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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 145

『風土記』(吉野裕訳)

2013/06/06
アイコン画像    祝! 富士山の世界文化遺産登録。
「風土記」の中にその存在感を見る。

 先日、息子が「富士山を見たい」と言うので、渋々、車を駆って五合目まで行ってきましたが、終始、圧倒されました。車窓から孤峰が目に飛び込むたびに、体の芯がゾワッとするのです。五合目から仰ぐ峰も圧巻。古来より人々が魅せられてきた理由が、実感できました。

 で、早速、ジャパンナレッジで「富士」を検索して見ると、「日本国語大辞典」の用例に、次の一文を発見。


 〈常陸風土記〔717~724頃〕筑波「神祖の尊、諸の神の処(みもと)に巡り行でまして、駿河の国福慈(フジ)の岳に到りまし」〉


 早速、東洋文庫の現代語訳『風土記』の「常陸風土記」を読んでみることに(ちなみに、原文で読みたい人は、ジャパンナレッジ『新編 日本古典文学全集』にも「風土記」が収録されています)。富士山(福慈)が登場するシーンは、こんなストーリーだった。

 母神(神祖)が、子どもの神たちのところを巡っていたときのこと、富士で日が暮れてしまった。「一晩泊めて」と頼むと、息子である福慈(富士)の神、言い訳をして断ってしまう。母神は、〈恨み泣き、ののしって〉(!)こう言った。


 〈これから、お前が住んでいる山は、〔お前が〕生きているかぎり、冬も夏も雪が降り霜がおり、寒さ冷さがつぎつぎに襲いかかり、人民(ひとびと)は登らず、酒も食べ物も捧げる者も無かろうぞ〉


 母神、今度は筑波の山で宿を請う。すると筑波は快諾。


 〈このことがあって、福慈の岳は、いつも雪が降っていて人びとは登ることができない。この筑波岳は人びとが往きつどい、歌い舞い、飲んだり食べたり、今にいたるまで絶えないのである〉


 富士の峰にほぼ一年中雪が積もっている理由と、筑波山のお国自慢を見事にミックスさせた伝説である。

 「風土記」は、説明するまでもないが、〈和銅六年(七一三)律令国家の命により(中略)各国庁が報告した公文書〉(「日本国語大辞典」)だ。特に「常陸風土記」は、〈民衆のうんだ文学的作品をとりこんだ最初の貴族文芸的作品〉(本書解説)と評価されているそうだが、そんな「風土記」の中に(しかも遠く離れた茨城で)、わざわざ「富士山」を持ち出してくるところが、興味深い。富士が圧倒的存在だからこそ、嫉妬込みの比較対象として、筑波と比べているのだろう。

 いちゃもんをつけられた富士にしてみればたまったものではないが、それだけの存在感なのである。

本を読む

『風土記』(吉野裕訳)
今週のカルテ
ジャンル説話/歴史
時代 ・ 舞台古代の日本
読後に一言原文読み下しの『新編 日本古典文学全集』収録の風土記と現代語訳の東洋文庫版風土記。読み比べると一層、理解が深まります。
効用現存する5つの風土記以外に、40数か国の「風土記逸文」が収められており、中には、有名な浦島太郎などのエピソードも。
印象深い一節

名言
〈風土〉という言葉であらわされる自然はひどく人間くさい自然であり、いわば人間的自然として人間の性情や生活と接したところでとらえられた自然ということができよう。(解説)
類書「常陸国風土記」の富士のエピソードがある『日本神話の研究』(東洋文庫180)
富士の伝説についての記述がある『増訂 日本神話伝説の研究2 』(東洋文庫253)
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