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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 591

『ジャンガル モンゴル英雄叙事詩2』(若松寛訳)

2012/07/05
アイコン画像    キャッチフレーズの有無が左右する?
モンゴル文学に倣う、“個性的”になる方法

 ウチの息子は白鵬の大ファンで、TV画面に登場すると声の限りに声援を送る。泰然自若の振る舞いは、小学生の心をがっちりキャッチするのか。と考えてみると、角界を席巻するモンゴル出身力士には個性派が多い。史上最年長優勝の旭天鵬に、日馬富士、鶴竜の両大関。朝青龍はもちろんのこと、モンゴル幕内力士の第一号、旭鷲山は「技のデパート・モンゴル支店」と呼ばれた。彼らは強いから個性的なのか。個性的だから強いのか。

 モンゴル三大古典文学のひとつ、『ジャンガル』には煌星のごとく、個性派ヒーローたちが登場する。主人公は、3歳(!)の時にすでに他の王を屈服させたという〈聖王ジャンガル〉なのだが、ストーリー的には、彼が従える勇士たちの活躍が中心となる(ジャンガルの役回りは、さしずめ『三国志』の劉備といったところか)。

 ジャンガルの元には個性的な12人の勇士がいる。


 〈千里眼のアルタン・チェージ〉

 〈獅子中の獅子、醇厚紅顔(アラク・ウラーン)ホンゴル〉

 〈人中の隼、鉄腕サバル〉

 〈昇る日輪のような天下の美男子ミンヤン〉

 〈剛直色黒(ドクシン・ハラ)サナル〉

 〈きちんと座れば、二十五人分の場所を占めるギュジャン・ギュンベ〉


 こうした勇士たちがジャンガルを取り囲み、酒を酌み交わしながら、〈おれたちに一戦挑む国は日の下にないのかい? おれたちは征伐する敵にいつ出会えるんだい?〉と大言壮語。で、ジャンガルが、「醇厚紅顔ホンゴル、敵を倒してこい!」と勇士を選び、物語が始まる。

 彼ら勇士はなぜ個性的たりうるのか。

 “個性”をジャパンナレッジで調べると、〈その人をその人たらしめる独自の本性〉(「ニッポニカ」)、〈明白な個体としての存在〉(individuality/「ランダムハウス英和大辞典」)とある。

 では勇士たちの「独自の本性」とは? 最もわかりやすい差異は、実は大袈裟な「キャッチフレーズ」ではないか?(と考えると、国民的マンガ『ONE PIECE』にも、「海賊狩りのゾロ」や「黒足のサンジ」と、登場人物にキャッチフレーズが付いている)キャッチフレーズが、その人物の行動を規定している、と読めなくもないのだ。

 ひとつの答えが出た。「個性がないなあ」とお悩みなら、大袈裟なキャッチフレーズをつける。これに尽きる?

本を読む

『ジャンガル モンゴル英雄叙事詩2』(若松寛訳)
今週のカルテ
ジャンル文学
時代 ・ 舞台モンゴル(15世紀に原型が成立)
読後に一言ジャンガル=劉備、アルタン・チェージ=諸葛孔明、ホンゴル=関羽、サバル=張飛。『三国志』ファンからすると、こんなキャラでした。
効用ギターのような弦楽器をかき鳴らして唄った口承文学なので、文章にはリズムと勢いがあり、読んでいると元気が湧いてきます!
印象深い一節

名言
珊瑚と銀でできた指揮杖を持ち/金で鋳た杖を突いて/偉大なるジャンガルは堂々と座っている/おお、いとしいなあ!(ジャンガル賛歌)
類書モンゴル三大古典文学の代表格『モンゴル秘史 チンギス・カン物語(全3巻)』(東洋文庫163、209、294)
三大古典文学のひとつ『ゲセル・ハーン物語』(東洋文庫566)
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