1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
シンガポールをつくった男の生涯から “イギリス=近代”の実像を見る |
ロンドン五輪の興奮&感動は、半月以上経った今もいまだ醒めぬが、私はそれ以上に「イギリス」という国に関心を持った。テレビ画面を通して見えてくるのは、ザ・ヨーロッパであり、ザ・近代だった(開会式がまさにそうだった)。
で、ここからが本題だが、懐の広い東洋文庫には、ザ・イギリスとでも言うべき1冊があるのです! その名は『ラッフルズ伝』。トマス=スタンフォード・ラッフルズ(1781~1826)。彼を端的に言い表すならば、〈イギリスの植民政治家〉であり、〈シンガポールの建設者〉。一方で、〈父が船長をしていたアンAnn号の船中において生まれ、貧困の中で育〉ち、〈イギリス東インド会社臨時雇から身を起し〉たという立身出世の人物でもある(ジャパンナレッジ「国史大辞典」、「ラッフルズ」の項)。
本書「新版への序文」にこうある。
〈本書は、一九四三年九月に(中略)刊行され、発売一週間で内務省から発売禁止の処分をうけた。発売禁止の理由は、敵国のイギリスを「ほめている」というのであった〉
本書は、ラッフルズの生涯を軸に、イギリスの植民地政策を描き出すのだが、今読むと、むしろ近代の植民地政策の悲哀が色濃い。それぞれがそれぞれの「正義」や「信念」を振りかざし、それはあらゆるところで諍いを起こし、結果、そこで生きる人々は時代の急流に突き落とされる。そこから這い上がった幸運な人々だけが富を掴む。本書は、近代の負の側面を、否応なく突きつける(ラッフルズ自身は、自由主義を標榜し、奴隷制度を廃止するなど、現地に寄り添った立場を取ったが、それさえもあくまで「イギリスのため」だった)。
ラッフルズという人物が興味深いのは、情報収集と検証に重きをおいたところである。
〈ラッフルズの植民政策の一つの大きな特徴は、政治を科学的基礎のうえに展開することであった。それは、政策を立てるに際してつねに慣行を調査するという立場に最も端的に示されていた〉
押しつけるのではなく、「知る」ところから始める。この態度は科学調査にも発揮され、彼ら探検隊が発見した世界最大の花には、彼の名を取って「ラフレシア」と名付けられている。そして、ラッフルズは現在のシンガポールの大本をつくった。功罪はともかく、彼の存在なくしてはシンガポールは生まれなかったのである。
ジャンル | 伝記 |
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時代 ・ 舞台 | 18世紀後半~19世紀前半の東南アジア(マレーシア、インドネシア、シンガポール) |
読後に一言 | イギリス=近代! |
効用 | 観光地としての人気も高いシンガポール。その歴史が実感できます。 |
印象深い一節 ・ 名言 | イギリスの植民政策とは何か?――という問題を模索しているうち、私はラッフルズに遭遇したのである。(新版への序文) |
類書 | その後のシンガポールなどの姿を描く『東洋紀行1』(東洋文庫555) 18世紀の東西交渉史ともいえるフランス・イエズス会士の中国布教報告集『イエズス会士中国書簡集(全5巻)』(東洋文庫175ほか) |
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