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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 394

『ライラとマジュヌーン』(ニザーミー著、岡田恵美子訳)

2012/07/26
アイコン画像    あなたは恋=孤悲に耐えられますか?
イランの悲恋物語に恋の孤独を思う

 孤悲(こひ)。

 『万葉集』にしばしば出てくるこの「恋」の当て字は、当て字だとわかってはいるが、やはり切ない。“孤悲”は成就することなく、孤独感だけが募る。自分の恋を思い返しても、うーん、確かに(笑)。

 妙な感傷に浸ってしまったのは、悲恋の叙事詩を読んでしまったからである。〈イランのロマンス叙事詩人〉(ジャパンナレッジ「世界文学大事典」)と言われる、ニザーミー(ネザーミーとも)の『ライラとマジュヌーン』だ。

 主人公は、アラブの首長の一人息子カイス。カイスは学校で、ライラという美少女に恋する。こんな調子だ。


 〈あなたを恋する心の炎も悲しみの洪水を堰きとめはせず、わが眼より溢るる涙も懊悩の火を消すことはできなかった。私を破滅させたのはこの炎と涙なのだ。世を照らす太陽さえ、わが胸の炎の叫びに燃え尽きるだろう〉


 ライラもまたカイスを愛するのだが、恋は成就しない。なぜか。恋の重みに耐えかねたカイスが狂ってしまうのだ。「マジュヌーン」とは狂人のこと。そう、カイスは恋に狂い、マジュヌーンになってしまったのだ!

 カイスは昼夜の区別なく、町や野をうろつく。ライラの家の周りも当然うろつくのだが、今ならストーカーだ。ストーカーと異なるのは、カイスが嫌がらせをしないことだろう。カイスはただただ、己の“孤悲”に従順なだけなのだ。しかし恋の炎は、カイスをも燃やしてしまう。

 両思いなのだから問題ないはずなのに、マジュヌーンになってしまったがために、ライラの親の許しが出ない。狂人に娘がやれるか! というわけだ。当のライラも、親のすすめで結婚するのだが、カイスへの愛を貫き、夫に抱かれようとしない。とうとう夫は病死。ライラもまた、叶わぬ恋に身心をむしばまれ、やがて死に至る。さあ、カイスの嘆きを聞け!


 〈おまえの運命は砂嵐のように乱れ狂い、おまえの生命は一滴の水のように深い井の底に呑まれてしまった。ああ、悲しき女(ひと)よ、天がおまえに与えたのは、月の孤独――九天の月よりもさらに恐ろしい孤独であった。だが、たとえおまえの姿が私から奪われようとも、ライラは私の心の中に在る〉


 マジュヌーンはどうしたか? 彼はライラの墓石を抱くように永遠の眠りについたのである。坂口安吾は「恋愛論」で、「孤独は、人のふるさとだ」と言ったが、さてここまでの“孤悲”に、私たちは耐えられるだろうか。

本を読む

『ライラとマジュヌーン』(ニザーミー著、岡田恵美子訳)
今週のカルテ
ジャンル文学/詩歌
時代 ・ 舞台1100年代後半のイラン
読後に一言恋をしていた時代に坂口安吾を読み惚けていたことを、急に思い出しました。安吾いわく「恋愛は人間永遠の問題だ」。
効用悲恋ではありますが、“恋愛”は読む人にある種の元気を与えてくれます。
印象深い一節

名言
宝を求める心が切であれば、その者はすでに、ルビーを秘めた鉱山にいるも同じこと。(一章 少年カイス)
類書ニザーミーの傑作叙事詩『七王妃物語』(東洋文庫191)
ニザーミーの宮廷ロマンス詩『ホスローとシーリーン』(東洋文庫310)
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