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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 185

『月と不死』(N.ネフスキー著、岡正雄編、加藤九祚解説)

2012/10/04
アイコン画像    悲劇のロシア人民俗学者の名エッセイで、
秋の夜に浮かぶ“月”の美しさを知る。

 「月」が秋の季語であることからもわかるとおり、秋ともなるとなぜだか夜空の月を愛でたくなる。今年の十五夜は終わってしまったが、それでも月が美しいことに変わりはない。

 月夜の晩に、ぜひ読んでもらいたいエッセイがある(特に冒頭の表題作2編)。ロシアの東洋学者、ネフスキーの『月と不死』である。

 〈大正四年(一九一五)日本に留学し、柳田国男・折口信夫・中山太郎らと知りあい、日本民俗学を研究〉したネフスキーは、日本人妻を娶り、ロシア(ソ連)に戻るのだが、1937年、〈日本スパイ〉として、〈夫人とともに銃殺された〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)という悲しい最期を遂げた人物だ。

 その氏が、日本語で書いた論集が、本書なのである。例えばこんな調子。


 〈静かな、青ざめた月の光は、これらの地方の住民を、安逸と自足とを告げる昼の太陽から遠ざけて、花やかな現実より、遠く離れたるものを思はしめ、終には世の中の歓楽喜悦は永劫のものでなく、何時か最後が訪れることゝ信ぜしめる〉


 名文である。

 エッセイ「月と不死」の中で、氏はさまざまな伝説を取り上げるのだが、そのうちのひとつが、氏が収集した宮古群島の多良間島に伝わる伝説。それによれば、月(妻)と太陽(夫)は夫婦で、しかも月は太陽より明るかった。妬んだ夫が、後ろから妻を突き落とし、月は泥だらけになってしまった。天秤棒に水桶を吊った農夫が通りかかり、洗ってやったのだが、かつての輝きは取り戻せなかった。月は御礼として農夫を月に招いた。だから多良間島では、〈満月の夜、この農夫が二つの桶を天秤棒につけて運ぶ姿がはっきり見受けれる〉という。

 宮古の人々の話に、真摯に耳を傾けるネフスキーの姿が、浮かんでくるようである。

 ネフスキーが宮古群島へ行った様子は、ネフスキーの伝記(本書収録)に収められているが、その時ネフスキーと会談した村長側の記録が掲載されている。


 〈外国の人が見ず知らずの島に来て、同じ発音で言葉の通じることに余は益々言葉の有難さを感じたり〉


 スポットが当たっていないところに、優しい眼差しを向ける。流行に振り回されている現代人の私にとって、ネフスキーのこの態度には考えさせられた。

 さ、喧噪から離れて、氏のように月を愛でますか。

本を読む

『月と不死』(N.ネフスキー著、岡正雄編、加藤九祚解説)
今週のカルテ
ジャンル民俗学/伝記
時代 ・ 舞台20世紀初めの日本、ロシア
読後に一言真摯な研究に接することができるのが、東洋文庫の良さのひとつです。
効用ネフスキーの見た「日本」が、この中に。
印象深い一節

名言
満月の夜、流れ入る憂欝な考へに閉ざされて、人類永久の悲劇である死を思ひ、明るい月の光、姿にこの解釈を求めようと努める。(月と不死)
類書沖縄の民俗学研究の古典『をなり神の島(全2巻)』(東洋文庫227、232)
アイヌの民族学的研究『小シーボルト蝦夷見聞記』(東洋文庫597)
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