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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと850点余! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『大岡政談 1、2』(辻達也編)

2010/08/26
   落語や芝居、ドラマにもなった、名奉行・大岡越前守の痛快な裁きが、講談調で蘇る!

 毎度バカバカしいお話を一席。


 長屋の住人、大工の与太郎。ためた家賃は一両八百文。そのかたに大家は商売道具を持っていく。これは困った、と仲間の棟梁がお奉行に訴え出た。お奉行の大岡越前守忠相(おおおかえちぜんのかみただすけ)が出した判決は、二十日も道具箱を留めおいた大家に、「二十日間の手間料を払ってつかわせ」。手間は一日十匁だから、二十日間で三両二分。
奉行「一両と八百の抵当(かた)に、日十匁の手間、こりゃア、ちと、もうかったであろう?」
棟梁「へえ、大工は棟梁、調べをごろうじろ……」

(古今亭志ん生『志ん生長屋ばなし』ちくま文庫)


 「細工は流々、仕上げをごろうじろ」に引っかけたサゲ、落語ファンにはお馴染みの「大工調べ」である。

 さてこの噺の大本は、今回の主役『大岡政談』のひとつ。本書は大岡越前の裁判を集めた講談集で、芝居や落語になったものも多い。「大工調べ」の元ネタは2巻目の「大工宿賃出入り裁許の事」だ。

 しかし実は、この話自体、「大岡裁き」ではないという。編者の辻達也氏いわく、〈実際の事件に基いているのは「天一坊」「白子屋お熊」「直助権兵衛」の三件にすぎず〉、しかも〈大岡忠相の裁きによるものは「白子屋」一件のみであった〉というから、『大岡政談』とは名ばかりだ。ではなぜ、大岡忠相の名のもとで裁判話が語られるのか。

 ジャパンナレッジの「国史大辞典」で「町奉行」をひくと、〈江戸市中から武家地・寺社地(寺社門前を含む)を除いた町地〉の〈行政・立法・司法・治安警察・消防・災害救助など万般にわたって支配した〉とある。さながら現代の都知事だ。同じく「国史大辞典」の「大岡忠相」の項目をひく。大岡忠相は異例の出世で町奉行となった人物だという。〈誠実・勤勉・有能な官僚で、しかも将軍徳川吉宗の信任も厚かったが、彼が将軍の意をむかえることに汲々としていたわけでは決してない。むしろ原則論を尊ぶ吉宗と、現実を重視する忠相とは、ことごとく意見が対立した〉

 彼は物価安定をはかり、町火消を組織し、貧困者や孤独者の施療のための小石川養生所をつくった。自分を引き立てた上司(将軍)との対立も辞さず、民のために闘った。と考えれば、『大岡政談』とは庶民の夢物語なのだ。こんな政治家がいたらいいなあ、という儚き夢。思いは強かったのだろう。大岡忠相の死の18年後にはすでに、大岡裁きの物語がまとめられているのだそうだから。

今週のカルテ

ジャンル説話
時代 ・ 舞台江戸中期
読後に一言こんな政治家がいたらいいなぁ
効用講談の名調子の中に、庶民の思いの強さを知る。読み継がれる話の裏側に、思いの強さあり。
印象深い一節

名言
大岡殿はったとにらまれ、「依怙贔屓とは慮外千万なり」
類書江戸時代のエッセイ『甲子夜話(全6巻)』(東洋文庫306、314、321、333、338、342)
落語のネタ本『醒睡笑』(東洋文庫31)
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