1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
アンコール・ワット探検がバーチャルで味わえる! フランス人探検家の見事な紀行。 |
「講釈師見てきたような嘘をつき」。
その場にいるわけもないのに、あたかも現場からレポートしているかのごとく、臨場感たっぷりに物語る。講釈師(講談師)の面目躍如であるが、私はこの本を読んで、この言葉を思い浮かべてしまった。講釈師と違って、実際に現場に行った人間の紀行なのだから、「見てきた」のは当たり前なのだが、しかしこの臨場感は半端じゃない。カンボジア遺跡探検隊長、フランス人のドラポルトによる『アンコール踏査行』である(カンボジア第二弾!)。
彼ら一行は、首都プノンペンから見捨てられたかつての都、アンコール遺跡を目指すのだが、最大の目的のアンコール・ワットに着いてからの記述。
〈園の外、この西側から近づいて行こう。前景に、九頭の巨竜と唐獅子に取り巻かれた広場、つぎに堤で画した広い池、橋が一つかかり、池へ降りて行く大きな階段が中央にあって列柱がついている〉
まるで一緒に足を踏み入れたかのように、ドラポルトの記述は続く。〈さて参道を進もう〉、〈さて正門からはいり、左へ曲がろう〉などと言われた日には、そうするしかあるまい。ドラポルトの説明で、アンコール・ワットの“美”について堪能すると、とどめのひと言。
〈さて、われわれはアンコール・ワットの大レリーフ作品の全体を通観したが、もしその想念にある思考はなんであるかと自問するならば、それはアジアのラムセスRhamsès(ラムセスはラムセス2世、エジプトの大王のこと)というところではあるまいか〉
優れた紀行文、と言ってしまえばそれまでなのだが、何がここまで「面白い!」と思わせるのか。読み進めていくうちに、ひとつのことに気づいた。ドラポルトには、異文化を蔑む態度がまったくないのである。素直に驚き、目の前の美を享受し、そのことに感動する。この姿勢が、読んでいる側にとってもたまらなく心地好いのだ。これぞ、“旅”って感じ?
ネット社会に生きる私たちは、すでに講釈師顔負けの「見てきたような嘘」をついて生きているのかもしれない。だって、誰も現場を見に行ったわけじゃないのだから。ドラポルトの生きた時代と違って、未踏の地はない。誰かがすでに訪れ、ネット上に痕跡を残している。でも、だからといって“感じる主体”は別のハズだ。
Webを捨てて街に出よう。たまにはそんな日があっていい。
ジャンル | 紀行/歴史 |
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時代 ・ 舞台 | 19世紀後半のカンボジア |
読後に一言 | 旅に行った気になってしまってはいけないのですが……。 |
効用 | どこでもいいから、出かけたくなります。そう、行楽の秋です。 |
印象深い一節 ・ 名言 | この遺跡、アンコール・ワットの建物へ行けたことは、われわれにとってなんたるよろこびであったことか! 見るたびに、その調和した全体にただただ嘆賞するばかりであった。(第七章) |
類書 | 13世紀末のカンボジア見聞録『真臘風土記』(東洋文庫507) 古代都市の発掘物語『楼蘭 流砂に埋もれた王都』(東洋文庫1) |
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