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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 288

『花壇地錦抄・草花絵前集』(三之丞伊藤伊兵衛・伊藤伊兵衛著、加藤要校注)

2013/05/23
アイコン画像    江戸の植木職人が精魂込めた園芸書の、
花を愛でる余裕と仕事への心意気

 5月になると、仕事場の窓下の藪に、蝋細工のような金色の花が風に揺れはじめる。仕事が一段落すると目に飛び込んで来るので、きっと切羽詰まっているときは花など目にも入らないのだろう。調べてみると――まったく自信がないのだけれど、ウマノアシガタ(別名キンポウゲ)という野草だった。

 心穏やかにあたりを見回せば、そこここに花が咲いている。足を止め、花を愛でている瞬間、花に気づいた自分に安堵する。まだ美に目をやる余裕があるということだ。そう考えると、園芸という趣味は奥深い。

 では園芸が確立したのはいつだろうか。

 東洋文庫には『花壇地錦抄・草花絵前集』という江戸前期の園芸書があるのだが、花壇地錦抄の著者、三之丞こと3代目伊藤伊兵衛を調べてみると、〈元禄5年(1692)日本最初の園芸植物の図説書「錦繍枕(きんしゅうまくら)」〉を〈刊行した〉とある(ジャパンナレッジ「日本人名大辞典」)。『花壇地錦抄』はさらにその3年後の1695年に出した園芸書で、『草花絵前集』は4代目の図譜(1699年)である。こうした園芸書がこの時期、花盛りだったことを考えると、江戸になって園芸が定着したのだろう。いわば社会全体が、花に目を向ける余裕を持ったということではないだろうか。

 そう思いながら読んでみて驚いた。例えば「さつきのるい(類)」という種類解説のページ。


 〈源氏  うす色、大りん、花のへり白し。
 まがき  白に赤とび入り、二重、中りん。
 さざなみ  白地に赤とび入り、さらさ、大りん。
 こふじ  くれない、小りん。〉


 と、200近い種類が列挙されている。すでにこの頃、それだけの園芸へのこだわりと愛情があったということだ。さらに、〈草木(そうもく)は植作様(うえつくりよう)土地によりて好悪あり、その性(しょう)山谷原湿(さんこくげんしつ)の異あるを以ってそれぞれの栄をなす〉と植え方まできちっと「理論」を提示し、土の種類、草木別の植え替え時期まで明示する。本としては決して派手ではないが、必要なことを漏らさず記述する。その職人気、「いい仕事してますね」と思わず声をかけたくなる。

 花、という一見何も生み出さないものを愛でて、それを男子一生の仕事にする。利に囚われるばかりが仕事じゃないということか。三之丞伊藤伊兵衛を見習いたい、とつくづく思ったのでした。

本を読む

『花壇地錦抄・草花絵前集』(三之丞伊藤伊兵衛・伊藤伊兵衛著、加藤要校注)
今週のカルテ
ジャンル実用
時代 ・ 舞台江戸時代の前期
読後に一言先日小学生の息子にオオイヌノフグリを教わりました。雑草なのに、知った途端に可憐な花に見えてきました。花を知る――愛でる条件なのかもしれません。
効用4代目伊藤伊兵衛の残した『草花絵前集』の、細かい草花の絵を見るだけでも価値がある本です。
印象深い一節

名言
すべて春夏葉しげりて、秋より冬の中落葉するたぐいを夏木という。桜、梅、桃のるいも夏木なり。(夏木の分)
類書宋代から清代の花卉(かき)の書『中国の花譜』(東洋文庫622)
日本初の図入り百科事典の草木編『和漢三才図会 15~18巻』(東洋文庫516ほか)
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