1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
野次馬根性で“歴史”の目撃者となった 20代ジャーナリストの記録 |
〈ぼくが大学から世の中へ出て最初にうけたのは、おそろしく冷たい水の洗礼だった〉
という書き出しで始まる『東方への私の旅』は、20代米国人の駆け出しジャーナリスト、ヴィンセント・シーンによって書かれた、歴史の一場面である。“歴史”なんて持ち出すと大仰で、実際、著者も、〈個人的でも歴史的でもなく、その両方の要素を含んでいる〉と書いているのだけれど、彼(=ぼく)の体験は歴史そのものだ。
歴史的体験は大きく2つ。1つめは、リフ戦争。〈アブデル・クリムの反乱ともよばれる〉、〈モロッコの反スペイン・フランス植民地主義抵抗運動〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)だ。著者はスペインからモロッコに渡り、反スペイン軍に潜入。〈ほとんど毎日、ぼくは何らかの銃砲火のもとにおり……〉なんていう状況下、中心人物のアブデル・クリム(本書ではクリーム)と語り合う。
2つめは、中国革命。孫文が亡くなり、第一次国共合作の頃の中国に渡り、革命の中心である蒋介石や宋慶齢(孫文夫人)らと会い、革命を論じ合う。
本書が読み物として非常に面白いのは、極めて〈個人的〉だからだ。モロッコでは、戦闘で死にかけ、〈殺されようと殺されまいと、どっちだっていいじゃないか〉と投げやりになり、中国では、革命に燃える人妻と恋に落ち、モスクワ留学を決意する寸前にまで行く。書き出しから明らかなように、これはあくまで、〈ぼく〉の物語なのだ。〈ぼく〉は主観的に物事を切り取っていくのだけれど、歴史的な現場の目撃者ゆえ、その主観が力を持つ。評論家や研究者には到底書けないリアルな体験で、本書は埋め尽くされているというわけ。
〈ぼく〉は、普通の青年だ。たまたま新聞社で耳にしたロシア革命やヴェルサイユ条約の話が、〈五百年も前に別の惑星で起こった遠い出来事のように考えていたことが、少なくとも最新の離婚者や人殺し女とのインタービューと同じほどの意味を持ちだし〉、それならばと単身、ニュースの中心地・ヨーロッパに渡る。いわば野次馬根性だ。
世の中には今でも紛争が絶えないし、革命も起こっている。でも正直、〈別の惑星で起こった遠い出来事のように〉感じてもいる。決してリアルじゃない(日本国内の出来事だって、リアルに感じないことがある)。だとしたら、リアルさを獲得する秘訣は、〈ぼく〉のように“野次馬根性”を持ち続けることかもしれない。
ジャンル | ジャーナリズム/記録 |
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時代 ・ 舞台 | 第一次大戦後のヨーロッパ、モロッコ、ロシア、中国 |
読後に一言 | ビッグネームとこうも会えるものなんですかねぇ。行動力に感服しました。 |
効用 | 間違いなく歴史の一面を切り取っています。 |
印象深い一節 ・ 名言 | ぼくはリフに冒険を求めて出かけたわけではなく、リフ族と彼らの国についてぼくの知りうることを知るために行ったのだ。 |
類書 | アラビアのロレンスの回想録『知恵の七柱(全3巻)』(東洋文庫152ほか) 中国革命運動に飛び込んだ宮崎滔天の半生『三十三年の夢』(東洋文庫100) |
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