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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと850点余! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『アンコール踏査行』(ドラポルト著、三宅一郎訳)

2012/09/27
   アンコール・ワット探検がバーチャルで味わえる! フランス人探検家の見事な紀行。

 「講釈師見てきたような嘘をつき」。

 その場にいるわけもないのに、あたかも現場からレポートしているかのごとく、臨場感たっぷりに物語る。講釈師(講談師)の面目躍如であるが、私はこの本を読んで、この言葉を思い浮かべてしまった。講釈師と違って、実際に現場に行った人間の紀行なのだから、「見てきた」のは当たり前なのだが、しかしこの臨場感は半端じゃない。カンボジア遺跡探検隊長、フランス人のドラポルトによる『アンコール踏査行』である(カンボジア第二弾!)。

 彼ら一行は、首都プノンペンから見捨てられたかつての都、アンコール遺跡を目指すのだが、最大の目的のアンコール・ワットに着いてからの記述。


 〈園の外、この西側から近づいて行こう。前景に、九頭の巨竜と唐獅子に取り巻かれた広場、つぎに堤で画した広い池、橋が一つかかり、池へ降りて行く大きな階段が中央にあって列柱がついている〉


 まるで一緒に足を踏み入れたかのように、ドラポルトの記述は続く。〈さて参道を進もう〉、〈さて正門からはいり、左へ曲がろう〉などと言われた日には、そうするしかあるまい。ドラポルトの説明で、アンコール・ワットの“美”について堪能すると、とどめのひと言。


 〈さて、われわれはアンコール・ワットの大レリーフ作品の全体を通観したが、もしその想念にある思考はなんであるかと自問するならば、それはアジアのラムセスRhamsès(ラムセスはラムセス2世、エジプトの大王のこと)というところではあるまいか〉


 優れた紀行文、と言ってしまえばそれまでなのだが、何がここまで「面白い!」と思わせるのか。読み進めていくうちに、ひとつのことに気づいた。ドラポルトには、異文化を蔑む態度がまったくないのである。素直に驚き、目の前の美を享受し、そのことに感動する。この姿勢が、読んでいる側にとってもたまらなく心地好いのだ。これぞ、“旅”って感じ?

 ネット社会に生きる私たちは、すでに講釈師顔負けの「見てきたような嘘」をついて生きているのかもしれない。だって、誰も現場を見に行ったわけじゃないのだから。ドラポルトの生きた時代と違って、未踏の地はない。誰かがすでに訪れ、ネット上に痕跡を残している。でも、だからといって“感じる主体”は別のハズだ。

 Webを捨てて街に出よう。たまにはそんな日があっていい。

今週のカルテ

ジャンル紀行/歴史
時代 ・ 舞台19世紀後半のカンボジア
読後に一言旅に行った気になってしまってはいけないのですが……。
効用どこでもいいから、出かけたくなります。そう、行楽の秋です。
印象深い一節

名言
この遺跡、アンコール・ワットの建物へ行けたことは、われわれにとってなんたるよろこびであったことか! 見るたびに、その調和した全体にただただ嘆賞するばかりであった。(第七章)
類書13世紀末のカンボジア見聞録『真臘風土記』(東洋文庫507)
古代都市の発掘物語『楼蘭 流砂に埋もれた王都』(東洋文庫1)
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