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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 20

『明夷待訪録 中国近代思想の萌芽』(黄宗羲著、西田太一郎訳)

2013/08/29
アイコン画像    今も昔も、自己本位&利己主義の社会
ここから脱する手段はありやなしや!?

 〈有生の初め、人は各(おの)おの自私なり、人は各おの自利なり〉

(ジャパンナレッジ「世界文学大事典」、黄宗羲の項)


 いい言葉ですな。ドキリとさせられる。

 これは、〈中国、清代初期の思想家〉で、〈「中国のルソー」という異名〉(同「ニッポニカ」)を持つ、黄宗羲(こう・そうぎ)の代表作『明夷待訪録』の一節だ。東洋文庫版では、現代語訳されているのでわかりやすい。


 〈人類の歴史がはじまった当初、人々はおのおの自己本位であったのである。人々はおのおの利己主義であったのである〉


 さらに、こう続く。


 〈天下におおやけの利益があっても、これをおこすものがなく、天下におおやけの害があっても、これを除くものがなかった。そこへひとりの人が出てきて、おのれ一人の利をば利とせずして、天下にその利を受けさせ、おのれ一人の害をば害とせずして、天下にその害をまぬがれさせた〉


 つまり、この人物こそ君主、というわけ。ところが、名君時代は長続きしない。黄宗羲は憤慨する。


 〈後世の君主はそうではない。彼らは「天下の利害の権限は、みなわが手ににぎられている。わしが天下の利をばことごとくおのれのものとし、天下の害をばことごとく人に押しつけても、不都合はない」と考える〉


 安直な見方かもしれませんが、現代の資本主義社会って、私利私欲に支えられていると思うんですよね。まさに「自私自利」の精神。欲望が経済を回している。某直木賞作家なんて、若者の欲望が足りないと心配しているくらいで、『野心のすすめ』なんて本まで出した。野心=欲望や願望を持て、とはさすが資本主義社会の申し子だ。

 黄宗羲の「自私自利」批判はあくまで施政者に向けられたものだが、私自身はコレを個人のこととして受け止めたい。だって現代は、政治家に対し民衆が「自私自利」を主張する社会なんだから。自国の経済さえ成長すれば(=自分の懐さえ潤えば)OK、っていうことなんですよね? 何とかミクス賞賛の正体は。個人の欲望追求が止まらねば、きっと政治もかわらないのだ。必要なのは、〈おのれ一人の利をば利とせずして〉の精神ではないか。

 ……って同意しづらいよね? “健全な欲望”みたいなものを共有できるといいのだけれど。

本を読む

『明夷待訪録 中国近代思想の萌芽』(黄宗羲著、西田太一郎訳)
今週のカルテ
ジャンル思想/政治・経済
成立 ・ 舞台1600年代半ばの中国
読後に一言「井戸塀」という言葉を思い出しました。かつての政治家は、〈政治や選挙に自己の財産をつぎ込んで貧しくなり、井戸と塀しか残らない〉(同「デジタル大辞泉」)と言われていました。では今は?
効用「中国のルソー」と称されるだけあって、その言葉には重みがあります。
印象深い一節

名言
われわれは天下万民という見地に立っているから、正しい道にかなっていなければ、たとい君主が態度やことばでわれわれに強いても、あえて従わないのである。(臣下論)
類書同時代の動乱を描いた実録『蜀碧・嘉定屠城紀略・揚州十日記』(東洋文庫36)
著者も重要性を説く中国思想の原点「四書五経」について、その背景を含め解説した『四書五経』(東洋文庫44)
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