1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
唐の都・長安の夜の華やかさを伝える 妓女&色街の詳細なレポート |
〈急調子の笛の音は、止んではまた奏でられ、/さかんな絃の音は、低くゆるんでは、また高くピンと張る〉
〈風は暖かく、春は暮れようとし、/星はめぐって、夜はなお尽きない〉
『教坊記・北里志』に収録されている、唐の都・長安の妓館を回顧した白居易の詩の一節である。街中から聞こえてくる音楽の調べに、夜通し続く宴会。長安の華やかさが何となくイメージできるのではないだろうか。今の日本ならば新宿歌舞伎町か、はたまた江戸時代の吉原か。
本書は、唐代の妓女をテーマにした編集で、そのガイドブックともいえる「教坊記」と「北里志」、おまけに白居易の詩一編という構成になっている(これだけで、本書の特殊性がわかりますよね?)
中でも「北里志」の妓女評が面白い(「北里」というのは長安の代表的な色街だ)。
天水仙哥……〈その容姿はごく平凡〉
鄭挙挙……〈太って大柄で、容貌にすぐれない〉
牙娘……〈軽率な性格〉
顔令賓……〈立居振舞いに風情〉
兪洛真……〈容姿が美しく、しかも弁が立つ〉
著者は〈(女色に)溺れることもなかった〉というが、妓館遊びには人並みに付き合い、しかもこの〈悪習を改めたい〉と反省する人物で、だからなのか妓女評も辛辣だ。で、結論はやや説教じみていて、
〈(しかし、遊里に)惑うことのもたらす大きな災いは、その(高いかけ橋やけわしい谷の)危険な道よりもはなはだしいのに、どうして人に(近づかないよう)戒めることができないのであろうか〉
そんなこと、言われてもねぇ。
「教坊記」でも言う。
〈いったい、清くいさぎよい美しさを自らの道とする者は少なく、驕り淫らな醜さにのめりこむ者は多い。どうしてか。志が低く、欲求が強いからである〉
身も蓋もないですな。
ただ総じて言えることは、「教坊記」でも「北里志」でも、妓女への評価は、容貌よりもむしろ、受け答えや立ち居振る舞いに対してポイントが高くなっている。そうだよな、男は女性に対してこれを求めているんだよなと、勝手に独りごちたのでした。求めているからこそ、〈危険な道〉にフラフラと向かってしまうのでしょう。
ジャンル | 風俗 |
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時代 ・ 舞台 | 700年代後半~800年代後半の中国(唐) |
読後に一言 | 男とは勝手な生き物であると、強く反省した次第です……。 |
効用 | 当時の色街の賑わいの様子がよくわかります。一級の風俗資料として。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 音楽や女色に溺れれば、必ず命を縮めることになるのに、そのことを考えない(「教坊記」) |
類書 | 唐の長安と洛陽の都城誌『唐両京城坊攷』(東洋文庫577) 妓女たちも数多く登場する『唐代伝奇集』(東洋文庫2、16) |
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