1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
“お盆”の風習はでっちあげだった!? 中国最古の歳時記から考察する盂蘭盆会 |
夏休みとお盆(もっといえば、お盆と終戦記念日)が重なっているのは、なんとも絶妙な案配だと思う。一旦、日常から離れて、過去に思いを馳せる。悪くない習慣だ。
この「お盆」、正確には「盂蘭盆(うらぼん)」といい、旧暦7月15日(したがって現在は8月15日)を中心に先祖供養を行うという風習だ。では、いったいいつから?
いやー、驚きましたよ。〈わが国で公に行なわれたのは、推古天皇一四年(六〇六)といわれ、聖武天皇天平五年(七三三)からは宮中恒例の仏事となった〉(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)んだそうな。盂蘭盆を日本に伝えた中国では、6世紀に始まっていたそうだが、その証拠が東洋文庫の1冊に。6世紀に当時の年中行事をまとめた『荊楚(けいそ)歳時記』である(民間本としては最古。日本には奈良時代に伝わる)。すでにこの中の「七月」の章に、〈十五日、盂蘭盆会〉という項目があるのだ。
いわく、目連(もくれん)という僧が、死んだ母が餓鬼道で苦しんでいるのを知り、仏に問うたところ、「七月十五日に供物を供えて供養せよ」との答え。お盆の由来だ。
本文では丁寧に、『盂蘭盆経』の中に書かれていることです、とあるので、『盂蘭盆経』を調べてみたら、またまた驚いた。『盂蘭盆経』とは、〈西域(せいいき)地方か中国でつくられた経(いわゆる偽経(ぎきょう))〉(同「ニッポニカ」)と言うのだ!
つまり、こういうことだ。インドからやってきた仏教に、道教的なテイストを加えて、自分たちの風習に沿うような「盂蘭盆会」をでっちあげたというわけだ。しかも根拠となるお経まで作ってしまう用意周到さで! 事実、〈南方仏教、チベット仏教にはこの行事(盂蘭盆会)に相当する儀礼はない〉(同「ニッポニカ」)というのだから、うーむ。日本では室町時代以降、〈戦国時代の死者の激増に対応して、亡魂の祟りを鎮める目的で〉(同「国史大辞典」、「盆」の項)施餓鬼会(せがきえ)が行われるようになり、これと盂蘭盆が結びついた。で、今にいたる。
今でこそ、『盂蘭盆経』はニセモノだ、と言えるが、これを受容し、先祖供養を伝統化してきたという歴史が、日本にはある。なにせ1000年以上続けているのだ。元はニセモノだろうが、すっかりホンモノになってしまった。だから老若男女、「お盆休み」をとってしまう。
私は、『盂蘭盆経』を捏造した先人に感謝する。日本に悪くない風習をもたらしてくれたのだから。
ジャンル | 風俗/民俗学 |
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時代 ・ 舞台 | 6世紀の中国 |
読後に一言 | 日本の文化が中国からやってきたことがよくわかりました。 |
効用 | 季節や行事に対する感度が、一段も二段もアップします。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 其れ辞を属(つづ)れば則(すなわ)ち已(すで)に洽(あまね)し、其れ事を比すれば則ちいまだ弘(ひろ)からず(序) |
類書 | 日本のお盆習慣を記す『東京年中行事(全2巻)』(東洋文庫106、121) 中国・清代の盆習慣を記す『燕京歳時記 北京年中行事記』(東洋文庫83) |
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(2024年5月時点)