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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 154

『鳩翁道話』(柴田鳩翁著、柴田実校訂)

2013/10/24
アイコン画像    カエルやさざえにはなりたくない?
江戸の庶民教育書の生き方指南

 大阪(大坂)見物に向かう京の蛙と、京見物に来た大阪の蛙が、明智光秀と羽柴秀吉の合戦の地・山崎の天王山でバッタリ出合った。お互いに天王山の頂から目的地を眺める。〈見れば京にかわりはない〉、〈大阪に少しもちがわぬ〉とガッカリして元来た道を戻ってしまった――。

 「蛙の相撲」や「蛙の行列」なんて諺もある通り、蛙の目は背中についているから、立ち上がって目的地を見たつもりが自分の町を見ていた、というオチ。ようは自分なんてぇもンは頼りにならないよ、という教えだ。この話、幼少の頃に昔話系の本で読んだことがあるから、有名な話なんだろう

 で、この原典が今回の主役。〈石門心学(石田梅岩を開祖とする実践哲学)の教えを、事実談やたとえ話に託して、やさしく説〉いた(ジャパンナレッジ「日国」)という柴田鳩翁の『鳩翁道話』だ。

 最初は、「京の蛙と大阪の蛙」の話が載っていると知って、懐かしさでページを捲ったのだが、これがどうして、いやぁー、ためになりました。さすが江戸後期のベストセラーだ。

 例えば、有名な「さざえの自慢」。

 さざえは、〈手厚い〉殻と〈丈夫な蓋〉を持っているので、他の魚たちは羨ましがった。さざえも得々としている。ある時、〈ざっふりと音がする〉。さざえは蓋を閉め、〈おれは助かった〉と安堵するが、しばらくたって蓋を開け外を見ると、なんと魚屋の店先に乗っていた、という話。〈おれがおれが〉と鼻高々でいたら、飛んだ落とし穴に落ちてしまった。このたとえ話から、柴田鳩翁はこんな教えを導き出す。


 〈金銀財宝のことばかりではない、器量をたのみ、奉公をたのみ、智慧をたのみ、分別をたのみ、力をたのみ、格式をたのみ、これさえあれば、大丈夫じゃと思うてござる人は、みなさざえのご連中じゃ。とかく何ごとも身にたちかえってご吟味がご肝要でござります〉


 納得いたしました。政治家の失言もそうだし、酔っ払って暴行しちゃうタレントもそうだし、〈これさえあれば、大丈夫〉と思っている人が、何かをしでかしてしまうのが世の常。わが世の春とばかりに意気揚々としている時ほど、落とし穴は大きく広がっているのです。

 ……とはいえ、さざえ的な輩を批判しているつもりが、カエルのように自分を見ていた、なんてこともあるんじゃないかと、読みながら深く反省した次第でした。

本を読む

『鳩翁道話』(柴田鳩翁著、柴田実校訂)
今週のカルテ
ジャンル教育/思想
時代 ・ 舞台1800年代の日本
読後に一言元々、講談で生計を立てていただけあって、筆録の本書は、非常に読みやすいリズムでした。
効用心の平安を求めている方には、特におすすめです。
印象深い一節

名言
無理のない本心にしたがえば、自由自在で安楽にござります(続々鳩翁道話 一の上)
類書心学者の子育て論を載せる『子育ての書2』(東洋文庫293)
心学も解説する『日本教育史2』(東洋文庫236)
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