1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
日本とインドが仲がよい理由は、 ヒンドゥー教の本質にあった!? |
先日、久しぶりに上野動物園を訪れたが、園内は一変していてとても楽しめた。個人的に好きなのはゾウだ。あのテンポがいい(しかし戦争が始まったら、また餓死させられてしまうんですかねぇ……)。
戦後すぐ、「またゾウが見たい!」という子どもたちの願いを聞き入れ、占領下にあった日本にゾウを贈ってくれたのがインドだ。英国から独立して2年余りの1949年。余裕のない中での厚意だった。2012年に日本とインドは国交樹立60年を迎えたが、インドは日本と友好的な国のひとつだ。
なぜインドとはうまくやっていけるのか。との疑問から発して、インドの国民的宗教であるヒンドゥー教について学んでみることにした。テキストは、『ヒンドゥー教の聖典 二篇』。そのうちの一編、ジャヤデーヴァ作の「ギータ・ゴーヴィンダ」を読んで、私はカルチャーショックを受けましたよ。だってのっけからこうあるんです。
〈色事(いろ)の技巧(わざ)に興味がおありなら、甘く、柔らかく、愛らしい言葉の連なる、ジャヤデーヴァの雄弁をお聞きなさい〉
「聖典」なのに、色事の技巧? 解説にこうありました。
〈ヒンドゥー教においてはエロスとバクティは決して矛盾するものではない〉
「バクティ」とは、〈ヒンドゥー教を著しく特色づける信心の形態で、信愛とか絶対的帰依などと訳されている。仏教などの信心と異なり、このバクティは、食事を分かち合う(バジュ)夫婦・肉親同士の無条件な愛をその起源としている〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)。色事の技巧も愛の条件なんですね。さすがカーマ・スートラの国!
「ギータ・ゴーヴィンダ」の筋自体は単純で、羊飼いの乙女ラーダーと、ヒンドゥー教の神ヴィシュヌ(ビシュヌ)の化身クリシュナとの恋の物語だ。このクリシュナの説明を始めるとレポート数十枚になってしまうので諦めるが、ひと言でいえば、愛と奇跡の男前の神。勝手に解釈すれば、こうした「魅力的な人物」を神としてしまうところに、多神教のヒンドゥーの懐の広さがある。だって辞書もお手上げなんだから。
〈ヒンドゥー教では、あらゆる種類の、しばしば相矛盾した思想・教義すらも説かれ……(中略)その教義を概観することはきわめて困難〉(同前「ヒンドゥー教」の項)
とすると、初詣(神道)と葬式(仏教)とクリスマス(キリスト教)を平然とこなす日本人をそのまま受け入れられるからこそ、インドと日本は相性がいいのかも?
ジャンル | 宗教/文学 |
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成立した時代 ・ 舞台 | ギータ・ゴーヴィンダ/1100年代のインド、デーヴィー・マーハートミャ/700年代のインド |
読後に一言 | ヒンドゥー教の世界観に圧倒されました。ヒンドゥー関係書籍はまだまだあるので、そのうち再チャレンジします。 |
効用 | 「ギータ・ゴーヴィンダ」では男神の愛を描いていましたが、一転、「デーヴィー・マーハートミャ」では女神たちの魔神軍との戦いが描かれます。男は愛、女は戦……。ヒンドゥーの奥深さを味わってください。 |
印象深い一節 ・ 名言 | 女神はこう言った。「これらの讃歌でいつも専心して私を称える者、その者の苦しみをすべて、私は疑いなく鎮めよう。(後略)」(「デーヴィー・マーハートミャ」) |
類書 | 古代インドの愛の教典『完訳 カーマ・スートラ』(東洋文庫628) ヒンドゥーの聖典のひとつ、国民的叙事詩『ラーマーヤナ(全2巻)』(東洋文庫376、441) |
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(2024年5月時点)