1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
日本人の中に息づく「哀しみの物語」を歌った中世の芸能、「説経節」の代表作を集める。 |
安寿と厨子王の名前を、聞いたことがない、という日本人は少ないだろう。浄瑠璃、歌舞伎などの演目でもあり、森鴎外の小説「山椒大夫」としても知られる。
先日、この小説を読み直しながら、「そういえば、これって元になった話があったんだよなあ」と、ジャパンナレッジで検索してみた。この山椒大夫(太夫)は、〈伝承上の人物。丹後(京都府)由良の長者。奥州54郡の太守岩城判官正氏の子、安寿・厨子王の姉弟を人買いからかって酷使し、安寿を死に追いやり、のち厨子王に仇討ちされる。中世末期から説経節などの語り物として流布し、のち浄瑠璃、歌舞伎などにも脚色された〉(ジャパンナレッジ「日本人名大辞典」)なのだという。
つまり、日本中に流布させたのは、「説経節」ということになる。では「説経節」とは?
〈鎌倉末から室町初期のころ仏教界の節付説教(節談説教)から派生した民間芸能。(中略)ことばに節をつけて話芸風に口演したためしだいに芸能化し、ついに民間人のなかに入ったのである。(中略)簓(ささら)、鉦(かね)、鞨鼓(かっこ)を伴奏として語り、歌っていたが、門付(かどづけ)をしたために「門説経」とよばれた〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」説経)
むむむ、では「門付」とは?
〈古くは時節を定めて門ごとに神が訪れて祝福を垂れたという民俗信仰に端を発し、その神の姿をして来訪する神人の印象が色濃い芸能であった〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)
〈神の代理人でもある門付けの祝言人は、幸運をもたらす客人(まろうど)として大いに歓迎され、手篤い接待をうけた〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)
なるほど「説経節」とは、神の代理人による歌物語だったのである。ではその歌とは?
ここで東洋文庫の『説経節』の登場である。解説にいう。太宰春台の『独語』によると、その当時の人は、〈其の声も只悲しきのみなれば、婦女これを聞きては、そぞろ涙を流して泣くばかりにて(中略)甚しき淫声にはあらず。言はば哀みて傷(やぶ)るといふ声なり〉と聞いたという。だがその声は、やがて芸能化され、神と切り離された時点で、浄瑠璃や歌舞伎など他の芸能にとってかわられた。私たちはもはや「哀みて傷るといふ声」を聞くことはできない。
『説経節』を音読してみる。自己流の棒読みにもかかわらず、気のせいか、哀しい響きが宿っているように思えた。
ジャンル | 文学/芸能 |
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時代 ・ 舞台 | 日本・中世末期から近世初期 |
読後に一言 | この耳で聞いてみたかった |
効用 | 涙にはストレス解消の効果あり。 |
印象深い一節 ・ 名言 | あらいたわしや |
類書 | 森鴎外の子ども向け「山椒大夫」が載る『日本お伽集2』(東洋文庫233) 同時期の笑い話集『醒睡笑』(東洋文庫31) |
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