1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
水魚の交わりはスケベな言葉? 「魚」をめぐる中国神話の考察 |
「仲間」が時代のキーになっている。いちばん売れているマンガ『ONE PIECE』のテーマは仲間。政権の人事も仲間優遇。スマホもSNSも仲間づくり。イジメやスクールカーストは仲間意識の反転。故事成句でいえば「水魚の交わり」(by諸葛亮孔明)……。
と、ひとり憤っていたのですが、「水魚の交わり」と頭に浮かんだところで、「ん?」となった。「三国志」ファンなのでエピソードは知っていたが、この言葉のイメージする艶めかしさにクラッと来たのである(春だから?)。
気になってジャパンナレッジで調べているうちに、本書『中国神話』にたどり着いた。著者は、詩人の聞一多(ぶん・いった/ウェン・イードゥオ)。〈20世紀前半の激動する中国において、文化・芸術・政治の幅広い分野で非凡な才を現した知識人の一人〉(「世界文学大事典」)と評価が高い。
『中国神話』の「説魚」の中にこうある。
〈封建時代の観念によれば、君臣の関係は夫婦の関係に等しい。そのため両性を象徴する隠語が拡大されて君臣を象徴したのである。蜀の先帝〔劉備〕が諸葛亮を得て、自ら「魚の水を得たるが如し」と言ったのはその一例である〉
私がこの言葉に艶めかしさを感じたのはあながち間違いではなく、魚というのは、夫婦や恋人などパートナーの象徴なのだ。
〈魚は繁殖力のもっとも強い生物であったから、古代にあってはある人間を魚になぞらえることは、ある意味において、ほとんど彼をもっともすばらしい人だと賛嘆するに等しかった。しかも若い男女の間で、もし相手を魚とよぶとすれば、それはほとんど「あなたはわたしの理想的な配偶者だ」と言うに等しかったのである〉
「マイ・ハニー」じゃなくて、「私の魚ちゃん!」って呼べばいいってことですね? 著者いわく、〈魚を〔性的な〕象徴とするという観念を持つ〉のは、〈中国人〉だけでなく、〈古代のエジプトや西アジア、ギリシアなどの民族もそうであった〉という。なるほど。そう捉えると、「魚」を用いた諺も、俄然、色っぽくなる。
〈逃がした魚は大きい〉……元カレ、元カノのことを悔やんで用いる?
〈木に縁りて魚を求む or 天を指して魚を射る〉……ナンパの失敗ということ?
スケベな戯れ言はさておき、世が世ですから、ポジティブな〈魚心あれば水心〉でありたいものですね。
ジャンル | 評論/民俗学 |
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時代 ・ 舞台 | 中国/1935~1945年執筆 |
読後に一言 | 世界の始まりの神話「伏羲神話」の考察など、いまでも色あせない論考でした。 |
効用 | 体系的な神話を持たない中国ですが、さまざまな断片から豊穣な神話世界を紡ぎ出しています。 |
印象深い一節 ・ 名言 | この民族(中国人)のために象徴的な生物を一つ選ばねばならぬとならば、わたしはやはりあの、咆哮することのできる獅子だと思う。もしそれがもはや惰眠を貪らぬならば。(「龍鳳」) |
類書 | 伏羲神話の原型を紹介する『苗族民話集』(東洋文庫260) 中国の古代社会を探る『中国古代の祭礼と歌謡』(東洋文庫500) |
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