1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
摩訶不思議な筋立てに背筋が“ぞぞっ” 唐代の夢まぼろしの小説世界にいざ! |
“ぞぞっ”とするための第二弾は、『唐代伝奇集』である。
私は「伝奇」という文字面を見るだけで興味をそそられてしまうのだが、ジャパンナレッジで調べてみて、〈文芸用語としての伝奇は、中国唐代の小説の呼称として用いられたのがその初めである〉(「ニッポニカ」)と知った。山田風太郎や隆慶一郎、夢枕獏や京極夏彦も「伝奇小説」と称される作品を書いているが、つまりこれらも元を辿れば、この『唐代伝奇集』に行き着いてしまう?『唐代伝奇集』には計111編の摩訶不思議な話が収められているのだが、その中でも虚を衝かれたのは、「枕の中の世界の話」(第1巻)だ。
呂翁という旅の道士に、村の若者・廬生が愚痴る。
〈おれはともかく生きているというだけさ。なにが楽しいものか〉
貧乏な暮らしや身なりを嘆く廬生に、道士呂翁は、健康なのに愚痴る必要はあるのかと問うが、廬生は〈男が世に生まれたからは……〉と、名誉や贅沢、女と並べ立て、こうしたものを獲得するのが夢だとのたまう。
それならば、とまるでドラえもんのように呂翁が取りだしたのが、「夢の世界に入れる枕」。これで眠れば、栄華は思うがままという代物だ。廬生がこれで寝ると……。
〈その枕は青磁で作られ、両端に穴があいている。盧生が頭をのせると、穴はしだいに大きく、明るくなってきた。そこでからだごと中へもぐりこみ、そこに見える家へとはいって行った〉
まるで星新一の世界だ。さあ、廬生はどうなったか。新しい世界で、廬生は出世街道をバク進。ところが時の宰相に妬まれ僻地に左遷。数年後呼び戻されて宰相を任されるが、またしても同僚から妬まれ左遷。自殺騒ぎを起こすが何とか踏みとどまっていると、また呼び戻されて再び宰相に。晩年は豪奢な生活を送り、美女を複数囲った。上がったり下がったり。ジェットコースターのごとき人生である。80歳を過ぎて廬生は死ぬ。すると……。
〈廬生はがばとはねおきて、言った。
「なんと夢だったのか」
すると呂翁は笑いながら、
「人生の楽しみも、こんなものであろうさ」〉
強烈な夢オチである。
「なんと夢だったのか」という台詞にえもいわれぬ怖さを感じるのは、私だけだろうか。
ジャンル | 文学/説話 |
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時代 ・ 舞台 | 中国・唐の時代 |
読後に一言 | 小説は“夢”を描くことである。そう言ってもいいかもしれません。 |
効用 | 芥川龍之介で有名な「杜子春」も入っています(第2巻)。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 明治の日本人は、ロマンという輸入された文学用語に、伝奇の二字をあてはめて訳した。ロマンと伝奇とでは、形式も違えば、文学史的な基盤も違う。しかしわれわれの先輩は、二つの文学の間にどこか共通する肌ざわりを、じかに感じとっていたのであろう。(前野直彬「唐代の伝奇」) |
類書 | インドの伝奇集『屍鬼二十五話』(東洋文庫323) 古代中国の志怪小説『捜神記』(東洋文庫10) |
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(2024年5月時点)