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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 182

『芸苑雑稿他』(岩村透著、宮川寅雄編)

2012/10/18
アイコン画像    黎明期の日本美術界に、新風を吹き込んだ、
評論家・岩村透の含蓄に富んだエッセイ集。

 明治時代のベストセラーに、『桜の御所』という村井弦斎の小説がある。三浦一族の滅亡を、虚実織り交ぜて書いた新聞小説で、その影響は凄まじく、三浦にあるわが家の近所には、この小説に登場する架空の人物の墓があるくらいである。

 この「桜の御所」とは、実際に三浦市三崎にある寺、本瑞寺のことで、源頼朝が彼の地で桜の宴を開いたことから、この呼び名が付いた。最近、私はこの寺を訪ねたのだが、そこに不思議な墓があった。卵を横にした大きな石の上に、すくっと角柱が立っており、墓石には「岩村透先生之墓」と刻まれている。

 岩村透、早速ジャパンナレッジで調べてみると、〈明治―大正時代の美術史家〉(ジャパンナレッジ「日本人名大辞典」)とある。どうやら、三浦に庵を結び、そこで没したらしい。さらに検索していくと、東洋文庫に彼のエッセイがあった。

 その『芸苑雑稿他』を読んでみて驚いた。小気味いいのである。しかも含蓄に富んでいる! 本書のアフォリズム(箴言)の一部を紹介しよう。


 〈芸術の作品は作者、自身のみが味わい得べきもの、また、己れのみが味わうべきものである。己れの恋である〉

 〈これもない、あれも足りんと、不足の点から見初めたら、芸術の作品は、何もなくなる。偉大な作品ほど、見える優点が、単純だ。またそれだけ、不足の所が多い。だから、円満主義の者には、偉大な作ほど、いよいよ、わからん〉

 〈芸術は、確信である。個性に信頼して、初めて、確信が起る。自負心は、美術家にとっては、美徳である、生命である。この心強からねば、均一の圧迫はたちどころに異才を平凡化する〉

 〈物の長所と短所は、観ようの違いから出て来る、見地が長短の分れ目だ。特性が、見地の相違によって、長ともなり、短ともなる〉


 岩村透は、〈斬新な批評や西洋美術史学の諸論を発表。美術界に多くの新風を送った〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)と言われているが、この一刀両断ぶりを読めば納得だ。岩村は、〈美術の生命〉は〈熱狂〉だとしたが、確かにここには、情熱がある。皮肉めいた言葉の中にも、美術への愛情がある。

 近所への散歩から、近代美術の話へと飛躍してしまった。「ジャパンナレッジ検索散歩」、悪くない。

本を読む

『芸苑雑稿他』(岩村透著、宮川寅雄編)
今週のカルテ
ジャンル芸術/評論
時代 ・ 舞台明治末期の日本
読後に一言最近は、著名人の墓を訪ねてまわる人を「墓マイラー」と呼ぶらしい。ご近所の墓巡り、結構楽しめました。
効用新しい文化が入ってきた時、必ず衝突が起こる。それは大きなエネルギーを生み出す。本書は、その「エネルギー」を受け取る本である。
印象深い一節

名言
美術の生命は、英語で言う、エンスージアズム、すなわち、熱狂である。(「日本画家に警告す」)
類書美術評論家・岡倉天心の論集『東洋の理想他』(東洋文庫422)
中国絵画論の古典『歴代名画記(全2巻)』(東洋文庫305、311 )
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