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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 43

『幽明録・遊仙窟他』(前野直彬・尾上兼英ほか訳)

2012/12/13
アイコン画像    中国・六朝時代の短編小説集で読む、
「幽霊」&「亡霊」とは何ぞや?

 ヒマに任せて中国は六朝時代の短編小説集『幽明録・遊仙窟他』を読んでいたら、思わず「ニヤリ」としてしまう掌編小説を見つけた。季節柄、幽霊話もいかがかと思うが、面白いのだから仕方がない。


 〈あるとき玩徳如(げんとくじょ)が便所で幽霊に出あった。身のたけは一丈あまり、色は黒くぎょろりとした目で、黒いかたびらに武官の頭巾をつけ、すぐ目の前に立っていた。しかし徳如は落ちつきはらって、やがてにやりと笑って言った。
 「幽霊というやつはいやらしいものだと世間で言うが、なるほどそのとおりだ」
 すると幽霊はまつ赤な顔をして退散した〉

(「幽明録」)

 どうです? 気が利いているでしょ。


 幽霊サイドから見れば、通常は人を見下しているわけで、幽霊の怖さは幽霊─人間の上下関係で成り立っている。見下している間は調子がいいが、この物語のように、いざ、見下されると途端に参ってしまう。人間の中にも、こういう輩、いますな。攻める時は威勢がいいが、攻められるとシドロモドロ……というやつだ。

 そもそも「幽霊」とは如何? と思って調べてみると、こう書いてあった。


 〈死者の亡霊がこの世に現れるものをいう〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)


 これ、日本や中国に限った話ではなく、〈実は200年前のヨーロッパにもさまざまな形で幽霊の存在は信じられていた〉(同前)のだそうな。最近では信じられていたんですね。ともかくも、〈死者の亡霊〉と言うからには、「亡霊」も調べてみよう。


 〈①死者の魂。亡魂。また、幽霊。②過去にはあったが、現在ではもはや存在していないもののたとえ。「軍国主義の―」〉(同「デジタル大辞泉」)


 日本では、室町から江戸にかけて隆盛を誇った「幽霊」や「亡霊」も、いまや、〈存在していないもの〉のたとえになってしまったんですな。

 でも〈存在していないもの〉を、「ある」と言い続けたらどうなるのだろうか? 「デジタル大辞泉」の用例は、奇しくも「軍国主義の亡霊」だけれど、最近、国防軍とか核保有とか、軍国主義のようなフレーズが飛び交っていません? 「亡霊」のままだったらいいのだけれど。

 まあ、気にしていても始まらないので、『幽明録・遊仙窟他』で現実逃避することにします。

本を読む

『幽明録・遊仙窟他』(前野直彬・尾上兼英ほか訳)
今週のカルテ
ジャンル文学
成立 ・ 舞台六朝時の中国
読後に一言幽霊や怪異が、「当たり前」として存在する。このあたりの感覚がいいなあ。
効用ほんの少しゾゾッとします。冬に読むのもオツです。
印象深い一節

名言
(賊の討伐に行ったが、反撃にあい、首を落とされた太守が最後にひと言)
「首のないのもよいものだ」と言い終わると死んだ。(「幽明録」)
類書幽霊がぞくぞく登場『唐代伝奇集(全2巻)』(東洋文庫2、16)
同時代の怪異小説『捜神記』(東洋文庫10)
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