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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 242

『庭訓往来』(石川松太郎校注)

2012/10/11
アイコン画像    礼儀作法から教養、性教育まで!? 江戸時代
の寺子屋の子どもたちが習った定番の教科書。

 江戸時代について書かれた本を読んでいたら、教育に関して面白い記述を見つけた。いわく、この時代には「往来物」が7000も編まれたという。往来物とは、〈鎌倉時代から明治初期にかけて初等教育の教科書、副読本として編まれた書物の総称〉(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)。商人を目指すなら「商売往来」、農業なら「農業往来」……とさまざまな教科書があったのだ。

 全国一律の現代の教育とは大違いで、一概にどちらがイイとは言えないが、「個別対応」という意味では、江戸のほうに軍配を上げたい。で、「往来物」の代表格にて、基本中の基本とされているのが、『庭訓往来』なのである。

 これは、〈南北朝時代、十四世紀中葉に作られた往来物の一種〉(同「国史大辞典」)で、25通の手紙によって構成されている。 解説によれば、生活に頻出する単語を数多く載せることで、それを覚えさせることも目的にしていたらしい。実際、収録語彙数はなんと、〈九百六十四語〉(同「国史大辞典」)。

 ただまあ……何といいますか、いつの時代も教科書が面白いはずもなく、しかも現代語訳されていないので、眠気を誘うこと頻(しき)りだったのですが、「十一月状」の返信まで読み進めて驚いてしまった。「こんなことすると、病気になりますよ」という話なのだが、こう書かれている。


 〈凡そ坊内の過度(1)・濁酒の酩酊(2)・睡眠の昏沈(3)・形儀(ぎょうぎ)の散動(4)・食物の飽満(5)・所作の辛苦(6)・恋慕の辛方(7)・長途の窮屈(8)・旅所の疲労(9)・閑居の朦気(もうき)(10)・愁歎の労傷(11)・闕乏(けつぼう)の失食(12)・深更の夜食(13)・五更(ごこう)の空腹(14)・塩増の飲水(15)・浅味(せんみ)の熱湯(16)・寒気の薄衣(17)・炎天の重服(18)、皆もって禁忌の事なり〉


 あまりに多いので、わかりやすくするために数字を添えてみた。現代語訳してみよう。

 (1)SEXのしすぎ、(2)飲み過ぎ、(3)寝過ぎ、(4)不作法、(5)食べ過ぎ、(6)かしこまり過ぎ、(7)辛い恋愛、(8)長旅、(9)旅先の疲労、(10)出不精、(11)悩みすぎ、(12)拒食、(13)深夜のバカ喰い、(14)腹の空きすぎ、(15)塩水を飲む、(16)熱湯を飲む、(17)寒いのに薄着、(18)暑いのに厚着。

 まったくもって、ごもっとも! 何の反論もございません。でもこれって子どもの手習いの教科書じゃなかったっけ? のっけから「坊内の過度」って……。これが、江戸の性教育なんだろうか?

 勉強嫌いも、これなら寝ていられませんな。

本を読む

『庭訓往来』(石川松太郎校注)
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成立した時代・
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室町時代の日本
読後に一言江戸時代の「庭訓往来」には、子どもたちが飽きないように、挿絵などふんだんに入っていたそうです。
効用この時代の手紙の形式、求められている教養のレベルが、把握できます。
印象深い一節

名言
夫(それ)仏法・王法ヲ修ムル事ハ、仁義礼智信ヲ宗(むね)トス(『庭訓往来抄』[寛永8年刊]序)
類書室町時代から明治時代の子育て論『子育ての書(全3巻)』(東洋文庫285、293、297)
子どもに遺したい教え『家訓集』(東洋文庫 687)
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