1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
アルジェリア人質事件の背景が見えてくる? イスラム学者による「イスラムとは何か」 |
年始からの宗教シリーズ、終わりにしようと思っていたが、アルジェリア人質事件をうけ、イスラム教を取り上げなければ、と勝手に使命感を持ってしまった。
10年ほど前に、取材で群馬県のモスクを訪ねたことがあるが、中は赤絨毯だけのだだっ広い空間であることに驚いた記憶がある。イスラム教は偶像崇拝を許さないので、文字どおり宗教的なものが何もない。キリスト教会、仏教寺院……とさまざまな宗教施設を覗いてきたが、これほど神秘性のない場所もない。私の中で、彼らの一致団結ぶりと神秘性の無さが像を結ばないのだ。
で、いろいろと調べてみると、日本のイスラム学研究の泰斗、前嶋信次の評論集『イスラムとヨーロッパ』に「なるほど!」という指摘を見つけた。
〈イスラム教の特徴は全体性というか、有機的というか、とにかく何か不思議な糸が神経のように数億の信徒を結び合わしていることである。お互い同士では分裂もあり、対抗もあって、複雑な社会をつくっているし、数十国に分かれてもいる。しかし国境を越え、人種の別を越えた何ものかがみんなを一体にまとめあげているのである〉
多神教の世界に生きる日本人にとって、一神教の考え方はわかりづらい。ユダヤ教も、キリスト教も、イスラム教も、もとを正せば同じ神を崇めているなんていわれると、もっと混乱する。イエスは神の子であり、ムハンマド(マホメット)は神の預言者であるといわれるが、その「神」は同一なのである。
では、イスラム世界とは? 私は氏のこんな指摘に(考えてみると当たり前なのだが)驚いた。
〈イスラム世界といっても、そこに含まれている人々が必ずしもすべてイスラム教徒ではない〉
著者いわく、イスラム世界とは、〈イスラム教徒がイスラム法をもって支配した地域〉なのである。バラバラの民族と地域を、〈イスラム法〉によって統一したというわけだ。ムハンマドが、〈優れた組織者〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)と評価される所以だろう。
では著者のいう〈不思議な糸〉、〈人種の別を越えた何ものか〉とは何だろう? もしかしたらそれは、「宗教」とカテゴライズされるものではなく、「共通の生き方」のようなものではないだろうか。コーランを共有するから、同一世界に生きられる、といったような。私たちはまず、彼らのルールを学ばなければいけないのかもしれない。
ジャンル | 評論/歴史 |
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発表時期 | 1956~1982年 |
読後に一言 | 著者訳のアラビア語文学の傑作『アラビアン・ナイト(18巻+別巻1)』(東洋文庫71ほか)を読みたくなりました。 |
効用 | 十字軍遠征(欧州vsアラブ)にはじまり、戦後のイスラム国の独立まで、イスラム圏の歴史的な流れ、諸経緯がわかります。 |
印象深い一節 ・ 名言 | アラビアは神秘の国といわれるが、最大の神秘はマホメットとそのイスラム教を生んだことではなかろうか。(「アルジェリア独立とイスラム教」) |
類書 | 本書にも登場する英国人考古学者の半生記『アラビアのロレンス』(東洋文庫5) 中東イスラム文化を論じる『千夜一夜物語と中東文化 前嶋信次著作選1』(東洋文庫669) |
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(2024年5月時点)