1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
中国の風俗の変遷をまとめた良書にあった 身の毛もよだつ“呪い猫”エピソード |
写真家・岩合光昭さんが世界の街中の猫を撮った写真集『ねこ歩き』(クレヴィス)は、最近のお気に入りの一冊なのだが、まあ世界中いたるところで猫は可愛がられている。私の猫歴は3年に満たないので、エラそうなことは言えないけれど、猫には不思議な存在感がある。
中国社会の生活ぶりや風俗の変遷について調べ上げた、尚秉和(しょうへいわ)の労作『中国社会風俗史』には、中国社会の猫との関わりに関する記述が、結構なボリュームで割かれている。
本書によれば、中国では古くからネズミの害に悩んでいたが、最初にネズミ取りの家畜として登場するのが、犬! そのため周の時代には〈犬の能力を見分ける専門家〉さえいたという。ついで狸が利用されるも鶏を襲うので廃れてしまう。〈猫がいつ頃家畜になったのかは明らかでない〉とのことだが、前漢の頃には家畜化に成功し、唐の時代には、〈家ごとに飼っている〉というから、猫は瞬く間に人間社会に溶け込んでいったのだろう。
その唐の時代のエピソード。
〈例えば張搏は猫が好きで、東守とか白鳳、紫英、陲ェ憤、錦帯、雲図などと命名し、退朝して中門をはいると、数十匹の猫がぞろぞろと尾を立て頸をすりつけたといわれ、高宗の廃后は、私が死んだら猫になり、武后(則天武后)が鼠になれば喉を噛み切ってやるといっておる〉
「死んだら猫に~」は、悪女として名高い則天武后がらみの逸話。高宗の妃・王皇后は、旦那が蕭淑妃ばかり寵愛するのに嫉妬し、仲を裂くために武照(のちの則天武后)を近づける。ところが、武照が代わって寵愛を受け、王皇后と蕭淑妃を追い落とす。しかも2人の手足を切断し、酒壺に放り込んで溺死させたというのだから恐ろしい。で、死の間際、蕭淑妃が、〈私が死んだら猫になり、武后(則天武后)が鼠になれば喉を噛み切ってやる〉と呪った、というコワ~イ話なのだ。
これが漢代より前の時代なら、「私が死んだら狸になり……」と台詞が変わっていた可能性もあるが、やはり狸では恐ろしくない。いやむしろ、このエピソードがあったからこそ、化け猫に繋がっていったのか?
さらに本書では、唐代の迷信を紹介する。
〈猫の顔を洗う手が、耳を越すと客がある〉
これって、招き猫の由来じゃないだろうか。
呪う猫より、こっちのほうがいいですな。
ジャンル | 風俗/法律 |
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時代 ・ 舞台 | 中国(唐・宋中心) |
読後に一言 | 猫以外にも、興味深い記述満載でした。中国から日本にさまざまな文化がやってきたことがよくわかります。 |
効用 | 髪の洗い方から結婚、税金のことまで、中国社会の変遷がよくわかる読み物です。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 孔子が老子に面会に行くと、老子は洗いたての髪をふり乱して、乾かすために物凄い恰好をしていたので、とても人間には見えなかったという。昔の人は髪も多くて長かったから、ばらばらに垂れさがると実に異様だったのである。(第一章「冠髪」美髪・化粧) |
類書 | 清代末の北京の風俗・風物の図録『北京風俗図譜(全2巻)』(東洋文庫23、30) 清代末の北京の一年の行事や風俗『燕京歳時記』(東洋文庫83) |
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