1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
「伊勢物語」の三段跳び!? 名にし負はばいざこと問はむ「業平橋」 |
何でも東京タワー開業の6年後に東京五輪が開催され、スカイツリー開業の8年後に2度目の五輪がやってくるそうですな。次に日本に呼びたけりゃ塔を建てろ、ってね。スカイツリーにもわんさか人が押し寄せるんだろうけど、何がいただけないってあの駅の名が気にくわない。今さらですが、とうきょうスカイツリー駅。いろいろ気にくわないついでに、旧駅名「業平橋」話をひとつ。
ご存じの通り、業平は在原業平のこと。〈平安時代の歌物語〉である「伊勢物語」は、〈在原業平と思われる男の生涯を恋愛を中心として描〉いた作品だ(ジャパンナレッジ「デジタル大辞泉」)。この中に隅田川が登場する。失意の業平が京から東国へとやって来た時にぶちあたったのが隅田川。そこで目にした鳥が「都鳥」と呼ばれていることを知って、都=京に思いを馳せるというエピソード。それが駅の名として残ったんですな。
この「伊勢物語」(10世紀)、実は東洋文庫でも読めるんです。それが仮名草子の「伊勢物語ひら言葉」(1678年)と浮世草子の「昔男時世妝(むかしおとこいまようすがた)」(1731年)からなる『通俗伊勢物語』。では、原典の「新編日本古典文学全集」(ジャパンナレッジ)とともに紹介しよう。
〈その河(すみだ河)のほとりにむれゐて、思ひやれば、かぎりなく遠くも来にけるかな、とわびあへるに……〉(同「新編日本古典文学全集」)
〈其河のほとりに友どちむれゐて、ふりゆく跡を思ひやれば、「かぎりなく遠くも来にけるかな」と詫びしくおぼし召(めす)に……〉(「伊勢物語ひら言葉」)
〈そのすさまじいものすごい、大川ぎしの爰(ここ)まで、たどりたどり来給ひ、むれゐておもひやり給はゞ、限なくとをくも来にけりとは、思召すもお理(ことわ)り。「此川をわたり、いづくへさしてか行(ゆく)べき」と、こゝろ細くものわびしくうち詠(なが)めゐ給ふに……〉(「昔男時世妝」)
ホップステップジャンプの三段跳びではないが、段々とわかりやすく、というより饒舌になっている。これ、3つを読み比べると本当に面白い。
何が言いたいかって、平安時代の歌物語が江戸時代に愛されていたってこと。江戸時代には業平橋の名の橋も架けられ(1662年頃に隅田川に繋がる大横川に架橋)、1931年には駅名にもなった。で、架橋から約350年後、駅名は何の面白味もない名前になった。これが日本の誇る伝統の正体です。
ジャンル | 文学 |
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成立した時代 | 江戸時代初期の日本 |
読後に一言 | 「伊勢物語」を通読したい、と切に思いました。江戸人に負けてなるか! |
効用 | 伝統(文学)の受容の仕方に感心します。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 何れはげに言葉の実(み)こそなくとも、笑ひ種(ぐさ)のたねとはと、名の桜木にはちりばめぬ。あだなりと見ちらされ、末は芥(あくた)となるとも、げにやさのみ不足はあらじ。(「昔男時世妝」自序) |
類書 | 中世末から近世初期の語り物文芸『説経節』(東洋文庫243) 江戸時代初期の仮名草子『伽婢子(全2巻)』(東洋文庫475、480) |
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