殺す事多し〉

(天文家・西川如見「百姓嚢」)


 いわゆる「間引き」だ。これをやめよう、と訴えかけている子育て論が、幕末、急増しているのだ。まるで、現代社会の「虐待防止キャンペーン」のようである。

 〈とくに江戸時代中期以降、貢租の増徴や飢饉(ききん)などで農民生活が苦しくなり、口減らしのための間引きが少なくなかった〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)

 これが〈明治時代まで続いた〉というのだから、この当時の日本が、いかに荒廃していたかがわかる。

 そして同時に、幕末から明治にかけての教育書は、「国家」も視野に入ってくる。子どもは大事な労働力であり、それは国家の生産力とイコールだ。だから間引きもNG、となる。教育と国が同列で語られる――なんてまるで今の社会のようで、またまたゾッとする。これもまた「流行」なのだろう。

 子育てと流行が本質的に相容れないのは、一本の芯を通すべきところがグラついてしまうからである。でも、「グラつくな」といっても親は追い詰められるだけだ。私は、福沢諭吉の態度を見ならいたい。氏は、自身の子育て日記をつけているのだが、その中の一節(本書収録)。


 〈……今に至りて後悔する所なり〉


 第一子の時、〈小児の養育は天然に任して可なり〉と信じた福沢は、妻の乳の出が悪かったにもかかわらず、乳母を雇うこともせず、放っておいたら病弱になってしまったらしい。それをきちんと〈後悔する〉。これこそ(いたって単純だけど)子育てのキモではないか。反省反省、また反省。自省して前に進む。これかなあ……。


 さてこの連載、誰もカウントしていないだろうけど、今回でめでたく100回目。この連載もまた流行に惑わされず、反省しつつ、前に進みたいものです。

本を読む

『子育ての書3』(山住正己・中江和恵編注)
今週のカルテ
ジャンル教育
時代 ・ 舞台幕末~明治時代の日本(1976年刊行)
読後に一言子育てを民俗学的にアプローチした柳田国男の『産育習俗語彙』(巻末付録)が、個人的に興味深かった。
効用子育てに悩むのはいつの時代も同じ。……と思えることがいちばんの効用かもしれません。
印象深い一節

名言
親が子供を愛するの余り無用の世話を為し、又は干渉を為し過ぐるは、全く日本の弊習でござります。(自由民権思想家・植木枝盛「育幼論」)
類書福沢諭吉などの論を載せる女子教訓書『女大学集』(東洋文庫302)
柳田国男の文化論『明治大正史世相篇』(東洋文庫105)
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