1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
来年の干支、午年はどんな年になる? 南方熊楠が知識総動員で語る「ウマ」 |
南方熊楠に、『十二支考』という「読み物」がある。総合雑誌『太陽』に連載されていたもので、「民俗学エッセイ」といった体裁だ(ただし、子(鼠)については他誌に発表したもので、丑(牛)については記述なし)。校訂者の飯倉照平氏いわく、〈それまでの南方が、多様で独特な関心の持ち方で手に入れた知識が、きわめて圧縮されて投入されている〉読み物で、〈南方熊楠の世界への入門書〉である、とする。
この先の展開はもう読めましたね? そうです、馬です、馬。だって来年は午年ですから。『十二支考』で来年の干支をみてみよう、というわけです。
〈十二支に配られた動物輩(ども)いずれ優劣あるべきでないが、付き添うた伝説の多寡に著しい逕庭(ちがい)あり〉
と熊楠自身書いているのですが、ではどの干支の記述が多いかと言えば、ウマなんです。英国留学の際、馬小屋の二階で起居していたという親近感もあったのか、ページ数で言えば153ページと断トツ(最小の羊にいたってはわずか18ページ)。だったら午年のタイミングで、『十二支考』を取り上げよう、というわけなんです。
彼が博覧強記なのはご存じの通りで、今さら説明するまでもないのですが、この読み物にはポロポロと熊楠の本音がつぶやかれます。これが面白い! 列挙します。
〈……滝川一益、北条勢と戦い負けた時、炎天ゆえ馬渇せしに、河水を飲ませて乗りしに走り僵(たお)れ、飲ませなんだ馬は命を全うしたというに似ておる。して見ると我輩も飲まぬ方がよいかしらん〉
〈馬すら酒好きながある。人をもってこれにしかざるべけんやだ〉
極めつけはコレ。
〈馬の話をすると、とかく女のことを憶い出す〉
と、熊楠流エロネタを何ページにもわたって書き連ねるのです。〈馬驢はその陰相顕著ゆえ、これを和合繁殖の標識とせること多し〉というもっともな理由もあるのでしょうが、まるで、今の『週刊ポスト』や『週刊現代』の「セックス特集」いった有り様。
〈『相島流神相秘鑑』という人相学の書に、交接は死の先駆、人間気力これより衰え始む、故にその時悲歎の相貌を呈す、というように説きあったは幾分の理あり〉
……説明はやめておきます。わかりますよね? 研究熱心の熊楠は、妻との体位をすべて記録していたぐらいですからねぇ。エロで今年を締めくくるのもなんですが、来年も肩の力を抜いて馬なりで行くとしますか。
ジャンル | 民俗学 |
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時代 ・ 舞台 | 大正時代に発表 |
読後に一言 | 知識をちぎっては投げ、ちぎっては投げ……という感じで進むエッセイです。熊楠の中では比較的読みやすいです。 |
効用 | 自分の干支を読んでみましょう! |
印象深い一節 ・ 名言 | 意馬(いば)の奔るに任せ、意(おも)いつき次第に雑言するとしよう(「馬に関する民俗と伝説」『十二支考2』) |
類書 | エッセンスたっぷり『南方熊楠文集(全2巻)』(東洋文庫352、354) 親交のあった柳田国男の論集『増訂 山島民譚集』(東洋文庫137) |
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