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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと850点余! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『百済観音』(浜田青陵著、浜田敦解説)

2012/06/21
   「近代考古学の父」の名エッセイから、
自分を客観視するスキルを学んでみる。

 私は次の一節を読んで、ウ~ンと唸ってしまった。


 〈そのヒョロ長い反り曲がった像が高く玉虫厨子の上に突き出ていた姿は、よほど風変わりであったので、私もこれを見落とすことはなかったが、私にはただ「プロポーション」の悪い古拙な彫刻として印象を残しただけであったことを白状する〉


 巻頭のエッセイ「百済観音像」の冒頭の一節である。百済観音とは、あの有名な〈法隆寺の大宝蔵殿にある観世音菩薩立像〉(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)の俗称で、国宝となっている仏像だ。

 著者は、浜田耕作(号は青陵、1881-1938)。京都大学の総長を務め、〈日本考古学の基礎を確立させ、(中略)考古学を普及し発展させた〉(同「国史大辞典」)と評価される考古学者だ。つまり第一人者。いわばその業界のトップに立つ人間が、自分は以前、見誤っていたと〈白状〉しているのだ。

 バブル崩壊を経て、一度「底」を経験した日本では、規制緩和の小泉改革の流れもあり、弱肉強食が当たり前になった。勝てば官軍。勝った人間はどこまでも驕り高ぶる。権力を握った人間はその奢りを隠そうともしない。

 そういう現代社会から眺めると、浜田青陵氏の潔さは際だって見える。格が違うな、と。

 自身の「職業」について、氏はこう呟く。


 〈考古学者は「墓掘り」と同義に見られる日本の学者は心細い。私の隣家の老人が死んで葬式があった時、私の小さい子どもは「お父さん、隣のおじさんの墓をいつ掘るの」という。その時私は苦笑とそして戦慄を感じた〉


 卑下するわけでもなく、自己弁明もせず、居丈高に反論することもなく、〈苦笑とそして戦慄を感じた〉とするところに、またしても唸ってしまう。こういう態度、私にはなかなかできない。同じようなことを言われたら、きっと激高してしまうんじゃないか。

 「ニッポニカ」の「浜田耕作」の項目に、さらに納得。


 〈厳格な反面、開放的で、学際的にも社交界でも交流に長け、粋で、画筆も巧み、随筆、紀行文にも才筆を振るった〉


 「開放的」というのはひとつのポイントだ。随筆集『百済観音』の中にも、イタリアや韓国の話など外への視座がある。簡単に驕り高ぶる人間は、実は、視野狭窄に陥っているということなのだろう。さ、反省しないと。

今週のカルテ

ジャンル随筆/美術
時代 ・ 舞台明治末~大正時代の日本
読後に一言「教養人」というのは、氏のような人のことを言うのだろう。勉強になりました。
効用肩肘張らず読める知的エッセイです。
印象深い一節

名言
天地の間いたるところに師とすべからざるものはない。(「イタリアと日本」)
類書画家・司馬江漢の随筆集『訓蒙画解集・無言道人筆記』(東洋文庫309)
東洋史学者の名論考『邪馬臺国論考(全3巻)』(東洋文庫613、616、620)
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