1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
飽きさせないコツは“緩急”にあり!? 半年でアラビアン・ナイトを読み切る(2) |
WBCが終わったと思ったら、センバツ甲子園、プロ野球開幕……とまさに「球春」である。一流投手の投球を見ていて思うのは、やはり大事なのは“緩急”だ、ということだ。いくら速くても速球一本槍ではダメで、チェンジアップなどの遅球がモノを言う。会議などもそうで、緊張一辺倒ではアイデアは生まれない。緩和も必要なのだ。
という視点で『アラビアン・ナイト』を読んでみると、唸らされましたよ。45夜(3巻)の途中から「オマル・ブヌ・アン・ヌウマーン王とそのふたりの御子シャルカーンとダウール・マカーン、そしてこの人たちに起こった驚異・珍奇な物語」が始まるのだが、これ、長いのはタイトルだけではない。145夜まで約100晩続くのだ。訳者の前嶋信次氏が、〈この物語は中国の三国志演義や水滸伝に、わが国では源平盛衰記や太平記よりもむしろ、八犬伝などに比較すべきものではないかと考えている〉と解説するように、まさに大冒険ロマン! 『週刊少年ジャンプ』で言えば「ONE PIECE」だ。
こうした大作の後にさてどんなふうに話を繋ぐのだろうか(面白くなければ、話者であるシャハラザードは殺されてしまう)。期待していたら、持ち出したのは何と、動物を主人公にした小咄(「イソップ物語」を想像されたし)。
その中のひとつ、「狼と狐との物語」。狐と狼が同じ洞穴で暮らしているのだが、狼は意地悪ばかりする。ある時狐が、そんな意地悪ばかりするとバチが当たるから優しくしてくれと教え諭すと、狼がひと言。
〈貴様どうかしたんか。どえらい大事をペラペラしゃべりくさるじゃあねえか〉
いいですね、この訳し方。べらんめぇ口調である。粗筋を簡単に言うと、おごり高ぶった狼は、狐にしてやられて、葡萄畑の穴に落ちて死んでしまうという話(と書くと身も蓋もないが)。こういう「ちょっと考えさせられる話」をこれでもかと連発するのである。王もこうした話にいたく感じ入り、こんな感想まで漏らしてしまう。
〈これ、シャハラザードや、そなたの物語をきき、この身に教えと訓(さと)しとをいや増しに受けるのを覚えたぞよ〉
いわば「こち亀」のポジションである。「こち亀」があるから「ONE PIECE」が引き立つように、動物小咄の“緩”がチェンジ・オブ・ペースとなって、王(読者)を飽きさせないのだ。
野球も物語も、大事なのは“緩急”なのであった。
ジャンル | 文学 |
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時代 ・ 舞台 | 中世のアラビア(イラン、イラク、エジプト、シリアなど) |
読後に一言 | 「短編の名手」には優れた作家が多いが、『アラビアン・ナイト』の短編もまた、名作揃いでした。 |
効用 | 6巻収録の「動物小咄」を読むだけでも、『アラビアン・ナイト』の世界を味わえます。お手軽に触れたい人には、まずここから。 |
印象深い一節 ・ 名言 | かやつ(人間)ときたら、それこそ欺しとペテンの権化とも申すべきものでありますので……(第146夜) |
類書 | 「イソップ物語」の明治翻訳版『通俗伊蘇普物語』(東洋文庫693) 中世インドネシアのイスラム色の濃い歴史物語集『パサイ王国物語』(東洋文庫690) |
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