1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。
“強さ”とは何だろう? モンゴルの民間伝承を読む |
白鵬、日馬富士、鶴竜。とうとうモンゴル人横綱3人の時代になった。あ、日本人よ奮起せよ、というナショナリスティックな話じゃありませんよ。私が興味を持ったのは「モンゴル人の強さ」。何か秘密があるんじゃないかと思って手に取ったのが、ベルギーのモンゴル研究者モスタールトが、〈言語学上の目的のため〉に採集したモンゴルの民間伝承『オルドス口碑集』だ。
目的が目的だけに中身は、説話や歌謡、なぞなぞや遊び言葉、悪口や格言、と豊富。説話の内容も、チンギス・ハーンの話やダライ・ラマの逸話など多岐にわたる。
何が面白かったって、ここにあらわれる“強さ”は、“女の強さ”なのだ。例えば「人喰鬼」や「豚博士」という説話は、どちらもグータラな旦那と賢い妻という組み合わせ。妻が旦那の尻を叩き、知恵でもって危機を乗り越えるという話だ。
実際、こんな格言が伝わっているそうです。
〈女が悪いと家がほろびる。鞍が悪いと鞍ずれができる〉
「両親・家族についての歌」(歌謡)の一節にも、こんなフレーズがありました。
〈すべてのなかで母は美しい〉
この歌は、『枕草子』の「ものづくし」のように、〈カッコーの鳥の歌は美しい〉などと美しいものを並べ立てるのだが、その最後は必ず〈すべてのなかで母は美しい〉と締める。このフレーズのしつこいほどのリフレインだ。
なんとなく見えてきましたねぇ、モンゴルの“強さ”が。極めつけはこの格言。
〈女に夫がなければ身に主人がない。男に妻がなければ家に主人がない〉
妻が家の主人だと言うのだから、言わずもがな。
一方で、こんな箴言も。
〈平和をこわすのは女の口さき。地面をこわすのは豚の口さき〉
モンゴル人の女性とのつきあい方が見えてきましたね。
しかし、本書を貫いているトーンは、男と女の違いという話じゃない。むしろ、特性を理解した上で、相手を(特に男性が女性を)たてよう、というスタンスだ。これって、いちばんの“強さ”かもしれない。
最後に、本書の中のいちばん味わい深い格言を――。
〈人間より強いものはない。人間よりもろいものもまたない〉
ジャンル | 説話/民俗学 |
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時代 ・ 舞台 | 1937年刊行/モンゴル、中国(内蒙古自治区) |
読後に一言 | 訳者の磯野富士子さんは渋沢栄一の曾孫で、パリのラティモア-モンゴル学研究所主任研究員も務めたモンゴル研究の第一人者です。 |
効用 | 日本との共通性も見出すことができ、「アジア」を感じます。 |
印象深い一節 ・ 名言 | よい名(評判)は望んでも得られない。悪い名は削ってもとれない。 |
類書 | 語り継がれてきたモンゴル英雄譚『ゲセル・ハーン物語』(東洋文庫566) モンゴルの口承古典文学『ジャンガル』(東洋文庫591) |
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