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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 44

『四書五経』(竹内照夫著)

2014/04/17
アイコン画像    「四書五経」の隠された目的とは?
道徳の教科化問題の本質を探る

 小中学校の道徳の教科化が進行している。「公共の精神や豊かな人間性を培うため、特別の教科として位置付け」るという(2014年1月29日、参院での安倍晋三首相の答弁)。「教育勅語の復活」を公言する政治家も数多く、道徳の教科化は止められないのだろう。戦前の教育勅語だって、中身は、「朋友相信シ」「博愛衆ニ及ホシ」「進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ」……といった内容で、「今こそ必要だ!」と言われれば、押し黙るしかありません。

 でも何かこの流れに違和感がある。それは何か。

 本書『四書五経』は、中国哲学者の竹内照夫氏による「論語」「孟子」「易経」「詩経」など儒教の経典(経書)「四書五経」を通して、その精神構造を分析した書だ。これを読んでいたら「違和感」の正体を見つけてしまった!

 「四書五経」の歴史的な経緯は本書に譲って割愛しますが、「四書五経」は貴族や官僚にとって必須の教養となる。科挙(官僚登用試験)でも重要視された。本書によればここには、裏の目的があったというのだ。


(1)〈将来有為の青年を経書の学習に閉じ込めて、若い精力を大いに消費させる〉

(2)〈政治や社会に対する批判や改革の意欲を抑圧し、為政者に従順ならしめる〉


 事実、太宗皇帝は〈即位の初期に科挙の法を定め、これを実施したが〉、第一回の科挙で全国の秀才が列をなして試験場に入っていくさまを見、ほくそ笑んでこうつぶやいたという。


 〈ああこれで、天下の豪傑はみなわが矢ごろの中に入った〉

 つまり、従順な国民をつくり出すひとつの仕掛けとして「科挙」――「四書五経」があったということなのだ。

 日本でも江戸時代、儒教によって統治していたことはよく知られていることだが、維新を経て、明治国家になってもその中身は変わらなかった。著者は言う。


 〈「教育勅語」のごときは、全文ほとんどみな四書五経の語句から成ると言ってよいほどで、近代的国家主義と天皇絶対主義との主張が、儒教倫理の諸観念を用いて綿密に叙述されている。そしてこれは、発布以後五十余年にわたり、天皇制が崩れて民主制の世となるまで、久しく国民倫理の鉄則だったのである〉


 科挙の目的のひとつを思い出してみれば、教育勅語の目的もまた同じである。お上に文句を言わない従順な国民を政府が欲していた。そういうことだろう。で、ここに来ての道徳の教科化――。 私は従順な犬になりたくない! これが私の違和感の正体でした。

本を読む

『四書五経』(竹内照夫著)
今週のカルテ
ジャンル評論/思想
舞台・刊行年中国、日本/1965年刊行
読後に一言著者は戦前の儒教的思想に代わる基準として、〈自由民主主義的な「良識」〉をあげる。その通りだと思いたい。
効用中国、韓国、日本――三国に共通する儒教の精神。むしろ本書の中に、「今」が見えてきます。
印象深い一節

名言
孔子このかた儒教は常に批判者の立場にあったのに、漢代になるとこれは漢朝という支配者の政治体制や社会秩序に対する、理論的支持者の立場に立つことになった
類書荻生徂徠の論語解釈『論語徴(全2巻)』(東洋文庫575、576)
その歴史を詳述『科挙史』(東洋文庫470 )
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