1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
私たちにとっての“憲法”って何? 日本で最初に憲法を作成した男の自伝 |
最近、取材で会う人、会う人から憲法の話が出る。1982年に刊行された『日本国憲法』(小学館)がリバイバルヒットしているようだし、かつてないほどの関心の高まりだ。ともあれ、憲法とは何か、考えるいい機会だ。
というわけで取り上げるのは、『青木周蔵自伝』。青木周蔵は、〈山県・松方内閣の外務大臣を歴任。不平等条約の改正に尽力〉(ジャパンナレッジ「デジタル大辞泉」)した外交官だが、一方で、“憲法案を作成した最初の日本人”でもある。
〈固辞再三に及びたれども、木戸(孝允)翁固く執て其の請求を棄てず。依て止むを得ず当時我国の事情形勢を顧慮し、併せて孛国(プロイセン)の憲法を参酌して一篇の草案を作り、大日本政規と題して、明治六年の秋に至り之を在京の翁に贈れり〉
木戸孝允(桂小五郎)は早くから立憲制を主張していた大物で、憲法制定の立役者のひとりだろう。その懐刀が、青木周蔵だったのである。実際、木戸に対し、欧米の憲法や自治制度、宗教について講述したりと、本書は木戸との交遊史とも読めるのだ。
では、西洋に留学し、憲法や政治制度を学んだ青木周蔵は、どんなスタンスにたどり着いたのだろうか。本書の最後に載る「補遺 個人主義論」を読んで正直驚いた。
個人主義は利己主義ではない、と断言し、個人の自由を尊重するということは、結果的に、お互いの自由を尊重し合うということになるのだ、と説く。
〈自己の利益のみを計りて他を害するが如きことあるべきの理なし〉
さらに、“家族主義”も、〈家族主義を唱へて個人主義を排撃し、個人主義発達せば家族制度は忽ち廃頽して国家衰微の端を啓(ひら)くべしと説くものあるも、是れ亦誤解なり〉と斬って捨てる。旧来の家族制度は、〈個人の自由を没却する〉ものである、と(そういえば、どこぞの党の憲法草案では、〈家族は、互いに助け合わなければならない〉って高らかにうたっていましたっけ)。
政府側の青木に限らず、このあと、民からも「私擬憲法」が続々誕生した。憲法をつくろう、という気運が社会全体にあった。では、今は? 改憲論者は決まって「現行憲法は押しつけられた」と言うけれど、今の改憲の流れこそ「押しつけ」に感じるのは私だけ? 青木周蔵ならば、これぞ「利己主義」と鋭く突くに違いない。
ジャンル | 伝記/政治・経済 |
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時代 ・ 舞台 | 幕末から大正時代の日本 |
読後に一言 | 留学したからこそ(外に目を見開いたからこそ)獲得した視点なのでしょう。 |
効用 | 大津事件や三国干渉など、明治外交の裏側がよくわかります。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 個人主義と個人の自由とは、両々相待て行はるべきもの、即ち自己の思想行為の自由を犯されざると共に、他の思想行為も亦之を犯さざるものなれば、自己の利益のみを計りて他を害するが如きことあるべきの理なし。(補遺 個人主義論) |
類書 | 青木辞職の原因となった事件『大津事件日誌』(東洋文庫187) 同時代の外交官の回顧録『後は昔の記他 林董回顧録』(東洋文庫173) |
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(2024年5月時点)